第2話

 スカーレットの髪がキラリと光った。


 それを瞳に捕えたミモザが嬉しそうな表情を浮かべ、光の元を指す。


「レティ! この間のお誕生日の時にあげた髪飾り、着けてくれてるんだね! すっっごく、かわいいー」


 少女であっても女性。キラキラ光る物と可愛い物には目がない。


 スカーレットはミモザが指摘した髪飾りを外すと、自分の目の前に持って来た。


 彼女の手には、先日自身の誕生日の際にエルフィン親子から贈られた髪飾りが握られている。


 銀色の小さな花が無数に飾られたデザインだ。人差し指ぐらいの大きさで、髪の毛に付けていても仕事の邪魔にならないのが気に入っていた。


「ありがとう、ミモザ。あたしもこの髪飾り、とっても気に入ってるの。ミモザはお父さんと違ってセンスいいよねー」


「えへへ~」


 褒められたミモザは、嬉しそうに表情を緩めた。その横で、どさくさに紛れてセンスを貶された父親が苦笑いを浮かべている。


 スカーレットは髪飾りを元通りつけ直すと、行儀悪く頬杖をつきながら、黙って食事を進めているカメリアに対し、不満そうな視線を向けた。


「どっかの誰かさんは、あたしの誕生日を知っていながら、何もプレゼントしてくれなかったけどねー」


 誰かさんとは、もちろんカメリアの事だ。


 ミモザから誕生日を聞かれた時、カメリアもその場にいたはずなのだが、当日彼からのプレゼントはなかった。


 それに、スカーレットは不満を述べているのだ。


 トゲのある物言いにカメリアが食事の手を一瞬止めたが、すぐに再開すると自分を覗き込む彼女と視線を合わせないまま口を開いた。


「……子どもじゃあるまいし……」


「何言ってんのよっ! プレゼントに歳なんて関係ないでしょ⁉ 狂戦士って皆、あんたみたいに人の感情に鈍いの⁉」


「まあまあ、レティ、落ち着いて。以前も説明しましたが、狂戦士は自身の感情を表情に出すのができないだけで、感じる心などは我々と同じなのですよ?」


 エルフィンが慌てて、怒るスカーレットを宥めた。


 盗賊も精霊魔法使いも多く存在しているが、狂戦士は少し事情が違った。


 狂戦士は職業としては戦士に当たるのだが、特殊でその数も少ない。


 感情の高ぶり、もしくは狂戦士化というスキルを使う事で、常人よりもはるかに強大な身体能力を得ることができる。しかし代わりに自身の意識がなくなり、体力もしくは命尽きるまで戦い続ける破壊者となるのだ。


 そのため、狂戦士のパーティーには必ず、彼を正気に戻すための魔法使いが必要となる。


 それに狂戦士になると、自分の感情や言葉を自由に出せなくなるという副作用が現れる。心は普通の人間と同じなので、相手の気持ちを汲み取ったりはできるのだが、それを表情に出したり言葉にして表すことが難しくなるのだ。


 仲間にも危険が及ぶ恐れがあり、不愛想で面白みのない狂戦士を好き好んでパーティーに入れる冒険者はそうおらず、一部では創造神ルピナスや、精霊魔法使いたちの契約主である精霊女王ピアニ―の呪いだと忌み嫌う者もいるくらい、狂戦士の存在は冒険者たちの中でも異端だった。


 狂戦士の副作用について、何度もエルフィンから説明を受けているのだが、未だにスカーレットは懐疑的だ。


「それってさ、本当なの? 心では笑ってるのに顔に出せない事なんてできるの? 絶対にあんた、我慢してるでしょ」


 笑い上戸なスカーレットには、気持ちを表に出せないカメリアが信じられないようだ。


 食事の手を止め、カメリアが一つため息をついた。


「……別に我慢などしていない」


「えー、ほんとに? いやいや、絶対無理してんでしょ?」


「……元々、笑いの沸点はお前ほど低くない」


「……ちょっと、聞き捨てならないんだけど。誰が笑いの沸点が低いってんのよっ!」


 きいいっ! と悔しさに歯を噛みしめながら、スカーレットは叫んだ。


 この二人の喧嘩は、いつもの事だった。


 感情的で衝動的なスカーレットと、冷静で理論的なカメリア。

 全く正反対な性格がぶつかるのは仕方なく、その度に二人の間を取り持つのが、リーダーであるエルフィンだった。


 袖もないのに腕まくりをしながら立ち上がって臨戦態勢に入るスカーレットは、いつものとおりエルフィンとミモザに宥められ、納得がいかない表情を浮かべながら荒々しく席に着く。


 無口なのにも拘らず、カメリアに散々言い負かされてきた過去を思い出すと、苦々しい気持ちが彼女の中で蘇った。


(ほんっとこいつ、あたしの事良く思ってないに違いないわ!)


 むしゃくしゃしているスカーレットの横で、カメリアは先ほどと変わらず無表情に食事を続けている。


 彼女がどれだけ感情的になっても、決して自分のペースを崩さないカメリア。

 それが、彼女の腹立たしさを一層増幅させた。

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