第26話:青色の騎士

 夕食を終え、詩織は自室でゆっくりとした時間を過ごしていた。

 いつも特にする事は特に決めていないのだが、今日は朝から大騒ぎだったので睡魔が襲ってきていた。


 そう言えば朝からずっと気になっていたがソウは普通の、日常生活に溶け込めそうな服を着ていた。

 まさか母親が貢いだのだろうか。

 いや、確か朝から着ていたはずだからそれはない。ならどうやって?



 コンコン。

 ドアを叩く音がする。

 思考を一時中断し、「どうぞ」と言うとドアが開き、ソウが入ってきた。


「失礼します。詩織、少しお時間頂戴してもよろしいですか?」

「いいよ、どうしたの? あ、とりあえず座って」


 椅子をクルリと回してソウに体を向ける。

 ソウは入り口の近くに正座した。

 もっと近くで座ったらいいのにって思ったがまぁ騎士道の一環だろう。


「最近この辺りで猟奇殺人が起こったのを知っていますか?」


(猟奇殺人……? ああ、そう言えば昨日のワイドショーで言ってた気がする)


「うん知ってるよ。お腹に大きな切り傷があったって奴だね」


 昨日のワイドショーによれば被害者は会社員の女性。

 近くの家に住んでいて、買い物に行く途中で何者かに襲われたそうだ。

 この事件のせいで、うちの学校も下校時刻が早くなっていたはず。


「はい、その事件なんですが少し気になりまして調べてみたんです。すると驚愕の事実が判明しまして」

「驚愕の事実?」

「この事件天使が関わっている可能性があります」

「天使?」


 天使。

 彼らはカードを奪い合って殺し合うらしい。

 詩織にも危険が及ぶ可能性があるらしいがまだ実感はない。

 


「気になって現場に行ってみたんですがね、かすかですが魔力の痕跡がありました」


 魔力の痕跡。

 詩織は感じたことが無いから分からないが、血痕とかと同じような感じでソウ達には分かるものなのだろうか。


「それはつまり……。その事件は天使が起こしたって事?」


 本来あるはずのないものがある。という事はこの結論に至って当然であろう。


「いいえ。手を下したのは間違いなく人間です」

「という事は、その天使は殺人の現場に立ち会っておきながら傍観してた……いや協力していた?」


 ソウは「ええ」と頷いた。


「でも何で? 天使を倒さないとカードは手に入れられないんでしょ?」


 ソウは天使を倒してカードを集める事が目的でここに来たと言っていた。

 なら殺人なんて目立つ行為は百害あって一利なしだろう。


「確かに意味はありません。ですが、その行為に意味は必要なかった――としたら?」


 意味が必要ない? 殺人をする理由って何だろうか?

 見られたくない事を見られたから?

 いや、それだったら意味が無い、なんて事はソウは言わないはず。

 

(意味もなく殺人を行う事……まさか!)

 

 詩織がハッと何かに気づいた様な表情をすると、ソウはコクリと頷いた。


「もしかして……この事件って快楽殺人?」


 ソウが頷いたので、正しいのだろう。 


「明日も昼間は調査に出かけます。一応詩織も用心しておいて下さい」

「分かった」


 住み慣れた町に殺人犯が潜んでいるなんて少し怖いが、まぁばったり出くわすなんて普通ないから大丈夫だろう。


「あ、あとこれを」


 ソウがポケットから何かを取り出し、詩織に手渡す。


「指輪?」


 ソウが手渡したのは、小さいけれど眩い光を放つ宝石が付いた指輪だった。

 綺麗だけれど、見た事ない宝石だ。


「魔力の濃度が分かる指輪です。その内指輪なしで分かるようになると思いますがね。お守りみたいな物です」


 お守りか。ばったり遭遇しない為に丁度いいかもしれない。


「分かった、大事にするね」


 明日忘れない様に、机に置いておく。

 話が終わったのか、ソウは

「それでは、失礼します。おやすみなさい」

 と言って部屋を出て行った。


「あ、そう言えば」


 ソウが、ドアを閉める前に思い出したように言った。

「明日はきちんと起きてくださいね」

「ちゃんと起きるわよ!」


 全く、余計な一言が多い騎士だ。

 「はぁ……」とため息を吐くと眠気も襲って来た。

 今日は朝から忙しかったので疲れたのかもしれない。


「ちょっと早いけどもう寝ようかな」


 電気を消し、ベッドに入る。

 横になるとすぐに眠気が襲ってきて意識が薄らいでいく。


(明日は中川君ともっと話せるかな……)


 ささやかな希望を胸に、詩織は眠りの世界へ落ちて行った。




 夜の路地を歩いているとそこには、青い輝きをはなつ天使が倒れていた。

 なぜ天使と思ったのかは分からない。

 だが今詩織の目の前で倒れている存在は、天使としか形容できないほどの美しさだったのだ。


 通い慣れた路地の角を曲がると、青色の淡い光を放つ美しい鎧を着た、騎士のような出で立ちの青い天使が倒れていたのだ。


 突然こんな出来事にあったらパニックで頭が真っ白になるか、訳の分からない事を考え出すかの二択だろう。



「グッ……カハッ」


 青年が苦しそうな表情を浮かべて、うめき声をあげる。

 よく見たら鎧のすき間から血が垂れている。


 血が出ているという事は、この天使は怪我をしているという事だ。


(怪我をしているなら助けないと……!)


