第3話

 喧嘩はいつもの事なので、エルフィンはそれ以上注意する事を諦めると、別の事で二人の意識を喧嘩から逸らすことにした。


 ザラザラザラザラッ……。


 テーブルの上に、宝石やアイテムなどがぶちまけられた。先ほどの冒険での戦利品である。


 この音に作戦通り、スカーレットの意識が宝へと向いた。


「わあっ! 結構たくさん手に入れたわね。これ全部売ると、どれくらいになるのかしら?」


「さあどうでしょう? できれば先に鑑定して、使えそうな物以外を売りたいですね。……ほら、この宝石、素早さを一時的に上げる魔法の効果があるみたいですね。後で細工師に頼んで、ネックレスにでもして貰ったらいかがですか?」


「えっ⁉ あたしが貰ってもいいの⁉」


「ええ、どうぞ。売ってもいいですけど、あなたに使って貰った方が、これからの冒険がよりスムーズになりますから」


 エルフィンはにっこりと笑うと、指先程の黄色い宝石をスカーレットに渡した。スカーレットはそれを受け取ると店の照明に透かし、その輝きを確かめている。


 宝石をしまうと、スカーレットは一つの指輪に気づいた。指輪に付けるには大きめの紫色の宝石が付いている。


「ねえ、エルフィン。この指輪は?」


「ええっと、これにも魔法がかかっているようですが……、何の魔法でしょうか?」


「……お前にも、分からないのか」


 黙って戦利品の選別をみていたカメリアが、ぼそっと口を挟んだ。彼の言葉に、エルフィンは困ったように笑いを返す。


「まあ、私にだって分からないことぐらいありますよ。多分……、精神に影響を与える魔法っぽいですね。ただ、どんな効果かは、鑑定スキルを使わないと分からないですね」


 スカーレットの持つ指輪に時折鋭い視線を向けつつも、最後は諦めたようにそう言った。


 鑑定スキルを使うには、鑑定するアイテムのレベルに応じて道具を準備する必要があるため、すぐに指輪の効果を知る事はできない。


 どうやらこの指輪の鑑定レベルは、そこそこ高いらしい。


 指輪を見ていたスカーレットだったが、ふと何かを思いついたのか、意地の悪い笑みを浮かべた。


「何かさ、この指輪のサイズ、カメリアにぴったりじゃない?」


 確かに指輪のサイズは大きめで、女性であるスカーレットの指にはぶかぶかだ。ちなみに、エルフィンも男性のわりに指が細いため、あわない。


 カメリアが口を開く前に、スカーレットが行動に移した。隣人の大きな左手を取ると、その薬指に指輪をはめたのだ。


「レティっ‼ 効果が分からない物を人に着けてはっ!」


 止めようとしたが、時すでに遅し。


 次の瞬間、指輪の石が輝きだしたかと思うと、光がカメリアを包んだ。光はカメリアの胸の中央に集まると、吸収され消えて行った。


 一瞬の出来事だった。


 光は眩しかったが、一瞬の事だったため、周囲の人々も何事かと不審に思いつつも、食事や談笑を続けている。


 このテーブル以外は。


「カメリアっ! カメリアっ‼ 大丈夫ですか⁉」


「ちょっと、カメリア! 何ぼーっとしてるのよっ! どうしたって言うの⁉」


 光がなくなった後、カメリアは焦点の合わない空ろな瞳で、テーブルの上に視線を落としている。


 何かを見ているわけでなく、ただ視線の先にテーブルがあったという感じだ。


 さすがに心配になったスカーレットが、声をかけながらカメリアの肩を強く叩いた。鍛えられた筋肉によって逆に跳ね返されているが、今は気にするところではない。


「……あっ」


 カメリアの身体が一瞬震えたかと思うと、小さな声を上げた。彼が反応した事によって、エルフィンもスカーレットもホッと胸を撫で下ろす。


「良かったです、カメリア。特に何も異常はなさそうですね」


「ああ、そうだな。特に身体に痛みや変化はなさそうだ。心配かけてすまなかったな」


 カメリアが何気なく答える。しかしこの返答にエルフィンは違和感を感じた。


(あれ? カメリアって、こんなに流暢に言葉を発する人でしたっけ?)


 いつもの彼は沈黙が多く、言葉を発するにしても簡潔な短文が多い。しかし今の発言は、とても流暢で自然な流れ過ぎて、逆に彼らしくなかった。


 違和感の正体に気づいた時、それは起きた。


「なっ、何⁉」


 突然両肩を隣人から掴まれ、スカーレットは驚きの声を上げた。


 カメリアの顔がいつになく近い。


 その手を振り払う間もなく、彼の口から出た言葉は。


「スカーレット、好きだ。結婚を前提に、付き合ってくれ」


 テーブルが静かになった。


 その中で、エルフィンがいち早く正気を取り戻した。そして、まだ固まって動けない彼女と、その両肩を持って真面目な表情で答えを待つ青年を見つめて、大きなため息をついた。


「……異常、ありましたね」


 そんな一行に降りかかったトラブルなどつゆ知らず、酒場は今日も賑やかだった。

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