1-51 決して傾かぬ天秤
一つだけ、この場にいない知らない誰かに問いたい。
もしその両手に、それぞれ譲れないものが存在したとして。
どちらか片方を犠牲にしなければ、両方が消えてしまうとしたら、キミはどうする?
創星記。皆はその物語をそう呼んでいる。
創星神ユグドラシルが成したとされる、星が創られ、文明が紡がれるまでを記された神話。
本当に、皮肉の効いた名前だと、そう思う。
キミ達は疑問に思ったことはないのかい?
一体誰がこの書物を記したのか。
何故昔の信徒達は、緋の神の末裔を実際に探し出そうとしたのか。
何故神話に登場する悪神と同じ容姿をしているというだけで、ブラッド一族がここまで過酷な迫害を受けるようになったのか。
創星記は、全十二章に分けられた物語が存在している。
創星神によって星が産み出されてから、緋の神が悪魔と成り果てるまでの物語が。
しかしこれには、実は続きとなる第十三章が存在する。
教会によって秘匿扱いとされた、決して公になることはない最終章が。
その章では、悪魔と成り果てた緋の神の軍勢と、創星神率いる神軍の激突が描かれている。
最終的に神軍は悪魔の軍勢に敗北し、創星神は緋の神に取り込まれ、世界は破滅に追いやられる。
創星神の敗北と、星の終焉。
教会がそれを隠そうとしたのも無理はない。しかし、重要な事実はそこじゃない。
――創星記の正体とは、星の未来を占ったとされる世界最古の予言書だ。
その精度は正確無比であり、事実これまでの歴史上で起こった大きな事象は全て、この創星記の記述通りの最後を迎えている。
そして世界の歩みが第十章まで進行した四百年前、先人達はようやく事の重大さに気が付いた。
彼らは焦り、創星記の運命から脱却しようと足掻いた。足掻いて足掻いて足掻いた末に、あの歴史上最大の大戦争ティタノマーキアを自分達の手で引き起こし、第十章と寸分変わらない結末を辿った。
創星記からは逃れられない。このままでは、緋の神によって世界は終わる。
今の内に緋の神の種を絶やして終末を回避するため、一部の者が暴走してブラッド一族を虐殺しようと動き始めたのが、三百年前。
当時地方で一勢力を誇っていたブラッド一族は当然これに反発し、国が二つに割れる程の内戦が勃発した。
――第十一章。緋の神は他の神に反発して戦争を仕掛け、これに敗北して地に堕とされる。
戦いに敗れたブラッド一族は各地に散り散りとなるが、ブラッド一族への迫害は止まらず、各地で緋狩りが続いた。
その後教会は大陸の大半を手中に収め、一大宗教となって栄華を極めた。
――第十二章。四神となった神々は人々から崇められ、長きに渡る平穏の日々が続いた。
意図せずして、先人達は自ら創星記の通りの運命を歩んでいった。
まるで最初からそうなることが決められていたかのように、足掻こうとすればする程、より強い力で予言書の通りに動かざるを得ない事態に追い込まれる。
そして、今から十年前。緋の血脈と物語られた一族の末裔が、創星の神器であるユグドラシルを継いだ。
これまで続いた歴史と、辿り着いた結末。これらは果たして、全て偶然なのか。
いや、違う。世界は着実に、創星記の予言通りに歩んでいる。
過去に起きた大規模な自然災害、その全てを創星記は言い当ててきた。最早その神話の信憑性は、馬鹿馬鹿しいと一蹴するには大き過ぎる存在となってしまった。
近い未来、世界はあの紅い少女によって破滅を迎える。
それがどういう形で為されるのか、詳しいことは何も判らない。
しかしそれでも、滅ぶことは事実なのだ。
旧き世界を終わらせ、新たな
そして、その定められた筋書きから脱するために造られたのが、ボク達ホムンクルスだ。
神に打ち克つことが出来るのは、同じ神しかいない。
法術の原点とされる原初の法。神々の権能をその身に宿した人工の神によって、緋き血脈を滅殺する。
その目的を知るのは、白亜の塔を創設した教会上層部のみ。その他の研究員は、『創星記の絶対証明』という建前の下集められた。
その唯一の成功例が、ジンだ。四神の内の一柱の力をその身に宿した、人工の神。
近い未来、待っている結末は二つだ。
創星記の終わりが訪れ、アリサの手によって世界が滅ぼされ、ジンが死ぬ。
創星記に抗うために、そうすることを強いられたジンの手によって、アリサが殺される。
救いのない結末しかない。二人が出逢ってしまったことによって、互いが無傷で済む未来は完全に閉ざされてしまった。
もう一度訊きたい。ここにいない知らない誰か。
もしその両手に、それぞれ譲れないものが存在したとして。
『お前のことを忘れない。それ以前に死なせない。だからさ、死にたいとか言うな』
どちらか片方を犠牲にしなければ、両方が消えてしまうとしたら。
『あ、の……! 私、アリサって、言います。あなたの、名前は……?』
キミならどうする?
誰でもいい。誰でもいいから教えてくれ。
ボクは、どうすればいいんだ。
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