1-31 激突

「…………」


 夜風を浴びながら、ライトはスラムの大通りを歩いている。

 終始無言で足を動かす彼の頭の中では、ジンが来る前の、アリサとの会話が何度も繰り返されていた。


『――以上が、ジンの過去と、あいつの肉体の仕組みとその所以だ。まあ、俺も人伝てに聞いた話だから、これ以上詳しくは知らねえがな』

『…………』

『学院で初めてあいつに会ったときな、正直ビビった。あいつは人としての在り方があまりにも歪んでいる。体がじゃねえ、精神の在りようがだ。人でなしの俺が太鼓判押すんだからよっぽどな』

『……でも、私にはジンが、ライトのような人でなしには、見えなかった』

『それだ。俺みたいにすぐに判らない分タチが悪い。一見ジンは、自分より他人を大切にするお人好しに見えるかもしれないが、そんなことはない。あいつは、ただ自分の幸せを願えない・・・・・・・・・・・・。だから相対的に、他人を大事にしているように見えちまう』

『…………』

『昼間の仮面野郎に我を忘れて怒ったときのこと覚えているか? あいつが怒ったのは、過去に終わった家族を侮辱されたから。一度として、自分のために叫ぼうとはしなかった。あいつは自分のために怒れない。自分の存在に、価値を見出せないんだ』


「……自分を顧みず、他人を気にかけるのは相変わらずか。あまりの成長の無さに幾ら何でも呆れるぞ、ジン」


 ライトは思い出す。かの友人と別れた数年前のあの日を。

 この世の全てに絶望し、諦観した、死人同然だった彼の目を。

 そして数年振りに再会したあの男の目は、一切色褪せることなく、今も淀みに淀んでしまっている。


「トワが居なかったら、どっかで首でも吊ってただろうな。――ああ、ここか」


 柄にもなく物思いに耽っていた頭を切り替え、ライトはようやく見つけたお目当ての物に近付いていく。


 そこにあったのは、というより描かれていたのは、流動する幾何学模様――法位陣だ。

 結界術式や罠、儀式によく使われ、マナを流すだけで仕掛けが発動するという便利な代物。

 しかし、正確に描かないと効力がないので、絵が下手な法術士からは敬遠されている。まず道具もなく綺麗に円を描くという、地味に難易度が高い技術が要求されるからだ。


「……むず痒い反応はコレか。高度な隠蔽が施されていやがるから、普通なら絶対気付かれないだろうが……」


 ライトは術式の十全さを素直に賞賛するが、次の瞬間には「よっ」と法位陣に小さな雷を放っていた。

 原型を留められずに、最早ただの落書きと化して光を失った法位陣を見て、ライトは愉悦に顔を染める。


「ははっ。人が頑張って作ったものを一瞬で壊すのって超気持ちいい。必死に地面に綺麗に描いたんだろうが、残念でし……」


 最っ高にいい笑顔を浮かべていたライトの表情が、微かに曇る。


「おかしい。法位陣は消えた筈だ。なのに何で反応が消えねえ」


 気付いたときには、無我夢中で地面の土を掘り返していた。


「これは……」


 硬い地盤だろうと関係無しに易々と地面を掘り進め、小さな山が出来るまで土を掘り返したところで、ライトはソレを見つけた。


 掘り出したそれは、法位陣と同じ光を発する分厚い円盤型のナニカ。

 ライトが先程まで感じていた反応の源はまさにこれだ。

 だがこれは何だ。こんなもの、博識なライトでも見たことがない。


「こんな深く埋めるってことは地雷じゃねえな。新手の兵器か? いや、待て、この紋章は……!」


 ソレを裏返した途端、瞠目と共に、ライトの貌が一気に険しくなる。


 九つの星を内包した巨大な大樹。そしてそこに刻まれた、一角が欠けた五芒星。

 見間違える筈がない。これは、このシルエットは――!


「ッ!」


 風を裂いて何かが飛来する音。

 咄嗟の判断でライトが飛び退いた直後に、先程まで屈んでいた地面に複数のダガーが突き刺さった。


「やっぱりテメエか。随分と手荒い歓迎だな。育ちの悪さがバレるぞ、猫野郎・・・


 そこにいたのは、暗闇に溶け込むように一体化した黒い外套に、そのせいでより存在感が増した白い猫のお面。

 道化とも呼べる格好をしてるにも関わらず、その奥からは愉快などという感情は一切感じない。

 冷め切った道化師が、そこには立っていた。


「何を言う。人が後生大事に地面に埋めて隠していたものを無断で掘り返すような不作法者には、これくらいが丁度いい」

「それは失礼。だが、こんな反応ダダ漏れのポンコツ機械を使ったテメエにも非があると思うがな」


 掴んだポンコツ機械を見せつけながら、ライトは挑発するように舌を出す。


「……やはり不具合があったのか。試作品と聞いて嫌な予感はしていた。だがまあ、蝿をおびき寄せる手間が省けたのは僥倖だ」

「へえ、アリサにでもジンにでもなく、俺に用があったと。奇遇だな、俺もテメエに尋ねたいことがある。てかさっき一個増えた」


 ライトは愛用のナイフを抜き取ったかと思うと、手の平をその刀身に押し当て、肌を一直線に浅く斬り裂いた。

 流れ出た紅い雫が刃を伝わって地面に落ち、そして勝手に地面に絵を描いていく。

 法位陣という名の、最高の落書きを。


 系統術とは別の枠組みの法術『召喚術』。

 本来時間を掛けて儀式的に行う法術だが、この天才法術士はたった数秒でその儀式を完成させてみせた。


 “使役魔獣サモン=ビースト


 それは術者の体の一部と引き換えに、生涯で一体限りの使役獣パートナーを呼び出す高等召喚術。


「来い、雷獅子」


 ライトが呼び出したのは、雷を纏いし百獣の王。

 牙や爪どころか、全身そのものが雷によって創られた、謂わば純雷の獣。

 荒ぶる稲妻をその身に秘めた、最強の幻獣である。


「市街地でそんな凶暴な獣を召喚するとはな。噂に違わぬネジの外れっぷりだ」

「抜かせ。ここら一帯は昼間と同じ封鎖区域だ。人払いの必要は元からねえ」


 ライトは油断なくナイフを構え、夜だというのに周囲が明るく照らされる程の稲光を発生させる。


「殺る前に一つ聞きたい。『白亜の塔』には、このイカれた奴らがバックに付いてんのか?」


 握り締めるその機械の紋章が刻まれた部分を乱暴に叩きながら、苛立たし気にライトが尋ねたその問いを、猫仮面は「ふっ」と鼻で嗤って、


「素直に教えると思っているのか? だとしたら、随分とめでたい脳味噌だな」

「そうか。なら――」


 冷たい殺気が、猫仮面の全身を撫でる。

 ライトの貌には、決して面に出ることはない静かな怒りが、くっきりと刻まれていた。


「――テメエの死ぬ間際に、じっくり聞かせて貰おうか!」

「そういうのは、勝ってから言うことだ!」


 雷獅子を従えた雷の化身と、黒き道化師が、今激突した。

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