神域計画

1-20 授業風景

「――このように、太古から法術と科学は互いに競合し、相乗し合うように、その技術をより新しいものへと進化させていきました。

 科学では実現不可能な技術を法術で編み出し、逆に具現化が困難な術式の効果を科学で擬似再現を行う。

 そうして、それぞれ一長一短な技術を補い合い、それが何度も繰り返された結果、今の世界が成り立っているのです」


 黒板にチョークで白い文字を書き終え、振り返った男が視線を向ける先には、二十人程度の生徒が必死に板書を書き写していて、彼はそれを微笑ましく眺めている。


 ここは帝国立ヨルムン士官学院。今では大陸一の士官学院と謳われ、イリアス帝国=ヨルムンとさえ言われる程伝統的な由緒ある学院である。


 学部は初等部から高等部まで存在し、その巨大とも呼べる校舎は帝都を象徴する白で彩られている。

 帝国という枠組みを越えた、世界一の法術学院は帝都の面積の5%を占めており、これを超える建造物は帝国内には帝城しか存在しない――ことになっている。某変態寄せ集め部隊の本拠が帝城並の巨大さを誇っていることは秘密なのだ。


「ではブラウン君。科学と法術の融合。この最たる例となるものとしては何がありますか?」


 その超が付くくらい凄い学院で、この男、アレンは術学基礎の講義をしていた。


「ええと……。何年か前に開発された、術式媒体のリアクターとか、ですか?」

「はい、よく出来ました。他にも、遠方と法術無しで通信するための通信端末や、君達の好きなゲーム機なども、法術と科学の応用で生み出されたのですよ」


 アレンはそれから一つ一つ丁寧に生徒達に問いを投げかけ、一通り済んだ後に「重要!」と大きく黒板に書き込み、


「それでは、今日の授業のテーマ『法術士が法術を扱うための二つ要素について』のおさらいです。


 一つ目は、法術のエネルギー源となる万能エーテル粒子『マナ』。

 勘違いされがちですが、法術士が扱えるのは、自分の体内に溜め込んだ僅かな量のマナだけです。食事や呼吸などで体内に吸収したマナを、時間を掛けて自分の身体に馴染ませることで、初めてマナを我がものとして操ることが出来ます。

 マナとは基本毒のようなものですからね。マナを過剰に供給された肉体は、どのように頑丈であろうと即座に崩壊します。適性の低い者では、結界のマナ支援でも体調を崩したりするので注意が必要です。


 二つ目は、人がマナを扱うための器官たる魔導管。これは血管がマナに耐えられるよう変質したものです。

 血管量全体に対する魔導管の比率を融合率と言い、一概には言えませんが、一般的にこの融合率が高いほど、法術士としての資質が高いことになります。20から30%が一般的な法術士、50%が天才と言われるレベルで、60、70%といくと英雄と呼ばれる逸材ですね。

 十二、三歳くらいになると魔導管が法術の使用に耐えれるまでに発達しますので、皆さんももうすぐ使えるようになりますよ」


「先生! 前から気になってたんですけど、先生の融合率はどれくらいなんですか?」

「大体80%です」

(((化け物じゃねーか)))


 生徒達の思考が一致した。


 そしてアレンが最後のまとめを仕上げようとすると、彼のポケットの通信端末が騒がしい音楽を鳴らし始めた。

 アレンは嫌そうに顔を顰めたが、それでも無視することは出来なかったのか端末を開いて耳に当てる。


「もしもし、今は授業中なのですが…………ハイ…………そうですか、分かりました。すぐに向かいます」


 アレンは通話終了のボタンを押すと、不思議そうにこっちを見つめる生徒達を一瞥した後、


「すみません。急な用事が入ったので授業はここまでにさせて頂きます! それでは!」


 音を立てて窓を開け、そのまま躊躇なしに身を投げ出した。

 そして丁度そのときに、講義の終わりを告げるチャイムが校舎中に響き渡る。


『……………………』


 しかし、休み時間になっても、生徒達は誰一人として、席を立つことはおろか、一言も喋ることなく口をパクつかせていた。


「……ここ、四階なんだけど」

「先生、何で教師してんだろうな……」


 数十秒後、ようやく生徒の誰かがそう呟き、皆例外なくその言葉に賛同したのであった。

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