1-42 その下らない信条のために
爆発の衝撃で崩壊する街並み。
それの余波で火が付き、一気に建物に燃え広がった炎。
挙句の果てに、一瞬の内に空を覆った半透明の大規模結界。
目まぐるしく悪化していく状況に冷静さを失い、様々な方向に逃げ出し、もう取り返しがつかないまでパニックに陥った民衆。
「……あ〜、ワタシはただ友達を迎えに来ただけなんだけど〜」
どうしてこうなった。
自分の周りで繰り広げられる惨状を前に、アリサの迎えに来ていたエミリアは遠い目をしていた。
「何だろな〜。ここ最近ホント面倒なことしか起きてないな〜。ワタシはただ働かずに自室に籠って積みゲー消化の日々を送りたいだけなのに〜。それが罪だとでもいうのか〜!」
それ社会人としては結構な害悪である。
なのだが、そんなツッコミを入れてくれる人材は今はここにはいない。
一人で叫んでるのが虚しくなったのか、エミリアは愚痴愚痴と文句を垂らしながらも顔を上げて、
「分かりましたよ〜。働きますよ働けばいいんでしょ〜!」
ニート、ここに立ち上がる。
日頃は基地の適当な部屋で、兵器製造エロゲー製作積みゲー消費に人生を費やしてきた少女は、その顔付きを非常事態のものに切り変えた。
エミリアは肩に掛けていた袋の中をゴソゴソと漁ると、そのお目当てのものを取り出し、スイッチを入れる。
『あー、テステス。皆さん落ち着いて下さーい。ワタシは帝国騎士軍の者ですー。今から言う避難指示に従って下さーい』
エミリア特製魔導具No.54『超々拡声器』。
朝に弱いアリサを無理矢理叩き起こすために開発した、ただただデカい声を出すためだけの道具。大体軍支給の物の四倍近くの声量まで出せる。それでもあのグータラがまともに起きた試しはないのだが。
しかし、市街地で避難誘導を行うには十分な音量は確保出来る。パニックによる喧騒で近くにいる者の声すら判別出来ないと言うのに、エミリアの声はその喧騒を打ち消すレベルで街中に響き渡っていた。
軍属の者が近くにいるという安心感からか、逃げ回っていた市民が若干の落ち着きを取り戻す。
『取り敢えず、皆さん病院に避難しましょう。あそこは緊急時に防御結界が張れるようになっているので、避難場所としては最適です。当然医療道具も完備されているので、怪我人の治療も問題ありません』
語尾にいつもの「〜」が無くなり、エミリアはまるで正規の軍官のように的確な避難指示を始めている。
『おい、病院なら安全だってよ!』
『それはよかった! 妻が先程の爆発で怪我を――』
住民達はそれを聞くと、近くに建つユグル病院まで真っ直ぐに避難を開始した。
あくまで冷静に対応するエミリアの毅然とした振る舞いに打たれて、心理的に余裕が生じたのだろう。
(ふぅ〜。ま、こっから先は騎士軍に任せちゃってもダイジョブでしょ〜。何かとんでもないことが起きない限り、これ以上パニックになることは――)
ボコッ。
「…………」
フラグ成立。
うんざりとした目を向けるエミリアの視界の中心に、下から突き上げられるように隆起する道路と、その隙間から見える太い腕がコンニチハ。
「そういうの、ホンッッッッッッッッッット〜に要らないから〜!」
エミリアの怒鳴り声に合わせるように一気に煉瓦を突き破って現れたのは、薄気味悪い白色の巨大な体躯と、ゴツい太いキモいの三拍子揃った四本の腕、そして見ただけで耐性のない者は悲鳴を上げて倒れてしまいそうな凶悪でグロテスクなフェイス。
『GYA!?』
その顔面に、飛翔した大剣がノンストップで突き刺さる。
刃渡りの半分以上が突き刺さった大振りのそれは、厄介ごとが増える前に駆除しようとしたエミリアが放ったものだ。
しかし、
『GUGYAGYAGYA……』
