1-46 対峙

「何で、お前がっ!?」


 今でもジンは、自分の目が信じられなかった。


 だが彼女はフィリアだった。その顔も、髪も、目も、声も、その笑い方も、何もかもがフィリアだった。

 しかしその事実を、ジンはかぶりを振って否定する。


「違う。お前は猫仮面だ。今すぐその悪趣味な変装をやめろ!」

「悪趣味だなんて失礼だな。そもそも、さっきまでの姿の方が変装だよ。どう? 口調じゃボクって分からなかったでしょ? 運び屋として長い間活動していたせいで変な癖が染み付いちゃってね。お面か何かで顔を隠すと、自然とあんなキャラになっちゃうんだ」

「嘘を吐くな! フィリアが生きている筈がない。ちゃんとアイツの遺体は埋葬し――」

「それは右腕だけ、だろう?」


 ジンの言葉を遮り、フィリアはポンチョの中から剣を握る右腕を露わにした。


「ッ……!」


 ジンの息を呑む音がする。


 彼女が見せた腕は一見生身の人のものに見えるが、関節部分に見える器械らしさが、ソレが精巧に造られた義腕なのだと物語っている。


「じゃあ、お前は本当に……」


 狼狽を超えて錯乱するジンを見て、フィリアは微笑ましげに口角を上げる。


「キミの言いたいことは分かる。何故生きているのか。何故今まで逢いに来なかったのか。何故変装してまで正体を隠していたのか。他にも色んなことを聞きたくて聞きたくてしょうがないだろう? けど積もる話は――」


 しかしその笑みが、一瞬にして消え去り、


「――この子を殺してからにしよう」


 死に体のアリサに、無慈悲に剣を振り下ろした。


「ッ――――!」


 ジンの姿が、その場から消える。

 正確には消えたと錯覚するほどの超加速で走り出したのだ。


「くぅッ!」

「おっ」


 ギリギリのところで、ジンの伸ばした薙刀の刃がフィリアの銀剣を弾く。


 ジンはそのままアリサを抱きかかえると、すぐさまフィリアから距離を取った。

 無言でアリサを地面に下ろし、そっとその頭を撫でる。


「頑張ったな、アリサ」


 遅れてすまない。そう最後に付け加えて、ジンはアリサを背に、フィリアの前に立ち塞がった。


「……邪魔、しないで欲しいんだけどなぁ」


 冷えた感情をその目に宿し、フィリアは淡々とボヤき、剣を構える。


 そして、その姿がブレた。


 高速で肉薄してきたフィリアの掌底が、ジンの顎に叩き付けられる。

 骨が砕けるようなことはないが、まともに受ければ昏倒は免れない。


 ――筈だった。


「な……っ」


 ジンの顎を打ったフィリアの表情が強張る。


 それもその筈。動かないのだ。顎を強打され、頭が上向きになったジン。その体が、一歩も背後に後退していない。


「……舐めてるのか?」


 その直後、ジンの左拳が火を吹いた。


 咄嗟に腕を十字に構えられたせいで直撃とはいかなかったが、その一撃はフィリアの身体を軽々と浮かせ、数m吹き飛ばしてみせた。


 フィリアは何とか着地に成功するが、腕を襲う鈍痛に、酷く顔をしかめている。


「手加減する余裕があると思ってるのか? 言っておくが、家族というだけでなあなあに済ましてやるつもりはないぞ!」


 ジンが強く振り下ろした薙刀が、地面を易々と砕き割る。

 その形相を表現するには、怒りという言葉では生温い。赤々と己が内側を迸るナニカを滾らせながら、ジンは足を前に踏み出した。


「お仕置きだ。拳骨一発で済まされると思うなよ!」

「……面倒くさいなぁ」


 逆にフィリアは手に持つ刃の如く心を澄み渡らせ、静かな闘志を漲らせる。


 十年ぶりに再会した、たった一人の家族。

 互いに譲れぬもののために決別した彼らは、今その剣先を向けたのだ。

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