第45話・耀とガンブッパ

「そこの雨どいが割れちゃってねえ。雨降るとボタボタれて、こっちまでねんのよ」

「確かにこれは酷いですね。近日中に対処します」

 奏耀かなであきら(14)の両親はアパート【小晴壮こはれそう】の大家であった。

 大家の仕事を手伝うようになったのは、中学校に上がる少し前くらいだったろうか?

 小晴壮はボロアパートなので、常にどこかが必ず壊れている。

 建て替える予算はないので、耀が成人するころには取り壊して駐車場にする予定らしい。

「まだ中学生なのに、耀ちゃんも大変だねえ」

 サビだらけの手すりに寄りかかり、屋根を見上げる女性の名前は更科更紗。

 異様に背が高く……いやひょろ長く、そのくせ割と綺麗な人だ。

 近所で携帯ショップの店長をやっている叔父の紹介で、数年前に引っ越して来たのだが、当時の耀は大家の仕事に関わっていなかったので詳細は知らない。

 ただし知っている事もある。

「光回線を導入してくれたの、マジ感謝してんのよ」

 更紗は重度のネットゲーマーだったのだ。

 少なくとも耀と同レベル、いや社会人なので課金額など比較にならないのは間違いない。

「耀ちゃんがいなかったら、いまごろカクカクだったろうからねえ」

 もうすぐGWゴールデンウィークなので、前哨戦で回線が混み合っているのだ。

 工事を提案したのは耀だが、住人たちの意見をまとめてくれたのは更紗である。

 それまでPCを使う住人がいなかったせいか、非光回線のADSLでもクレームが出ず、両親も半信半疑だったのだが、かねてより隣の母屋ともども光回線を導入したかったゲーマーの耀が提案、それを知った更紗が票集めをしてくれたのだ。

 アパートの回線がどれだけ入居率に影響するかをタブレットPCのデータを見せながら丁寧に説明し、ネット音痴の両親を説得してくれたのも更紗であった。

 携帯ショップの店員だけあって、相手をけむに巻きつつ必要な情報だけを印象づける手腕とコミュ力は、さすがプロと言わざるをえない。

 おかげで耀のネトゲ生活はパライソだ。

 従弟の千尋ちひろを誘って始めたヘスペリデスも最高。

 元々あまりデータの重くないゲームだったとはいえ、いまではスマホでSNSや動画サイトをチェックしながらでもスイスイ動く。

 これも更紗が共犯者になってくれたおかげである。



 ある日、アパートに救急車が来た。

 叔父から相談されて様子を見に行ったのだが、明かりがついているのに物音がせず、心配になって合鍵を使ったのだが、ゴミ袋と酒の山に埋もれてPCデスクに顔をつっ伏した更紗を発見してしまい、慌てて通報したのである。

 その時、初めて更紗の正体が【百手巨人】のランチュウだと気づいた。

 モニターには大きな樹に向かって走り続ける、しかも見覚えのあるアバターの姿が。

 PCデスクと、その周辺には、一体どうやって使っているのかもわからない入力機器の数々が大量に並んでいる。

 そしてプリンターの上に、悪名高いショタロリ団が盛大に尻踊りしている写真が飾ってあった。

 百手巨人に遭遇した事はないが、ネットで何度も見たのでコーデくらいは知っている。

 白目をいている更紗に何度も呼びかけるが返事はない。

 AEDの導入と心肺蘇生法の講習を受けておくべきだったと後悔した。

 119番を使ったのも初めてである。

 そして救急隊員が担架で運び出す更紗は、座ったポーズのままだった。

 あれはきっとTVで知った死後硬直、明らかに手遅れである。

 ついでに翌日から千尋の様子がおかしくなった。

 ヘスペリデスにも顔を出さないので叔母に聞いてみると、どうやら千尋は更紗に酷い事を言ったらしい。

『枯れ木女』

 ぶん殴ってやろうかと思った。

 そう言うと叔母は少し困った顔になる。

「男の子にはいろいろあるのよ」

 さすがの耀も、なんとなく察した。

 これは初恋のにおいがする。

「更紗さんって重度のショタコンだったから……」

 千尋の父親は更紗の上司であり、おそらく家族ぐるみのつき合いは数年に渡るだろう。

 ついでに千尋は、耀が『将来お嫁さんにしたい』と思うほどの美少年である。

「反抗期が最悪のタイミングで顔を出したのね」

 子供扱いされ続けて頭に来たに違いない。

 なんともこおばしい話だが、その結末が救急車では最悪だ。

 更紗はいまも意識不明で面会謝絶。

 まだ生きてるだけマシだとは思うのだが――

「ちーちゃんは学校行ってるんですか?」

 引きこもってもおかしくない状況である。

「一応通ってはいるけど、すっかりふさぎ込んじゃって、お友達とも遊ばなくなっちゃったのよ」

 やはり重症らしい。

 結局千尋には会えなかったので、代わりに見舞品を持って病院に行くと、予想通り更紗には会えなかった。

 院長が更紗の父親なので、手土産をエサに話を聞こうと思ったのだが、あいにく留守で、看護師から話を聞けただけである。

 それでも収穫はあった。

 いまは使われていない別棟で入院中の更紗は、専門のスタッフが面倒を見ているらしい。

 病院の職員ではなく、誰かが連れて来た誰かが看護しているのだと。

「これは謎の臭いがする!」

 家に戻ってネットを探るが収穫はなし。

 わかったのは百手巨人の不在だけである。

「てっきり極秘退院して個室か実家でヒキニートしてると思ったんだけど……」

 院長の権力で秘密にしているのではと疑ったのだが、さすがに希望的観測……いや妄想が過ぎたと反省する。

 本当にそうなら、千尋も罪の意識にさいなまれず、あっさりヘスペリデスに復帰して耀も万々歳だったのだが――



 2週間後。

『デュフフ~ッ、デュフフフフゥ~ッ♡』

 動画サイトをのぞいたら、コーデを変えた百手巨人が元気に尻踊り狂っていた。

「やっぱり……あの悪女め!」

 可愛い千尋をたぶらかすだけでは物足りないのか。

「殺してやる! 粘着して二度とヘスペリできなくなるまでキルしまくってニート部屋から叩き出してやる!」

 大家としての現状把握を口実に更紗の部屋を撮影し、千尋のスマホに送りつけた。

『いますぐログインしなさい! ヘスペリで更紗さんが待ってるよ!』

 ヘスペリデスでは無敵を誇る耀だが、相棒がいなければ始まらない。

 彼女のプレイヤーネームはガンブッパ。

 千尋の操るツヴァイヘンダーと2人そろってこその称号持ち【引力光線】である。

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