第16話:リミット解除

 ラインの宣言が終わるのと同時に、戦闘が始まった。

 クロウはいつもの剣、ソウはこの前海翔を守った大剣。


 刃は吸い込まれそうなほど美しい銀色で、鍔や持ち手は月明かりに照らされ青く輝いている。

 そして目を引くのはその背丈ほどの大きさもある大剣を軽々と振り回している様子だろう。


 そしてラインはクロウが言った通り、様々な銃火器を駆使している。

 時にはハンドガン、時にはアサルトライフル。

 ラインの手元が光り輝くたびに目まぐるしく銃は変わっていく。


 力はナイフを使った近接格闘術をメインにソウと、対等に張りあっている。

 天使は一般人とはかけ離れた運動能力を有している。

 しかし力は天使に付いていくどころか圧倒しようとしている。


 見れば見るほど、この人は本当に人間なのか、という疑問が浮かんでくる。

 海翔は見ているだけかと言われると、勿論そんな事はない。


 海翔の仕事は定期的に破壊される武器をクロウに提供し続けるという仕事だ。

 距離が近い時は剣を、遠い時は銃や弓といった飛び道具など状況に合わせたカードを使う。


 間違った時は凄い顔でクロウが睨んでくるのだが、今日はまだ無いのでどうやら今日はご希望に添えているらしい。


 クロウの斬撃を避けつつ、ラインは隙を見て銃弾を叩きこんでいく。

 その銃撃を身をよじって避けつつ、またカウンターを叩きこむ。

 一進一退。

 この二人の戦いを言い表すのにはこの言葉が一番相応しいだろう。


 ソウと力の方も少しでも油断した方が負ける。

 そんな緊張感が離れた場所からでも伝わってくる。

 しばらくして、両者は一旦距離を取った。

 このままではらちが明かないと悟ったのだろう。


「リキ、らちが明かない。あれをやるよ」


 ラインはそう言いながら金色のカードを力に投げた。


「了解だ、ライン」


 力はカードを受け取ると、静かにとなえた。


「リミッター解除だ。ライン、敵を殲滅しろ」

「了解!」


 力の命令を受けたラインがニヤリと笑う。

 その瞬間、ラインの身体は突如光に包まれた。


 魔力という概念をあまり理解していない海翔でさえ理解できる。

 急激に跳ね上がった魔力の上昇に、空気がピリピリと震える。


「全砲台起動。出力は安定値にて推移」


 ラインの後ろに五丁のライフルが、そしてラインの両手にも銃が突如出現した。

 後ろのライフルは、ラインを囲むようにフワフワと浮遊している。


「ソウ、あれはどういう事!?」


 詩織が慌てた様子で聞いた。


「上手く例えるのは難しいのですがね。普段の私たちが百パーセントの力で行動しているとしたら、あれは今百二十パーセントの力で行動しているといった所でしょうか。もっとも長時間の運用はカードにも契約者にも負担が大きいという諸刃の剣ではありますが」


 普段慌てる様子がほとんどないソウが少し慌てている事から、かなりまずい状況なのだと海翔は理解した。


「クロウ、僕はどうすればいい?」


 光り輝くラインを睨みつけているクロウをジッと見つめて、海翔は言った。

 少し考えたのち対抗策が思いついたのか、手に持っていた剣を捨てて振り返った。


「苦労して手に入れたんだ、マカイズを使うぞ。シルバーよりきついがやれるよな? 海翔」


 クロウはニッと笑って言った。

 海翔なら厳しい局面でも乗り越えられる。

 そんな信頼を感じる笑顔だった。

 だから海翔はその信頼に答えるように、二ッと笑った。


「分かった。けどいいの? 僕らもあのリミット解除とやらをしなくて」

「馬鹿言ってんじゃねぇ。ラインはただの踏み台だ。こんな序盤で奥の手なんて使ってられるかよ」


 海翔への配慮か、本当に戦略的に考えているのか分からないが奥の手は使わないらしい。


「詩織、海翔。もう少し下がっていて下さい。あれは流石に守り切れるかは分かりませんので」


 言われた通り二人は数歩下がった。

 そしてソウがブツブツと何かをつぶやくと、二人の前に幾何学模様の光の壁が出現した。


「こういう魔法は私の専門外なんですがね。ですが無いよりはマシでしょう」


 ソウがチラッと振り返ってウインクをした。


「海翔。言っとくが俺はここで負ける気はねえからな」


 ラインから目を離さないままクロウは言った。

 後ろ姿で背中しか見えないが、きっとその顔には自身満々の笑みがこぼれている事だろう。


「ああ、分かってる。カードインストール<マカイズ>!」


 紫の強い光を伴ってマカイズの使っていた鎌が出現した。


(負ける気はない。だから俺は負けないからお前も死ぬなよ)


