1-45 再会

 轟音と共に震える大地。

 天から降り注いだ幾百もの黄金の矢が大地に突き刺さり、戦塵が撒き散らされる。


「ハッ!」


 気合いと共に戦塵を突き破り、無傷の猫仮面が目にも止まらぬ速さでアリサの懐に潜り込んだ。

 アリサは突き出される刺突を創星弓で受け止め、だが勢いは殺せず弓を持つ手が弾かれる。


「くっ!」

「近接戦闘はまるで素人だな!」


 猫仮面は余裕でアリサの腹に膝を叩き込み、喘ぐアリサの紅髪を掴んで、


「確かに、創星樹の加護で肉体強度は『一番』にも匹敵している。けど練度が低い。遠距離戦も攻撃が素直で真っ直ぐだ。自慢出来るのは破壊力だけか?」

「だま……れ!」


 アリサの怒りに呼応するように、地面から黄金の杭が飛び出し、主に害を与える敵を問答無用で殺しに掛かる。


「おっと!」

「うっ……」


 猫仮面は冷静に、掴んでいるアリサを片手だけで放り、襲い掛かる杭を難なく回避する。

 無様に腹を抱えて苦しむアリサを見て、猫仮面は実に落胆したように溜息を吐き、


「……見たところ、そろそろ過負荷限界が近いようだな。戦闘に慣れていないせいか、マナの配分がメチャクチャだぞ」

「うるさい!」


 寝た状態のままアリサは一気に三本の矢を引き絞り、未だ無傷な道化師に向かって撃ち出した。


 音速で迫る三本の軌跡。

 だが猫仮面は一切避ける素振りを見せず、ゆっくりと銀剣を揺らして、


「学習しろ」


 三閃。


 一息の内に二本の銀閃。黄金が打ち負け、霧散する。

 そして、音を超えた切り返しの一閃。


 斬り裂かれた矢は左右均等に別れ、丁度猫仮面を避けるようにそれぞれ対称に曲がっていった。


「そんな……」

「何度も言わせるな。分かりやすいんだよ、お前の攻撃。何処をどのタイミングで撃とうとしてるのか丸分かり。私はただそのタイミングに合わせればいい」


 猫仮面は簡単そうにいけしゃあしゃあと言うが、これはそんな単純なことではない。


 分かりやすいと言っても、感じ取れるのは撃ち出す瞬間とその狙いのみ。

 しかも矢の速度はどれも音速以上のものばかりだ。


 それを剣で弾き、斬り裂くというのは、神がかった動体視力と剣技が必要となる。


「はぁ……はぁ……この……!」

「お前はよくやった。正直、ここまで時間が掛かるとは思わなかった。完全に想定外だ」


 猫仮面は予想以上に粘ったアリサに対し感嘆の溜息を吐き、


「だが、時間切れだ」


 そして、目の前に現れた。


 三度目の超移動。


 アリサが目を見開くよりも早く、反応するよりも早く、凶刃が煌く。


「最初から終わらせることも出来た。済まないな、もしかしたらなんて希望を与える残酷な真似をして」


 刃はいとも容易く、肌を斬り裂き、肋骨を砕き、そして紅い命の源を容赦無く貫いた。


「……コフッ」


 銀の塊に胸を貫かれたアリサの胸傷と口から、洪水のように血が噴き出す。


 全身から力が抜ける。思考が一気に解体される。

 肉体の損傷に『加護』の再生が間に合わず、肉体が死滅へと向かっていく。


 それでも、


「……つか……ま……えた……」


 それでも少女は、諦めなかった。

 異変に気付いた猫仮面が、剣を引き抜き止めを刺そうとするが、


「……ッ!? 抜けな……」


 刃に肉が喰い込み、体内の異物をしっかりと掴み取っていたのだ。


「まさか、超再生の加護を無理矢理酷使して……!?」

 一瞬ばかりの僅かな隙。だが逃せばもう二度と巡ってくることのない最後のチャンス。 

 そしてそこに、アリサは己の全てを掛けた。


「ア、ア、アアア――ッ!」


 右手に体内の全てのマナを集約し、一本の矢を創り出す。


 朧げな輪郭をした光の集合体でしかないその矢は、瀕死の少女が生み出したとは思えない程荒々しく、膨大なエネルギーの結晶だった。


 それを一気に、残された力の全てを使って猫仮面の面に叩き付けた。


 直撃を免れられなかった猫仮面が大きく吹き飛び、爆発で崩れかていた建物に激突した。

 既に致命傷を負っていた建物は衝撃に耐え切れず、猫仮面を巻き込む形で崩れていく。


「……や……た…………」


 胸に刺さった剣を力任せに引き抜くと、アリサはその言葉を最後に意識を失い、力尽きるように仰向けに倒れ伏した。


