1-41 怪物

 突如帝都を襲った大爆発。それはジン達のいた東地区だけでなく、その他の地区も同じように引き起こされていた。

 平穏な筈の日常が一瞬で地獄と化し、帝都はパニックに陥る民衆で溢れ返っていた。


『落ち着いて下さーい! 私達の避難指示に従って、慌てずにシェルターに避難して下さい!』

『パニックになってはいけません! 冷静になって行動して下さい! シェルターには医療設備もありますのでご安心を!』

 

 しかし、そこは流石は総統括本部に所属するエリート騎士兵と憲兵騎士と言うべきか、素早い対応であっという間に民衆を落ち着かせ、帝都中で起こっていたパニックは瞬く間に沈静化した。


「よかったな、会社がシェルターに近い場所にあって」

「ああ。シェルターに行けばもう安心だ」


 混乱していた市民に安堵の波が広がっていく。

 大規模とはいえ、爆発が連鎖的なものではなく一度きりだったことも、パニックを落ち着かせるのにいい方向に働いた。


「にしても、急に現れたあのデッカいドームは一体何なんだ?」


 だがそれでも、東地区に現れた巨大な半透明のドーム状の何かは、今も市民達の心にさざ波を立てている。


 半透明ではあるが、その中身はポッカリと大穴が開いたかのように完全に透過しており、覗いても向かい側の様子が見えるだけ。

 中で何が起こっているのか一切分からないことが、余計に民衆の不安を煽っていた。


「昔学校で習ったことあったよな。確か、法術結界だったか? 敵を閉じ込めたりするやつ」

「中の様子が見えねえから怖いよな。もしかしてあの中で、バケモノが暴れてたりして」


 避難誘導の列に並んでいた男が、連れの男に冗談混じりでそう笑い掛ける。


「よせよ。縁起でもないこと言う――」


 連れの男は不愉快そうに眉を顰め、注意しようとした瞬間――その顔が、一気に真っ青に青ざめた。


「おいおい。そういう脅かすのはな……し……」


 男は笑いながら、連れの男の視線を辿るように振り返って、そして連れの男同様、その顔面があっという間に漂白された。


 二人の視線を釘付けにしているのは、少し離れた場所のレンガ敷きの道路。

 正確には、その整備された道路が、下から突き上げられるように隆起していく、その過程。


「……お、おい、何だよあれ!? なあ!?」

「し、知るかよ! さっきの爆発で水道管が破裂したとかだろ!? そうなんだろ!?」


 地面の脈動は収まらず、隆起していく膨らみはどんどんと大きくなっていく。

 大の男が慌てふためいて騒ぐ様子は、当然注目の的となり、避難途中の市民や、避難誘導をしていた憲兵の視線がその二人に集中する。


 そして、男が連れの男にしたように、固まって動けない二人の視線を辿って、彼らもソレを目撃した。


 膨れ上がる道路は、まるで周囲からの視線に応えるかのように、一気に隆起を早め、そしてとうとう急な湾曲に耐えきれなくなった道路が破裂し、その破片が辺りに散乱する。


 だがその場にいた者達は、弾け飛んだ地面の慣れ果てになんぞ、一切関心を示さなかった。

 と言うよりも、それと同時に出現したソレの存在感があまりに大き過ぎて、僅かも視線を逸らすことが出来なかったのだ。


「何なんだよ、アレ!」

「ば、ばけものだぁ……」


 地面が弾け散るのと同時に出現したソレは、地面を突き破った犯人であるソレは、歪な形をしていた。


 常人の三倍はある背丈と、丸太の如き太さを誇る四本の腕、そして、カエルの顔を潰したかのような醜い頭部。

 あまりにもグロテスクな見た目の怪物の出現に、その場にいた人々は悲鳴を上げることすらも忘れ、凍り付いたように固まっていた。


「お、おい! 何なんだお前はぁ!」


 圧倒され、引けた腰になろうとも、職務を全うしようとした勇ましい一人の騎士兵が、その怪物に近付いていく。


 騎士兵の両手には軍支給の長槍式リアクターが構えられており、いつでも法術を撃ち放てるよう身構えていた。


「お前は、テロリストの一味か!? け、警告する! 今すぐその巫山戯たぬいぐるみを脱ぎ捨て、武装解除して投降しろ!」


 ジリジリと近付いていく騎士兵。

 怪物に向けられたリアクターの刃先は既に赤々と輝いており、騎士兵が念じるだけで即座に制圧用の魔法が放たれるだろう。


 その景色を、周囲の人々は避難することも忘れ、固唾を呑んで見守っていた。


『…………』


 カエル頭の怪物は、己に向けられる武力を前に、ただただ沈黙し続け、だが目は舐めるように、発光するリアクターの刃先とそれを握る騎士兵を見つめており、


「なッ!?」


 四本の腕の内の一本で、その刃先を掴み上げてしまった。


「あ、おい馬鹿!」


 しかし、怪物が掴んだ刃先には魔法1発分のマナがチャージされており、発光しているだけでなく、熱した鉄板並みに発熱しているのだ。


 ジュゥゥ……と、肉が焦げる音がし、怪物の手の中から煙と共に肉が焼ける嫌な臭いが充満する。


「こらっ、離せ! いい加減に――」


『GYA』


 ボキッと、聞き慣れない音が騎士兵の鼓膜を揺する。

 木の枝を折ったような、だがそれよりも太く、より頑丈なものを力任せにへし折ったような音。


「…………な」


 怪物が折った音だった。

 それをへし折った音だった。

 怪物は折ったそれを不思議そうに眺めている。


 だが興味を失ったのか、すぐに折ったそれを握り潰し、地面に放り投げた。


 騎士兵が構えていた、リアクターの、先端を。


「な……ななな……!?」


 騎士兵の顔が歪む。驚愕に歪み、恐怖に歪んだ。


 あり得ない。

 騎士兵が手にしていたのは、正式な軍支給品のリアクター。


 その強度は並の武具のものを凌駕し、質の悪い鉄製の鎧程度なら飴細工のように貫ける。

 それを、この怪物はあっさりと――


『GYA』


 ゴキッ。


 また、何かが折れる音がする。


 今度はさっきのものよりも太く、そして中身が詰まっていて、だが脆いものを砕き割る音だった。


 ピチャッと、怪物が握り潰したものの中身が散乱する。

 吐き気を催す強烈な生臭さを放つそれは、どう見ても肉片であり、臓物であり、


 血を噴き出す騎士兵の、消えた首から上のものの中身で――


「きゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!?」


 我に帰った者達が、我に帰らざるを得なかった者達が、一斉に狂乱する。


 パニックが再発する。恐怖が先程の比ではなく蔓延し、帝都はより巨大な混乱の渦に呑み込まれた。


『GYA』


 怪物は、逃げ惑う人々えものの後ろ姿に不思議そうに首を傾げ、

 そしてその血濡れの貌を、より凶々しく歪ませた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る