「うっそ。真っ当な生物なら即死なんだけどぉ〜!?」
頭部の半分以上を抉られたというのに、バケモノは健在。
その再生力は凄まじく、エミリアが驚いている間にも、頭部の傷の殆どが癒え切っていた。
「く、こんの〜!」
エミリアは残る二本の大剣も付け加えて、全力でバケモノを斬り刻む。
刃が緑色の皮膚を切り裂く度に体液が噴き出し、肉が抉れ、破片が飛び散る。
だがバケモノの再生力はその猛攻を以ってしても押し切れず、数秒も経てば元通りまで再生していた。
「くっそ〜! 残りの大剣が修理中じゃなかったらどうにでもなるのに〜! あの白髪頭のコンチクショウめ〜!」
ジンに折られた四本の大剣は、未だ研究室の中で修理中の身。刀身が欠けた程度なら数分で直るが、刀身真っ二つともなればたった半日で直るものではない。
故に、今のエミリアの出せる最大火力は当社比20%。実に決定打に欠ける火力となっております。
しかし、そこは腐っても竜撃隊。
『解析』を使ってバケモノの身体能力を測定し、肉体強度の弱い部位を徹底的に狙うことで、徐々に徐々にバケモノの再生能力をエミリアの大剣が削り始めた。
「え――何で……」
だが一瞬、エミリアの攻撃の手が止まる。
バケモノを倒したわけではない。バケモノに何かしらの変化が起こったわけでもない。
変わったのは、彼女の視界。『解析』を使える彼女だけが見える世界。
その世界に写し取られた情報が、エミリアの平常心を大きく揺さぶり、結果として彼女の攻撃が途切れる原因となった。
「その、データは……」
信じられるものか。
外見的特徴は頭のてっぺんから足先まで全くの別物。誰が何と言おうと、彼とコレは別物に決まっている。
だが彼女の世界はいつも正解しか映し出さない。
間違いであって欲しいものでも、容赦なく現実を突き付けてくる。
似ている。いや、そんなものではない。
あの新人とこの怪物の遺伝子情報は、限りなく同値に近い。
『GYAGYAGYA!』
「しま――!」
その動揺が、エミリアの足元をすくう。
背後で新たに出現したバケモノへの反応が、決定的なまでに遅れてしまう。
振り返ったエミリアの眼前に迫る、不可避の一撃。
砲丸並みの大きさを誇る拳は、だがそこに秘める破壊力は実際の砲丸を軽々と凌駕し――
「アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーッッ!!!!」
『GUE――』
だが全ては一瞬で潰れ去った。
エミリアにあと僅かまで迫っていた巨砲は、上空から飛来した何かによって肉体ごと押し潰され、生えてきた地面に再び潰し戻されていった。
「……は?」
思わず交戦中だということも忘れ、エミリアは目を点にする。
起こったことは二つ。
一、 空から人が降ってきた。
二、 それにバケモノが潰された。
うむ。実にシンプルだ。シンプル故に謎過ぎる。原因過程結果全てが謎だ。
「イツツツツ……。あの野郎、上空になんか飛ばしやがって!」
人型に開いた穴から這い出て来たのは、エミリアの自慢の兵器をぶっ壊してくれた憎っくき仇こと、白髪頭の新人、ジン。
結構洒落にならない勢いで大地に激突した筈なのだが、目立った外傷は見当たらず、精々かすり傷が沢山見える程度だった。
「ちょ、ジン君!? 何でこんなところにいるのさ〜!? アリサはどうしたの〜!?」
「エミリア先輩!? そっちこそ何でここに――危ない!」
ジンがエミリアの背後のソレを見て、血相を変えて叫ぶ。
『GYAAAA!』
そこに迫っていたのは、先程までエミリアが攻撃し続けていたバケモノ。
傷の再生を済ませたバケモノは、自分に危害を加えてきた小さき人間に、お返しとばかりに全力の殴打を――
ズゥウンッ!