 クロウはそんな事を言いたかったんだと思った。

 もっともクロウはそんな事絶対に認めないだろうが。


「やっぱりこれくらい下がるか……まぁいい。案外、馴染むじゃあねえか<マカイズ>!」


 クロウは体に馴染ませる様に軽く鎌を振り回して言った。


「全行程クリア。リキ、危ないから下がってて!」


 ラインはあくまで冷静な口ぶりで言ったが、その表情はこれから起こる戦いが楽しみでたまらないという様子だ。


「了解」と言って力は数歩後ろに下がった。

 ソウがさっき言った通り、リミッターを解除するにはかなりの魔力を消費するらしい。

 力の動きにはさっきのような滑らかさは無かった。


「さぁ、行くよ。クロウ、ソウ。僕も時間が無いからね、一瞬で片を付けてあげるよ!」


 さらに魔力量が上がったのか、肌が痛いくらいにピリピリしてきた。


「忘れんなよ、ソウ。ラインのカードは俺のだからな」

「ご心配なく。契約はしっかり守りますよ」


 全く緊張感の無い会話。

 強大な力の前に二人の天使は怯むどころか、楽しむ余裕すら感じさせていた。


 どちらもほぼ同時に動き出した。

 ラインの後ろに位置していたライフル銃は無人機の様にラインの思った通りに動くらしい。

 縦横無尽に空を駆け、三次元的にクロウたちを攻撃している。


 魔力によって構成された銃弾は、跳ね上がった魔力量の影響か、ビーム兵器の様だった。

 その迫りくる銃弾の嵐を、クロウ達は完璧に避けている。

 彼らは分かっているからだろう。

 あの銃弾に当たれば天使であってもただでは済まないという事を。


 空を駆けるライフル銃たちはさらにスピードを上げ、その様相は流れ星の様にも見えた。

 どんどんスピードの上がるライフル銃にクロウの表情は苦しそうな顔に変わっていく。


「ッ!」


 どんどん上がるライフル銃のスピードを遂に追いきれなくなったのかクロウの右足、そして左の翼をビームが貫いた。


「地に堕ちろ!」


 ビームに貫かれた痛みに一瞬クロウは止まってしまう。

 その隙をラインは逃す訳がなく急速に接近し、至近距離で銃弾を浴びせながら力を込め蹴り飛ばした。


「ガハッ!」


 クロウはそのまま受け身も取れず屋上に激突してしまう。


「クロウ!」


 海翔は思わず声を上げてしまった。

 砂埃で隠れてしまってクロウの様子はうかがえない。


「……グッ。ガハッ。……ッるせえよ。しゃべんな、声が響く」


 クロウは血をペッと吐いて、鎌にもたれながら立ち上がった。

 いつも通りの口の悪さだが、その姿は満身創痍にも見える。


「クロウ、大丈夫ですか?」


 ソウが上から降りてきて、優雅に着地した。


「ったりめえだ。ラインはどうした」

「ラインにも時間制限がありますからね。もう私達をまとめて片づける気の様ですね」

 ラインもまた向こう側に降りて来ていた。

 そしてもう決着をつける気なのか更に魔力を上げている。


「全砲台、出力限界解放。エネルギーフルチャージ。スタンバイ……」


 どんどん上がる魔力量に、ラインの足元のコンクリートはラインを中心としてボロボロと剥がれてきている。


「どうしましょうか、最大出力の一撃を食らってしまったら流石に持ちませんよ」


 ソウは少し困った様子だ。


「おい、耳貸せ。考えがある」


 クロウには何か考えがあるのかソウに耳打ちをしていた。


「え、なんですか? フムフム、成程成程。え、そんなの本当に出来ます?」

「やれなきゃ、死ぬだけだ。違うか?」


 クロウは作戦をソウに伝えると、ニヤリと笑ってソウの肩を小突いた。

 海翔達の場所からは何を言っているのか聞こえないが、どうやら考えはまとまったらしい。


「詩織! あなたは私を信じてくれますか?」


 ソウは少し不安そうな笑みを浮かべ言った。


「勿論よ! ソウ、ぶちかましてやりなさい!」


 詩織はそう言ってシャドーボクシングのように拳を突き出した。

 ソウは聞きたかった言葉が聞けたことを安心したのか満足気に微笑んでラインの方を睨みつけた。


「おい、海翔! さっきも言ったがな、俺は神になるまで負けねえからな! 分かってるよな!」


 クロウは自分に言い聞かせるように叫んだ。


「分かってる! 僕だってまだ死にたくないからね!」


 海翔は冗談交じりで答えた。

 クロウはニッといつもの様にいたずらっぽい笑顔で「ッるせえ、馬鹿野郎」と答えた。


「エネルギー充填率百二十パーセント。さようならだ! 消し飛べ!」


 ラインの言葉と共にクロウ達の方へ向いた全砲台から高エネルギービームが発射される。


「ソウ!」

「分かってますよ!」


 瞬間、ソウは海翔達を守っているのと同じような魔力障壁を展開し、ビームを受け止める。


「くっ、うおおおおおお!」


 目を開けてられない程の爆風に海翔達は尻餅を付いてしまう。

 最後に聞いたのはソウの唸り声、そしてその唸り声をかき消すほどの爆音だった。

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