第15話:現代兵器のトラップタワー

 公園から廃ビルまでは約十分。

 ここらはあの企業が土地を買収し社員寮を建てていため、現在ではゴーストタウンになってしまっている。


 なので、多少大きな音が鳴ってもまず人は駆けつけてこないだろう。

 ラインがここを拠点として選んだのもうなづける。


「さすがに大きいな……」


 廃ビルの前に到着し、空を見上げる。

 今日は新月であるため、高層ビルは無限に続いているような錯覚すら感じる。


 門のすき間を通り抜け敷地内へ入る。

 コンクリートはあちこちにヒビが入っており、その隙間からは雑草が生えている。

 劣化か、不良がたまり場にしていたのか分からないが、ガラスのあちこちは割れてしましっている。



「おい、聞こえたかソウ」

「ええ、勿論」


 ビルの入り口にクロウが触れたとき、クロウはそう呟いた。

 

「聞こえたって何が?」


「登って来れるものなら登ってこいだってよ。あの野郎なめやがって」

 よく分からないが、ラインからテレパシー的なものが飛んで来たらしい。

 クロウは力任せにドアを蹴破り既に侵入しようとしている。


「ちょっと待ってよ、クロウ。また真正面から突っ込んでいくつもり?」

「ああ? 仕方ねえだろう、ここしか入り口はないんだから」

「え? このまま直接屋上まで飛んで行ったら駄目なの?」


 折角クロウ達は空を飛べる訳なのだから、馬鹿正直にこのトラップタワーと化しているであろう廃ビルを登っていく必要なないだろう。


 しかしクロウは面倒くさそうに大きくため息を吐くと、

「付きあってらんねぇ。行くぞ」

 と一人でスタスタと入っていってしまった。


「え? どういう事、クロウ。ねぇ!」


 聞く耳も持たず行ってしまった。


「私もそうしたい事は山々なんですけどね。この建物周囲に結界が張られているので、中から行くしかないのですよ」


 口数の足りないクロウの言葉を補足し、ソウたちが廃ビルに入っていく。


「そう言う事なら、そう言ってくれればいいのに」


 ボソッとつぶやきながら海翔も三人へ続く。


 ビル内へ入りまず飛び込んできたのは広いエントランスだ。

 左手にはエレベーターが四台、右側には階段がある。

 そして天井は吹き抜けになっており、暗がりであるが薄っすらと上品なシャンデリアが見える。


 今となってはあちこち綻びが目立つが、当時はおしゃれでモダンなデザインだったのだろうなと思う。

 ふと見るとクロウは既にエントランスの中心程の所にいた。


「あ! クロウ、危ない!」


 カチッという音と共に真下にいるクロウの下へシャンデリアが落ちてくる。

 そして床に激突し、これまで聞いたことのないようなガラスが割れる時の甲高い音がフロア中に響き渡る。

 その衝撃に反射的に思わず目を瞑ってしまった。


「っと、危ねぇ」


 恐る恐る目を開けると、フロアの真ん中には無残な姿になってしまったシャンデリアの骨組みが転がっていた。


 未だに耳がキーンとする。

 クロウはシャンデリアが高い所にあったおかげか、間一髪で避けることが出来たようだ。


「いきなりお見舞いされましたね、クロウ」


 ソウが一人で突っ走るからですよとでも言いたげな様子で言った。


「うるせぇ。避けたんだからいいんだよ」


 反省する気はないようだ。

 その時、建物内の放送設備が突然ガーガーという、ノイズ音のような音を出し始めた。


「やぁ、クロウ。これを避けるとは流石だね」


 建物内に突如響き渡ったのは少年の様な声。

 明らかにこの前の男の声ではないので、この声の主がラインなのだろうか。


「随分手荒い歓迎ですね、ライン!」


 ソウが大きな声で天井へ向かって叫ぶ。


「君たちが初めてのお客さんなんだ。つい張り切ってしまったんだよ」


 ラインと思しき少年の声は楽しくてたまらないといった様子で言った。

 どこかにカメラでも設置してあるのだろうか。

 こちらの今の様子を完璧に把握している様な話しぶりだ。


「おい、ライン。すぐ登り切ってやるからな! 首洗って待ってやがれ!」


 クロウは天井に向かって叫んだ。


「ふふ、クロウはさ、いつも威勢だけはいいよね。楽しみに待ってるよ」


 プツッという音と共に放送は終了した。


「チッ、ふざけやがって。行くぞ」


 エレベーターが動いている訳も無いので階段で上層階へ向かう。

 