空気が、凪いだ。
音すらも置き去りにした何かが、バケモノの首があった空間を走り抜け、その醜い肉と骨を両断した。
遅れて落ちるバケモノの頭部と、ドサァっと崩れ落ちた屈強な肉体。
「…………な」
ジンは見ていた。
こちらに目を向け、自分の目以外を見ていなかったこの少女が、見向きもせずに大剣を操り、バケモノを一撃の元に沈めたその全貌を。
「答えて、ジン君。アリサは、どうしたの?」
一撃でバケモノを屠った大剣に手を添えて、エミリアは問う。
今は体中から漏れ出す怒気殺気はジンに向けられていないが、もしジンが沈黙したり答えを誤れば、即座に三本の大剣がジンに放たれることだろう。
「……すみません。オレのミスです。罠に引っかかって、アリサを一人残してここに飛ばされてしまいました。急いで闇渡りで戻ろうとしたんですが、この結界内では空間系統が一切使えないようで……」
ジンの法術は、空間系統とは似て非なるものではあるが、本質は限りなく空間系統に寄ったもの。故にこの結界の影響を受けたのだろう。
「……そう」
静かに頷くと、エミリアは右手を覆われた空に掲げる。
エミリアの手の動きに合わせ、三本の豪剣が宙に浮く。
そしてエミリアは、何も告げることなく大剣を振り下ろし、対象を串刺しにした。
『GYA!?』
ジンの後方に立っていた、カエル頭のバケモノを。
起き上がろうとするバケモノを何度も串刺し、起き上がらなくなるのを確認すると、エミリアはジンに背中を向けた。
「……それは君の落ち度ではあるけど、だからと言って責めるつもりはない。まだ巻き返せる」
エミリアがそう告げると、遥か遠くで黄金が天に輝き、轟音と振動が二人の身体を駆け抜けた。
あの光と、この距離まで響く衝撃。間違いない。これはアリサの神器の余波。
アリサはまだ闘っている。あの猫仮面を相手に、一歩も引かずに。
希望はまだ残っている。これなら――
『『『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッ!!』』』
それを徹底的に踏み躙るかのように、バケモノ共の雄叫びが天地を揺らす。
突然ジン達の周囲の地面を突き破って現れた無数のカエル頭。それだけでなく、ここ以外の結界内のあらゆる場所から、バケモノが集まってきている。
まるで、何者かに指揮されているかのように。
「……行って、ジン君。ここはワタシが引き受ける」
エミリアが大剣を構え、ジンの前に出る。
あまりに無謀だ。一体二体は大した脅威ではないが、ここまでの数を相手にするには、それ相応の戦力と作戦が求められる。
少し腕が立つだけの法術士では、数に呑まれて一瞬で潰される。
「あの数はエミリア先輩でも無理です。先輩も行きましょう。奴らの狙いがオレ達だとしたら、逃げるのが一番いい選択です」
「そうだね。このバケモノ達が追いかけてくるのは間違いない。けど、その内の数体が、あの避難所に向かわない保証はない」
エミリアがチラッと視線を向けたのは、ライトが入院しているユグル病院。
病院には非常時用の防護結界が張ってあるものの、あのバケモノ相手にどこまで持ち堪えるのか分からない上に、結界外から援軍が来るのは恐らくもう少し先の話。
エミリアの言う通り、ここは別れて行動するのがベスト。
「それにね〜、そういう危険性を承知の上で、それでもアリサを優先するジン君が行ってあげるべきだと思うんだ〜。友達よりも仕事を優先するバカは、足止め役で十分だよ」
エミリアの大剣が、空中で力を溜めるように回転し始める。
スクリューのように回転するそれは、次第に回るスピードを増していき、ジンの目でも目視出来ない速度に達し、
「いっけぇええええええええええええッ!」
その回転を維持したまま、猛スピードでバケモノの群れに突き刺さった。