 呆然としていた詩織はハッと我に返り天使に駆け寄る。


「大丈夫? 怪我してるようだけど」

「――……ッ!」


 詩織の言葉に反応するように天使は弱々しく顔を上げ、何かをつぶやく。


「え、なに? 聞こえないよ?」


 あまりにもか細い声だったため、詩織は耳を天使に近づける。


「どい……て、くだ……い!」

「きゃっ!」


 その瞬間、暴風が吹き天使はいつの間にか寄ってきていた黒い化け物を大剣で切り裂く。

 そしてその場で倒れこむ。


 鎧のすき間から血が吹き出し、血だまりができあがる。

 美しく輝く青い長髪も、毛先からその色を失っていく。


「ちょっと! 動いたらダメだよ!」


 慌てて詩織が駆け寄ると、天使は力なく手を伸ばす。


「あなたの、力を貸して……私と契約して欲しい」

「いいよ、どうしたらいい?」


 願いに即答した詩織の顔を天使は一瞬申し訳なさそうに見ながら眉根をよせる。


「お手を……」


 ゆっくりと力なく伸ばされた手を詩織は両手で包む。


「ありが……とう」


 力なく笑ったその瞬間、詩織と天使を中心に衝撃波が発せられ、いつの間にか取り囲むように集まってきていた黒い化け物を消し飛ばす。


「ありがとう、詩織。あなたが私の命を救ってくれた」

 

 思わず目をつむってしまった詩織が、おそるおそる目を開けると目の前には青の天使が立っていた。

 傷はすっかり治っていて、さっきまで広がっていた血痕や血だまりも無くなっている。


 そして何よりも特徴的なのはやはり青く淡い光を放つ翼だろう。

 人間離れした神秘的なその姿形に詩織は圧倒され言葉を失う。

 青の天使はそんな詩織の心情を察したのか、自己紹介を始める。


「私はソウ。ご想像通り天使です。ここにはある目的のため来ました」


 青の天使――ソウは気品のある笑みを浮かべる。

 改めて見ると翼を抜きにしても、逆に人間だった方が違和感があるほど浮世離れした美形だ。


「あ、うん。それはいいけどもう大丈夫なの?」


 人間は己が理解できる情報量の限界を超えたとき、その言葉ありのままの意味で受け入れるのか、詩織はさっきから心配だったソウの怪我の心配をする。

 今や見る影も無いが、ソウはさっきまで血だまりができるほど出血していたのだ。

 

「ええ、おかげさまで九死に一生を得ました。詳しい説明は後でします。まずは手早くあれを片付けましょうか」


 ソウはどこからともなく出現させた大剣を両手で構える。


「あれ? ってうわぁ!」


 ふと周囲を見渡すと、詩織たちを取り囲むようにあの黒い化け物が集まってきていた。

 黒い煙で覆われているようにぼんやりとした全体の輪郭に、背中には漆黒の片翼。

 そして赤い目がボーっと妖しく輝いている。


「詩織はそこから動かないでください。さぁ行きますよ!」


 ソウは翼を震わせ黒い化け物たちの群れに突っ込んでいく

 そして身の丈ほどもある大剣を、全く重さを感じさせない軽い剣さばきで振るい、瞬く間に黒い化け物を倒していく。


「まぁこんな所でしょう」


 すべての化け物を倒したソウは大剣を消滅させ、ゆっくりと詩織の方へ歩いてくる。


「お手をどうぞ、レディ」


 片膝を着き、ソウは手を差し出す。

 その見た目の通り騎士のような礼節や行儀作法を重んじている様だ。


「ありがとう」

 

 お言葉に甘え詩織はソウの手を借り立ち上がる。


「知りたい事はたくさんあると思いますが、まずは謝罪をさせてください」


 ソウは再び片膝を着き、頭を下げる。


「私は同類である天使を倒し、次世代の神となり、私の願いを叶えるため降りてきました。しかし天使が存在するためには魔力というエネルギーが必要なのです。それを得るためには人間と協力関係を結ばなければなりません」


「それが契約ってやつ?」

「いかにも」とソウはうなずく。


 よく知っている意味での契約なら、その内容も聞かずに契約するなんて絶対にしてはならないだろう。


 しかしあの時は一刻を争っていたし、なによりソウからは全く悪意を感じなかった。

 だから詩織は迷う事なくソウの手を取ったのだ。


「天使と契約者は一定の距離を離れれば魔力の供給が止まります。普段はいいのですが、戦闘など魔力消費が多い時などは近くにいてもらう必要があります」

「いいよ、それでも私が選んだことだもの」


 詩織の言葉に驚いたようにソウは表情を変える。

 あの化け物や天使などが戦っている場所にいるのだから詩織にも危険は及ぶ可能性は当然ある。


 それに天使と契約した人間を狙う陣営だって当然出てくるだろう。

 なんなら詩織だってその作戦を使うかもしれない。

 

 恐怖は無い、と言えばウソになる。

 しかし心配は全くしていない。なぜなら――


「それにあなたが守ってくれる。そうでしょ、騎士様?」


 詩織は手を差し出し、ウインクをする。

 

「ええ、騎士道に誓って」


 ソウは詩織の手を取ると、手の甲にキスをする。

 立ち上がるのを助けようと手を差し出したので、少し驚いたがまぁ悪い気がしないのも事実だった。


「この戦い、勝ち抜いたならばあなたの願いも叶えられるでしょう」

「そっか。なら考えておかなくちゃね。神様にお願いするに値する立派なお願い事」


 清算される事が無かったであろう業を背負いし少女と、理想を目指す騎士。

 二人を月明かりが照らしていた。



 こうしてこの世に六人目の契約者が誕生した。

 存在するは七色の天使と七人の契約者。


 己が理想とする世界を作るため。

 己の力を示すため。

 己の過去をやり直すため。


 契約者が見つかっていない天使は残り一色。

 赤の天使――クロウを残すのみとなった。

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