1-47 投石
『GYAA!』
「くぅ……!」
咆哮と共に放たれたバケモノの一撃を、エミリアは浮かばせていた大剣の腹で受け止める。
生物が鋼を打ったとは思えない轟音が轟き、刀身がミシミシと悲鳴を上げる。
バケモノを屠り続けること十数分。今では百体近くの死骸があちこちで転がっている。
エミリアも自分の想像以上の戦果を挙げられていることに驚いているが、その代償は既に形として現れ始めていた。
百体ものバケモノを切り裂いた大剣の斬れ味は、三本とも圧倒的に低下し、避けることを徹底して戦っているというのに、バケモノの攻撃で大剣のダメージは崩壊間近まで蓄積されていた。
残るバケモノは、あと四体。
援軍がまだ期待出来ない以上、一匹も逃すわけにはいかない。
「はぁ!」
目の前の一体を二本掛かりで串刺しにし、最後の一本で首を刎ねる。
即座に刺していた大剣を引き抜き、即座に自動戦闘モードに切り替えると、左右を挟んできていたバケモノ二体を足止めをし、真正面の一体と対峙する。
『GYAAAAA!』
バケモノが拳を振るう。
『解析』で既にこいつらの攻撃パターンは把握済み。刀身が限界である以上、攻撃以外で無闇に剣を使うわけにはいかない。
エミリアの半歩左の空間を拳が通過する。凄まじい風圧。だがもう慣れた。
その巨大な口の中に大剣を投下し、内側から頭部を上下に両断。バケモノは生命活動を停止させる。
臭い体液が飛び散り、そればっかりはいつまで経っても慣れずにエミリアは眉を顰める。
『GYAAAAAAAAAA!』
『GYAOOOOOOOO!』
自動戦闘モードの大剣を振り切った二体のバケモノが同時に襲い掛かってくる。
だがエミリアは慌てることなく、バケモノの背後に浮く大剣を手動に切り替え、人差し指をクイっと曲げた。
『『GYA!?』』
二体の断末魔が重なる。
エミリアが並行操作した大剣によって、背後から脊髄を貫かれたのだ。
しばらく二体のバケモノは不自然な痙攣を繰り返すが、その内力尽きたように動かなくなった。
「……
足止めのつもりだったのだが、まさか全個体を倒してのけるとは。我ながら信じられないが、やっぱり頑張るニート最強〜!
わ〜い! とエミリアは両手を挙げて喜びを表現する。
「いや、ホントギリギリ〜。もう大剣も限界。完っ全なナマクラになってるね〜。帰って研ぎ直さないと〜」
回収した三本の大剣は、どれもバケモノの体液でべっとり。一応自動洗浄機能も付けているのだが、ここまで汚れてしまえば効果ないのだろう。
「もう十分頑張ったし、ワタシも病院に避難しよ〜っと。流石にこれ以上はエミリアちゃんも働けな――」
『GYA』
背筋が強張る。
唸り声が聞こえた。
幻覚ではない、現実のものが。
だが馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な。
隠れていた? 倒された振りをして、力尽きた振りをして、エミリアが疲れ果てるのを待っていたとでもいうのか。
巫山戯るな。
そんな知性、奴らには備わっていなかった――!
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――ッ!』
同胞の山の中に隠れ潜んでいたバケモノが、エミリアに迫る。
「ちょ、ま――!」
エミリアは対処出来ない。大剣の再起動には約一秒もの時間を要する。このバケモノを相手にそんな長い時間呆けている時間はない。
しかし、かと言ってエミリア本人の実力ではバケモノには決して打ち勝てない。
今までバケモノの大群と渡り合ってこれたのは、単に大剣による補助故。それがない今、疲労も相まってエミリアは低級の法術士程の実力しか出すことが出来ない。
迫り来るバケモノの一撃を前に、エミリアは固く目を閉じる。
せめて、終わるなら一瞬の内にと。
『GYA……A……』
しかし幾ら待てども、全身を襲うであろう衝撃は届くことはなく、代わりに焦げた肉のような匂いが鼻をくすぐる。
そして、ドサッ、と。目の前の巨体が、地に崩れる音が。
「……え、え……?」
恐る恐る目を開ける。
そしてようやく、目の前に立っているソイツの姿を見た。
黒焦げたバケモノの巨躯を踏み付ける、その男を。
「俺が寝ている間に、随分楽しそうなパーティーしてんじゃねえか、おい」
その男がエミリアにそう声を掛ける。
「あ…………」
しかし、エミリアはしばらくその声に答えられないでいた。
ただ呆然と、自分の窮地に駆け付けてくれたその男の瞳を見つめていた。
そして、ゆっくりと破顔して、
「……もう! 心配したんだよ!? 一人で無茶して! このバカ! ……けど、ホントによかったぁ……」
「悪かった。そしてよく頑張った。こっから先は俺が受け持つから、テメエは病院にでも行って治療を受けてこい」
「言われなくてもそうするよ〜。もう全身バッキバキ。もうしばらくは仕事しない!」
「いやテメエいっつもダラけてんじゃねえか」
男はそうツッコむと、その視線をエミリアから結界の反対側に向けて、一気にそれを険しくする。
「エミリア、あっちでいいんだな?」
「うん。きっとまだ闘ってる」
「そうか。なら急がねえとな」
男の足元で、チリッチリッと稲光が発生する。
それは次第に大きくなっていき、遂には男の全身を覆うまで肥大化し、
「さて、あの馬鹿はまだ生きてるか」
そして、ソレが爆ぜるのと同時に、男の姿がその場から掻き消えた。
誰もが予想しなかったその男の乱入。
それが最後の投石となり、闘いは遂に最終局面へと突入した。
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