第46話・バーチャル剣豪

「協会より演武会の要請が来ております。いかがいたしましょうか?」

「断れ。儂はすでに螺旋らせん流を捨てた身よ」

 5年前に道場を継がせた婿むこ養子の昌行まさゆきはしつこい。

 剣術家・稲川顕彰いながわけんしょう(71)。

 世界的権威を持つ第13代目鏡天きょうてん螺旋流の元・当主である。

「お主が行くがよい」

「私では力不足です」

「昌行で駄目なら誰が行っても同じ事よ。少しは自信を持て」

 14代目は素質こそいまいちだが努力家で、300年の歴史を持つ鏡天螺旋流を受け継ぐに足る再現力と表現力を持ち合わせている。

 型を崩さず正確に。

 それこそが昌行の本領であり、弟子たちに教えるのもうまい。

 相手の意表を突きたがる邪道な本性を隠して来た顕彰と違い、道場を継ぐにふさわしい才能の持ち主といえるだろう。

「またお部屋にこもられるのですか?」

 顕彰の自室がある離れは厳重に施錠され、妻にすら立ち入りを許していない。

「うむ。これも修行よ」

「技が完成したら見せてください」

「たわけめ。お主に邪道を見せては螺旋流の型が崩れてしまうではないか」

「師匠の技が邪道である訳がありません」

冥府魔道めいふまどうもいいところよ。現実に使える技ではないわ」

 婿養子をふり切って自室に入る顕彰。

 そこには高性能PCと、肘掛ひじかけを外されたゲーミングチェアが置かれている。

 椅子の上にはVRゴーグルと2組のモーションコントローラー、そして足元にはフライトシミュレーター用のアナログフットコントローラーが。

 モニターにはヘスペリデスのタイトルロゴが表示されているが、椅子はデスクから離れていた。

「まさか隠居してから人生が始まるとはのう……」

 邪道な本性を隠して生きた顕彰が、13代目当主ではなく一匹の剣術家として生きられる世界が、まさかゲームの中に存在するとは、数年前までは考えもしなかった。

 ゲームを始めたのは数年前。

 認知症防止のために始めたのだが、凝り性で機材を増やしているうちにヘスペリデスに出会い、VR装備でヴァーチャル剣士となる道を見つけてしまったのだ。

 ゴーグルをかけ両手にモーションコントローラーを二刀流に構えてログインする。

 モニターとキーボードを使うのはチャット時のみ。

「さすがに人が増えて来たのう」

 夕方になって帰宅した学生や社会人がゲームを起動し、街はそれなりに盛況である。

あやかし退治もよいが、今宵こよいは人斬りの気分じゃ」

 背に大太刀を担いだ陣羽織のアバター【百足丸むかでまる】を走らせ、戦場いくさばたるフィールドへと向かう。

「邪道は我道。ゆえに魔道」

 人生の終わりぎわに見つけた我が道を今日も行く。

「ほう」

 背景の動きに不自然さを感じた。

「誰か近くにおるな」

 視点操作で反応を確かめる。

 相手がこちらに気づいている様子はなかった。

「5人といったところか」

 進行方向も把握しているので尾行は容易たやすい。

 フラフラと接近してみるが気づいてくれない。

 とうとうパーティーの最後尾についてしまった。

「阿波踊りをしておるのに気取けどられぬとは……」

 これはおのれの相手ではないと察して見逃す。

 しばらく眺めていると、潜伏していたPKパーティーに襲撃され全滅した。

「やはりのう……じゃが逃した獲物となれど横取りは許さぬ!」

 PKパーティーに襲いかかる顕彰の百足丸。

「3人……いや物陰に4人ひそんでおるな」

 弓や銃で迎撃されるが恐るるに足らず。

「さようなヘナチョコ弾に当たってたまるか。やあやあ我こそは百足丸なるぞ! 勇ある者はかかって参れ!」

 名乗りを上げてから大太刀を抜く百足丸。

 抜いたら戦闘開始扱いとなりボイスチャットが届かなくなるため、先に名乗っておかなければならない。

 武芸者にアイサツは大事。

「遅い」

 前線の射手たちを斬らずにPKパーティーの中心へと踊り込む。

 周囲は小さな茂みが点在し、いくらでも隠れる場所がありそうだ。

「参るぞ」

 顕彰が目を閉じるとアイトラッカー機能が反応し、百足丸のひたいに大きな3つめのまなこが開き、同時にVRゴーグルが、モノクロでコントラストを強調した全周囲モードへとシフトする。