 バタンッと、重いものが地面に打つかる音が響く。

 勝利者無くして闘いが終わり、沈黙が支配していた空間。


 しかし、


「ククククク……!」


 そこに、下卑た笑みを浮かべて歩み寄る男の姿があった。

 切り裂かれた白い法衣に身を包んだ、狂信者の姿が。


「最高だ。最高の結果だ。片方が欠けた瞬間に弱ったもう片方も仕留める予定だったが、まさか共倒れしてくれるとは! 無駄な手間が省けて助かる。タイミングも最良だった」


 突然の襲撃者から逃げ出し、その先で偶然二人の戦いに居合わせたベルダは、猫仮面が沈んだ瓦礫には一切目を向けず、真っ直ぐに倒れるアリサの元に近付いていく。


 正確には、彼女のすぐ傍に落ちた創星弓の元へ。


「ああ、神々しき我らが神の写し鏡よ! このベルダ・フランチェめが、忌々しき悪魔に簒奪されし御身をお迎えに上がりました!」


 地面に膝を吐き、ユグドラシルに信徒としての忠誠を誓う。アリサの血が付いていない場所に座る辺りがこの男らしかった。


 しかし、この狂信者の祈りに、ユグドラシルが答えることはなかった。

 当然だ。ベルダには何もない。ユグドラシルを拝顔する権利も、何もないのだ。


 そしてそのことが、ベルダにとっては最高に気に食わなかった。


「何故ですユグドラシルよ! 何故敬虔な私に答えてくれない! 何故その悪魔の傷を癒そうとしているのですか!?」


 そしてその疑問に、狂信者は早々に答えを導き出した。

 己にとって最も都合のいい、狂信者らしい模範解答を。


「……なるほど。これは試練なのですね! 私の信仰心を試すために、その悪魔をこの手で殺めよと! 不肖ベルダめ、例え悪魔の返り血に塗れることとなろうとも、御身のために!」


 そうと決めつければ話は早い。

 ベルダはアリサの傍に転がっていた銀剣を持ち上げ、よりその恍惚とした笑みを残虐なものにする。

 そして銀剣の刃を高らかに掲げ、


「今こそッ! この我らが神の最大の怨敵を、私の手で――」


「煩い。てかボクの剣に触れるな汚い」


「はえ――」


 その途端に剣を強奪され、一瞬で首をはねられていた。

 ボテ、と地面に落ちた球体に刻まれた貌は、何とも間抜けな風貌だったという。


「狂信者らしい死に様だな。ま、楽に死ねただけでもよかったと思えよ、な!」


 刃に付着した血を振り落として、その人物はベルダの胴体を足蹴にする。

 余程強い力が込められていたのか、蹴られた胴体は骨が砕ける嫌な音を立ててくの字に折れ曲がった。


 その声音も身体的特徴も猫仮面のものと一致するが、今までの彼しか見ていないのならば、そこに立つ人物を猫仮面と断言することは難しいだろう。


「あー。やっぱ最後のあれは耐えれなかったか。特注品だったのになぁ……」


 残念そうに肩を下ろすその人物は、さっきまでとは明らかに身に纏う雰囲気が異なり、口調までもが変わってしまっており。


 更には猫仮面のトレードマークである猫の仮面を着けておらず、その素顔を晒していたのだから。


『アリサッ!』


 そこでようやく、アリサが来ると信じて止まなかった男が到着した。

 全身はボロボロで、どれだけ激しい死闘を繰り広げてくたのか想像に難くない。


「やあ、遅かったね。待ちくたびれちゃったよ」


 瀕死のアリサを見て激怒するジンに、お面無き猫仮面はゆっくりと振り返った。

 にっこりと明るく微笑む猫仮面だったが、その笑顔を見た瞬間、ジンの顔から色が消えた。


「な、な…………」


 あれほど燃え滾っていた怒りは嘘のように消え去り、その他諸々の感情も一気に喪失する。


「なん……で……」


 その震える双眸が映すのは、暴かれた猫仮面の素顔。


「何で、お前が……ここに……」


 そこに在るのは、ジンと同じ白い髪に、本物にも勝る輝きを誇る黄金の瞳。

 そしてその、妖艶ながらも花を感じさせる小悪魔のような顔立ち。

 それらはどれも、かつてジンが喪った少女が持っていたものと、あまりにも酷似し過ぎていた。


「久しぶりだね。ジン」


 一度も名乗られていない彼の名前を呼び、猫仮面は――


「何でお前が生きてるんだ――フィリア・・・・!?」


 終わった筈の少女フィリアは、朗らかに笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る