1-48 無力

 剣戟が交錯する。


 ジンが振るうは、ドス黒く変色した禍々しい薙刀。振るう度に空気が嘶き、大地が砕け、その力強さを雄弁に語っている。


 対するフィリアが持つのは、鏡面のように磨き上げられた見惚れる程美しい銀剣。華奢な刀身でジンの乱撃を全ていなすその剣の冴えに、無駄なものなど一切存在しない。


 ジンを全てを呑み込む巨大な竜巻に例えるなら、フィリアのそれは波紋一つ存在しない湖面そのもの。


 正しく静と動の対決。

 どちらの流派がより強いかは一概には語れないが、今この局面を制しているのは間違いなくフィリアの方だった。


「遅い!」

「くっ……!」


 突き出された薙刀が軽々と弾かれ、銀閃がジンの頬を掠める。


 幾ら防ごうとしても、一度に無数の突きを放っていると錯覚させる神業の剣技を前に、ジンは為すすべなく全身を斬り裂かれていた。


 もしジンの肉体強度が凡百の法術士のそれだったなら、既に出血多量で事切れていたことだろう。

 だがそれでも、こと対人戦の技量においては、ジンはフィリアに負けてはいない。


 では何故こうも容易く防戦一方に追い込まれているのか。


「ハァ!」

「チィッ!」


 それは、単純な膂力の差。


 技術と気迫は同等。故に、その力の差が決定的なまでに明暗を分けていた。

 恐らく、フィリアが初手で放った顎への掌底突きは、本当に手加減していたのだろう。危うく顎の骨を砕いてしまわぬよう、優しく丁寧に、徹底的に。


(どういうことだ!? 一日だけでここまで力が増すなんて話あるか!?)


 しかし、ジンが昨日フィリアと激突した際に感じた力は、多く見積もっても自分と同等かそれ以下。

 今のフィリアは、昨日の彼女とは別物だ。


《恐らくはこの結界の効果でしょう。これ程大規模かつ強力な代物なら、術者に強化を施す効果があってもおかしくありません》

「この結界内全てが、フィリアのホームグラウンドってことか!」


 迫る刺突を躱し、ジンは空いたフィリアの胴体に渾身の前蹴りを叩き込んだ。

 しかし、フィリアの右脇腹に突き刺さると思われたつま先は、黒い外套に触れる寸前で華奢な手によって受け止められてしまう。


「いーい蹴りだね。当たってたら痛いじゃ済まなさそうだ、よ!」


 掴まれた足首を引き寄せられ、ジンの体勢が崩れる。

 そして、フィリアの手元に戻っていた銀剣の刃が、引き寄せられたジンの胸元に迫る。


「ぐっ!?」


 ジンは咄嗟の判断で薙刀を離し、突き出された細い刀身を両手で握り締めることで剣の動きを封じた。


 しかし、残された右足を払われ、その背中を地面に叩き付けられてしまう。


「おーおー。頑張るね!」


 仰向けに倒れながらも、ジンは刀身を離すことはなかった。

 裂けた手の平から血が溢れ出すが、それでも握る力を緩めようとはしない。


 フィリアはジンの身体にのし掛かりながら剣を押し出しており、徐々にその剣先がジンの胸元に近付いていく。


「……降参してくれ、ジン。ここからキミが逆転することはない。もう勝負はついたんだ」


 押し込む力を強めながら、フィリアが苦渋の表情で降伏を促してくる。


 フィリアの言う通り、ここからジンが戦局を覆すことは不可能だ。

 元々腕力で劣る相手にマウントを取られ、しかも彼女は一切油断することなく止めを刺そうとしている。


 万全の状態のジンであれば、まだ可能性はあったかもしれない。しかし、今は唯一彼が扱える法術を封じられ、体の調子も最悪に近い。しかし、


「何だ? こんなのでオレに勝ったつもりでいるのか? オレはまだやる気だぞ!?」


 それでもジンが戦闘を放棄することはない。


 自分が負ければ、アリサが死ぬ。

 ならば退けるものか。譲れるものか。


 ――これ以上、何かを失うわけにはいかない!


 その強固な意志を前に、フィリアは諦観を感じさせる面持ちになり、ゆっくりと息を吐いて、


「分かってたさ、そんなこと」


 ジンの胸に、一気に剣を突き刺した。


「ごっ……!?」


 両腕の拘束を強引に突破され、一瞬後にジンの全身を激痛が駆け抜ける。


 フィリアの剣はジンの胴を貫き、地面を砕き、その刀身の三分の一を地中に埋め込んでいた。


「安心して。ホムンクルスはその程度じゃ即死することはない。適切に処置すれば十分に助かる怪我だ。けど、しばらく寝たきり生活が続くだろうね」


 安心させるようにフィリアはそう囁き、一気に剣を抜き取った。

 一気に開かれた傷口から紅い濁流が溢れ落ち、それと同時にジンの視界が一気にボヤけ始める。


「次に目を覚ましたときには、もう全てが終わっている。もうキミは戦わなくていい。傷つかなくていい。寿命を延ばす術も見つけた。これからは、平和を享受して生きていくことが出来るんだ。だから、あの子のことは諦めてくれ」


 ジンは、そこから先のフィリアの言葉を聞くことは叶わなかった。


 待て、と声を発することも出来ない。その歩みを止めようと手を伸ばすことも出来ない。


 己の無力を霞んだ意識で責め立てながら、ジンの意識は闇に落ちた。

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