 この視界モード設定により、顕彰は疑似的な心眼を手に入れた。

 まぶたの上から入る360度の視覚情報と、高性能ヘッドホンからの聴覚情報。

 あとは長年におよぶ剣の経験と勘。

 3つめの眼はハッタリだが、剣術の腕前はハッタリではない。

「効かぬ」

 大太刀をちょっと動かすだけで矢を弾く。

 銃弾は身をよじるだけで簡単にかわせた。

「秘剣・蚊蜻蛉かとんぼ

 同時に襲い掛かる軽戦士2人と盾役を瞬時に斬り伏せ、返す刀で装填中の銃手を両断する。

 空いた左手で銃手の腰から短剣を抜き弓手に投げ放つ。

 顕彰はこれらの動作をモーションコントローラーによるリアル剣術で入力していた。

 コントローラーを剣に見立て、アナログスティックと各ボタンによる複雑な操作で戦っているのだ。

「あと2人」

 フライトシミュレーター用のアナログフットコントローラーによる、グニャグニャと難解な機動で敗残兵を追い詰め追い立てバッサバッサと斬り捨てた。

 鏡天螺旋流は一切使わず、すべてヘスペリデスを始めてから会得した我流剣法しか用いていない。

 ゲームの中とはいえ、その剣技は全盛期をはるかに超えていた。

「我流は自由なり」

 幼いころから家の流派を強制された反動が、そしてあこがれだった伝奇小説の数々が、仮想世界に1匹の化物を生み出したのだ。

 彼の称号は【天眼】。

 実に大人げないバーチャル剣豪である。

「……ぬっ⁉」

 カカカカカカカカカカカカカカカカッ!

 殺気を感じて大太刀で連撃を防ぐ。

 視界を通常モードに戻すと、そこには赤毛の小僧がクルクル回転しながら回避行動に移っているところだった。

「亡者にまぎれて忍び寄りおったか……面白い」

 双方共に武器を抜いているためボイスチャットは通じない。

 次の攻撃が来る前に条件つきPvPを申請すると、百手巨人の動きが止まった。

「仲間と合流する前に一勝負と行きたかったんだけど、まさか天眼にお目にかかれるとはねえ」

 条件つきPvP申請が受諾されたのか、ボイスチャットが通じている。

「儂の名は百足丸じゃ。天眼など知らぬ」

 顕彰はネット掲示板のランク認定制度に興味はない。

 ただ強さを求め相応の獲物を探すのみである。

「アタシゃランチュウだ」

「ぬしが噂の百手巨人か。さすがの手練てだれよ」

めたって何も出ないってば。さっさとおっ始めよーぜ」

「同意」

 すでに名乗りを終え、もはや言葉は不要。

 目を閉じ疑似心眼モードを発動させる。

 そこから先はともえ戦だ。

 超至近距離で死角に回り込もうとポジションを奪い合う。

 クルクルグニャグニャを高速機動を繰り返すが、互いに攻撃する暇はない。

「おおっ、やってるやってる……って、あれ天眼じゃないッスか!」

 百手巨人の仲間が到着したらしい。

「4対1か……じゃが一向に構わぬ」

 参戦するようなら障害物として活用するまでだ。

「ソルさん来ちゃダメだよ? 来たら死ぬよ?」

 顕彰の意図は百手巨人に読まれているらしい。

「わかっておるではないか」

「アンタの首はアタシんだ。他の誰にも渡しゃしねーよ」

 来たら殺すという意味だった模様。

「笑止!」

 近づかないなら、こちらから行くまでだ。

 乱闘しながらさりげなく移動し、ほうけている緑色の眼鏡ヒーラーの脇に回り込む。

「ムッチさん頭下げな!」

「は……ひゃいっ⁉」

 ヒーラーの頭上を百足丸の大太刀がかすめる。

「そこっ!」

「なんの!」

 繰り出される百手巨人の連撃を大太刀の石突いしづきで受け止め振り払い3連撃。

「……しもうた!」

 百足丸の動きが止まった。

「どしたの?」

 百手巨人の動きもピタリと止まる。

が出てしもうた……」

 我流を極めんと勝負にのぞんだのに、思わず体にみ込んだ天鏡螺旋流の技を使ってしまったのだ。

「この勝負、儂の負けじゃ」

 視界を通常モードに戻しコンフィグ画面を広げる。

「あっ待てこんにゃろ逃げる気か⁉」

「ぬしへの雪辱は後日晴らそう。ではさらばじゃ」

 PvPを強制的に放棄しログアウトした。

 モーションコントローラーをひざに置き、震える手でVRゴーグルをそっと外す。

「ふぅ…………っ」

 面妖な技を使う恐るべき強敵であったと感嘆かんたんする顕彰。

「儂もまだまだじゃのう」

 あれが最高峰の一角か。

 胸の動悸どうきが収まらない。

「技が足りぬ……編み出さねば」

 邪道は我道、ゆえに魔道。

 どこまで行ってもゴールなど存在しない。

 だからこそ人生は面白いのだ。

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