第17話:意趣返し

 パラパラとコンクリートが落ちてくる音がする。

 恐る恐る目を開けるが、砂埃で全く見えない。


 徐々に戻ってきた視界にまず映ったのはラインだった。

 魔力を使い切ったのか、ラインは肩で呼吸していて今にも倒れてしまいそうだった。


「クロウは、ソウは?」


 首を左右に大きく振って探すが、赤と青の天使は全く見つからない。

 隣を見ると、詩織も必死で二人を探している様子だった。


 徐々に砂埃が晴れてくる。

 その砂埃の中一つだけ、動いている影があった。


 その影は真っすぐラインに向かって走っていき、攻撃を仕掛けた。

 しかしその攻撃は余裕をもってラインに防御されてしまう。


 突如突風が吹いて、急激に砂埃が晴れていく。

 ラインに攻撃を仕掛けていたのはソウだった。


 美しい鎧はボロボロで所々欠けていたり、腕からは血がポタポタと垂れていた。

 攻撃するのに手一杯だったのか、簡単にラインに蹴飛ばされ、そのまま倒れてしまう。


「はぁ、はぁ。クロウは残骸も残さず消し飛んだようだし、どうやら僕の勝ちみたいだね」


 息を切らしながら、喉の奥から絞り出すような声でラインは言った。

 ラインは勝利を確信したように、拳銃をソウに向ける。


 確かにさっきからずっと探しているのにクロウだけいない。

 力も生きているのにだ。

 本当に欠片も残さず消し飛んでしまったのだろうか。


(あいつが……? あのずる賢いあいつがこんな所で死んだ? いやそんな訳……)


 ソウが生き残っていた事でクロウも生きているという可能性はある。

 だが生きているならなぜ姿を現さない?

 もしかして逃げたのだろうか。

 いや、クロウに限ってそんな事はないはずだ。


 締め付けられるような心臓の痛みに耐えながら海翔は思考する。


「果たしてそうでしょうか」


 ソウは体のあちこちを震えさせながら立ち上がった。


「どういう……意味かな」


 ラインは勝利の余韻に浸っていた所に水を差され明らかに機嫌を悪くする。

 その様子が面白くてたまらないといった様子で、ソウはニヤッと笑って答えた。


「この程度では死なないという事ですよ。あれは」


 ラインは一瞬何を言っているのか分からないといった顔をしたが、すぐに何かに気づいた様に目を見開き天を仰いだ。


「そんな……まさか!」


 気づいたころにはもう遅かった。

 ラインは空から急降下してきたクロウに鎌で切り裂かれていた。

 その衝撃はラインが思わず二、三歩下がってしまう程だった。


 ラインに致命傷を与えたクロウだったが、クロウも満身創痍なのか鎌を杖代わりにしてやっと立っているような状態だ。


 ゆっくりとラインの身体は淡い粒子で包まれていく。


「……まさか、あの瞬間空に飛んだとはね。まんまとはめられたよ」

「ああ、散々罠を仕掛けられたからな。その意趣返しって訳だ」


 クロウはしてやったりといった表情を浮かべている。


「ははっ。まさかソウを囮にしたトラップを僕に仕掛けた……なんてね」


 その言葉を最後にラインは光の粒子となり消えた。満足気な笑顔だった。


 苦しい戦いだったが何とか勝ったようだ。

 ゆっくりとクロウの方に歩み寄る。


(なんでだろう。頭は痛いし、足に力が入らないな)


 激しい頭痛で呼吸は荒くなり、視界はかすんできた。


「クロウ、勝ったね」


 なんだか、体も重たい。

 足が絡まり転びそうになる。


「当たり前だ」


 いつもの悪人顔を浮かべクロウはニッと笑った。


「ソウ、大丈夫?」

「ええ、問題ありません。ピンピンしてます」


 ソウはウインクをして軽く答えたが、今にも倒れそうだった。

 ひとしきり勝利を祝った後、クロウは静かに言った。


「最後の仕上げだ」


 クロウがゆっくりと振り返ると視線が、力に集まる。


「やれやれ、こいつは参った。お手上げだな」


 力はヒラヒラと手を上げ、降伏のポーズを取る。


「悪いな、俺は降伏なんて認めていないんだ」


 クロウは鎌を再び構えなおす。

 この場を逃れる術は無いと悟ったのか、力はナイフを取り出しクロウと向き合う。


「全く……。とんでもない貧乏くじを引いてしまったな」


 力は自嘲気味に笑った。そして両者の間にしばしの沈黙が漂う。

 まるで武士の決闘の様な構図。

 両者ほぼ同時に動き出した。


 そして、決着は一瞬でついた。バタリ、と力は倒れる。

 クロウはゆっくりと姿勢を立て直し鎌を消す。

 海翔は力が倒れたのを確認してから足を引きずりながらクロウの方へ歩み寄る。


「終わったね、クロウ。お疲れ」

「ああ。こいつはしまっとけ」


 そう言ってクロウはラインのカードを海翔に手渡す。

 海翔が受け取ると、カードは黒の粒子となり消えた。


「これで二枚目……か。先が思いやられるね」


 これだけボロボロになってまだゴルトは二枚目である。

 この調子で後四枚も集めないといけないとは、想像以上に途方もない。


「ああ。だが、順調だ」


 確かにクロウと出会ってまだ一週間も経っていないのにもう二枚集まったのだ。

 むしろ良いペースなのかもしれない。


 ……。……。

 やっぱりおかしい。

 考えがいつもの様にまとまらない。

 駄目だ。意識が遠のいていく。


「さぁクロウ、家に帰ろう」


 海翔のこの言葉はクロウに届いたのかわからないが、最後に映ったのは今まで見た事のない、クロウの優しい笑顔だった。

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