1-15 化物

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』


 変形したミルドの剛腕が伸び、ライトの腕を強引に掴む。

 その握力は今までとは桁外れで、不意を打たれたライトは、その腕になされるがままに振り回される。


 軽々とライトを振り回す豪腕は、先の意趣返しとでも言わんばかりに、掴んでいるものを盛大に壁に打ち付けた。


「くっ、何つー力だ! ミルドテメエ何を打ちやがった!?」


 受け身が間に合ったライトは、驚愕しながら目の前のそのバケモノを凝視した。

 過剰なパワーアップと、それに伴い自我を失ったように暴れ回る狂暴性。


 この異常な変化は、直前にミルドが注射した薬の効果によるものとしか考えられない。

 だが、こんな歪な変化を及ぼす薬など、ライトは聞いたこともない。


『GU……GYAGYAGYAGYAGYAGYAGYA…………ッ!』


 既に、ソレにミルドの面影はない。

 頭部はまるでカエルの頭を潰したように醜く、二本の剛腕は丸太よりも太く、膨張した肉体は鋼鉄のように硬い。


「ひっ、ひっ、何だこのバケモノは……!?」


 目を覚ました幹部の一人が、変わり果てたミルドの姿を見て腰を抜かす。

 その声に反応したのか、バケモノはのっそのっそとその男に近付いていって、


『GYA』


 パキンッと、何か脆いものが砕ける音と、その後に続く咀嚼音。

 最早ミルドとしての理性を完全に失ったバケモノは、己の部下であったその男の頭部を、面白そうに噛み締めていて、


『GYA』


 そして、ゆっくりと別の幹部へと近付いていく。

 人から堕ちた獣の目。

 ある意味で無垢とさえ言えるその澄んだ目で、バケモノは気絶している男の肉体を、ボキリと。


(……圧倒的に力が増したなんてもんじゃねえ。この変化は異常過ぎる。まるで身体を根本から造り替えたみてえだ)


 あまりにも凄惨過ぎる光景。

 普通の兵士なら見ただけで失神しそうなグロテスクなその現場を見て、だがライトは一切気負けすることなく、冷静にバケモノの戦力を測っていた。


 あのバケモノは、襲う対象に狙いを定めているわけではない。ただ近くにある生物の反応を機械のように潰し回っているだけ。機械にしてはあまりに生々し過ぎるが。

 しかし、いざ敵対行動を取れば脇目も振らずに向かってくるに違いない。


(腕は……問題ねえ。壁に囲まれた狭いこの空間じゃこっちの不利だな。一度上に出るか? 脳筋同士ジンでもぶつけてみるのもアリだな)

「お、おいあんた、助けてくれ……」


 足元で転がっていたスカルホーン幹部の一人が、ライトの足首を掴んでそう懇願してくる。

 どうやらライトから受けたダメージが足に来ているらしく、まだ自力では立ち上がれないようだ。このままではバケモノと成り果てたミルドの餌食になるのは必然。


「知るか。一人で死ね」


 だがライトは助けを求めるその手を蹴り、冷たくそう吐き捨てる。


 ライトは当然、この任務のために前々からスカルホーンを念入りに調べ上げてきた。勿論その調べた情報の中には、各構成員が犯してきた罪の内容も含まれている。

 この男は薬物密売だけでなく、子供を人質に親や親戚に麻薬の売りを強制し、更には人質の子供を遊び半分に十人以上殺した、虫酸の走る外道。

 助ける義理は元からない。


「お、お前も他人事じゃねえだろ!? このままじゃお前も!」

「そうならないために作戦を練ってる最中なんだよ。倒れてるテメエらが奴に食べられてる時間を使ってな。いやぁ、大人数で待ち構えてくれて本当にありがとう」


 一切の感情のこもらない声音でそう言い放つと、ライトは男を見捨て、バケモノに気付かれないよう外へ――


「お、おい! バケモノ! ここに逃げ出そうとしている奴がいるぞ!」


 突如部屋中に響く怒声。

 それはライトに見捨てられた男が、出せる限りの大声を喉から振り絞ってだしたものだった。


『GYAU?』


 声に反応する緑色のバケモノ。

 振り返った視界にライトと男が映っているのを確認すると、ソレは実に嬉しそうに巨大な口を歪め、


「へへっ、これでお前も他人事じゃなくなったな。協力して一緒に助かろ――ひぃ!?」


 得意げなゲス顔でぬけぬけと吐く男。

 だが次の瞬間には、ライトに襟首を掴まれ、手足に力が入らない状態で持ち上げられていて、


「だから、一人で死ねっつってんだろうがッ!」


 片腕で空中に放り投げられ、そして勢いの減衰と共に重力に従って落ちていく。

 その落下地点は、突進するバケモノの眼前。


「ひっ!? やめ、やめぺピッ」

『GYA?』


 泣きながら命乞いをする男だったが、走って来たバケモノの足に顔面を踏み抜かれ、痛みを感じる間も無くその生涯を終えた。


「魔獣の討伐は趣味じゃねえが、仕方ない」


 ライトはベルトから愛用のナイフを抜き取ると、全身に雷を漲らせる。

 その雷の荒々しさは本物に勝るとも劣らず、バケモノも一瞬たじろいたように突進をやめた。


「おいミルドの成れ果て。僅かでも理性が残っているなら、覚悟しろよ」


 ライトの纏う稲妻がどんどん巨大化し、迸るエネルギーも、それに比例して増していく。

 空気が雷のエネルギーに耐えられないと悲鳴を上げ、触れた壁に亀裂が入る。


「すぐに死ねないってのは、想像以上にキツイぞ」


 そして、世界を稲妻が埋め尽くした。

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