発生したエネルギーは圧巻の一言で、十体以上ものバケモノを一瞬でミンチにし、バケモノの壁に小さな穴を穿った。
「行って! 早く!」
「…………くっ、分かりました。すぐに終わらせます。どうか無理はしないでください」
「はは〜。頼んだよ〜。流石に長くは持たないからさ〜」
強がりを言ってみせる少女に頭を下げ、ジンはその穴目掛けて一直線に走り出した。
ジンが抜けた途端、穴はどんどん小さくなっていき、とうとう人一人が通れるかギリギリの大きさにまで縮まり、
「あっ……」
それを見て、エミリアは無意識に手を伸ばしていた。
まだ間に合う。
ここで今すぐ大剣に乗ってあの穴に突っ込めば、自分もあの穴から抜け出すことが出来る。
アリサを助けに行くことが――
「くどい! ワタシにそんな資格はない! ワタシに、あの子の仲間面する資格はない!」
だがその手を強引に引き戻し、エミリアはバケモノを迎撃せんと大剣を構える。
ジンが穴を抜けた途端、あのバケモノの数は一気に半分になった。ターゲットにされていたであろうジンを追いかけたがためだ。
残りのもう半分はエミリアを狙い、そして当たって欲しくない予想の通り、その内の何体かはその視線を、彼女の後方に控える病院に向けている。
恐らく、これでエミリアが離脱でもしようものなら、バケモノ共は早々にエミリアを見限り、病院に走ってくに違いない。
「はっはっは〜! させるかっての〜!」
大剣を飛ばし、病院に向かおうとする個体を優先的に刈り取る。
攻撃に使える大剣は一本が限界。残り二本で全力で身を守らなければ、一瞬でミンチにされてしまう。
(頼んだよ、ジン君)
エミリアの脳裡に、あの紅い少女との出会いの思い出が再生される。
苦い記憶だった。
アレンと一緒に竜撃隊の門を潜ったときに出会った、初めて見る紅い髪をした少女。
エミリアは幼少期から、ユグル教信者だった両親から頻りにその教えを聞かされ、最早洗脳という域で叩き込まれていた。
幸い狂信的に教えに溺れることはなかったものの、幼少から聞かされ続けていた教えは中々抜けることはなく。
初めてアリサを見たとき、ほんの一瞬だけ、恐れてしまったのだ。
そのときのアリサが見せた表情を、エミリアは一生忘れられない。
失望と絶望と傷心が入り混じった、あの顔を。
(だからワタシに、アリサを救いに行く資格はない)
友達ではある。だから当然、アリサが危険に瀕したら助ける。その身を何としても守る。
しかし、それでも『仲間』ではないのだ。
アリサが今自分をどう思っているかではない。
これは自分の意地だ。犬も吐いて捨てるような下らないプライドだ。
もしあの子の、アリサ・ブラッドの本当の仲間になりたいのであれば、
彼女が救われ、本当の感情を発露させたときに、あのことを謝ろう。
そしてそのためにアリサを救うのは、自分でもアレンでもアークでも、その他の竜撃隊の皆の役割でもない。
あの子の髪を見ても、臆するなんて馬鹿らしいと、とても綺麗だと言ってのけたあの二人にしか、その役割は果たせない。
下らないだって? うじうじ言わずに助けに行けだって?
ああしたいとも! そんなプライドかなぐり捨てて、今すぐあの子の元に行きたいとも!
「だけどワタシは、非人間だからね〜」
人として大切なものが欠けた、人の世の不適合者。
道徳に生きる人間の枠を外れた、獣以下の生物としての失敗作。
それでも自分に疚しいものなど何もないと、ワタシは人間だと、胸を張って生きていくために。
一度心に誓ったことは、何が何でも守ると、そう決めたのだ。
「カエル風情が、竜撃隊ナメんなよー!」
その信条こそが、
故に、それを貫くために、彼女は剣を振るう。
誰かに認められる為でもない、ただの自己満足のために。
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