「これからあんなトラップがいくつもあるのかな」


 詩織が少し心配そうに言った。


「たぶんね。だけど大丈夫だよ。なんかそんな気がする」

「なに? その根拠のない自信」


 フフッと笑いながら詩織は言った。


「うん、だけどそんな根拠の無い自信っていうのが大事なんだ。たぶんね」

「……そうだね。ありがとう、ちょっと怖くなくなったかも」


 詩織の笑顔を見ているとなんだか落ち着く。

 そんな美しい笑顔を歪めてしまうような事を起こしてはならない。

 海翔はそう思った。




 廃ビルの屋上。

 ここには放送設備の前に座っている少年と、少し離れた所でストレッチをしている男性がいた。


「ライン、誰か来たのか?」


 男がストレッチをしながら少年に聞いた。


「うん、クロウとソウだ。早速シャンデリアを使ってみたけど簡単に避けられちゃったよ」


 楽し気な様子で黒の天使――ラインは言った。


「クロウ――って言ったら、狙撃に失敗したガキの天使か」

「そうだよ。あの時の赤いのがクロウで、青いのがソウ」


 少年は、パソコンに映し出された監視カメラの映像を見ながら言った。


「そうか。で、そいつらちゃんとここまで登ってこれるのか?」

「登ってくるよ。第一、登ってきてもらわないとそろそろ退屈だろう?」

「ああ、勿論だ。どうもこの国は俺にとっちゃ退屈すぎるからな」


 ラインの契約者――今西力はニヤリとして答えた。


「全く、契約者が戦闘狂っていうのも困りものだよ」


 ラインは困っている様には少しも見えない様子で言った。

 そしてふと立ち上がり呟いた。


「さぁ、次はどれを使おうかな?」


 ラインはパソコンに映ったトラップ一覧を見ながらとても楽し気に呟いた。



  壁に貼ってあった地図を見てみると、このビルは十二階建てらしい。

  一階のシャンデリアを皮切りに、海翔達はいくつものトラップをくぐり抜けて来た。


  漫画などで見た事がある落ちて来た鉄球に追いかけられるような物だったり、ワイヤーを切ったら作動するワイヤートラップだったり、原始的な物から本当に戦争で使われていそうな現代的な物だったり、まるでトラップの博物館に来ているかの様だった。


 そして、定期的に放送設備を使って話しかけてくるラインにクロウはイライラさせられっぱなしだった。

 まぁそれもトラップの一つだったのかもしれないが。

 こうしてトラップをくぐり抜け、遂に屋上への階段の前まで到着した。


「よし、行くぞ」


 クロウを先頭に階段を登りドアを開け、屋上に出る。

 ドアを開けた瞬間風がぶわっと吹いてくる。


「やぁ、待ってたよ。クロウ、ソウ」


 ドアから離れた所に立っていたラインが言った。

 見た目は中学生くらいだろうか。

 隣には力が立っている。


「おう、会いたかったぜ、ライン」

「久しぶりですね、ライン」


 クロウとソウも横並びに立ち、その様子はまさにこれから決闘が始まるという光景だった。


「久しぶり、って訳でもないか、少年」


 力が楽し気に笑いながら海翔を見る。

 前回もそうだが、力の笑顔を見ていると恐怖やプレッシャーを感じる。

 気を抜けばヒザからガクンと地に着いてしまいそうだった。


「ええ、今日は道には迷っていないんですか?」


 だからこそ海翔はとびっきりの皮肉を込めて言った。

 こういうのは気の持ちようだ。

 形だけでも平静を装っていれば心も付いてくる。


「ああ。目的地が自分から寄ってきてくれたからな」


 力は特に気にする事もなく普通に返事をした。

 海翔と力が知り合いなのに驚いたのか詩織は海翔の袖を軽く引っ張り聞いてきた。


「ねぇ、あの人知り合いなの?」

「うん、この前あの人に殺されかけたんだ。ソウがギリギリで助けてくれたんだけどね」


 海翔は肩をすくめ、冗談交じりに言った。

 詩織はボソッと何か呟いて「そっか」と言った。

 少し、嬉しそうな顔だった。


「で、どうだったかな? 僕たちのもてなしは。楽しんでくれたなら嬉しいんだけれど」


 これは皮肉ではなく本当に心からそう思っている。

 ラインからはそんな雰囲気を感じた。


「ああ、笑いが止まらねぇな。これからお前をぶっ殺せるんだからな」

「ふふ。相変わらず会話が出来なくて安心したよ、クロウ」

「お前こそな」


 双方にらみ合いの時間が過ぎる。

 後ろに控えている海翔でも殺気とプレッシャーで押しつぶされそうな程の強烈な雰囲気だ。

 そして、クロウはおもむろに呟いた。


「俺がラインをやる。お前はあの男をやれ」

「ええ、始めからそのつもりですよ」


 クロウとソウの会話が終わったのを見計らい、ラインは言った。


「作戦会議は終わったかな? それじゃあそろそろ始めようか。僕たちの殺し合いを!」

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