1-11 因果応報

「……く、化け物め」


 身体の芯まで冷え切らせたあの膨大な殺気に当てられたミルドは、しばらく動くことはおろか声を発することすら出来ないでいた。やっと喉を自由に出来たのも、運び屋が出て行って数分後のことだった。


「流石、裏社会の様々な巨大組織と通じているだけはある。ククク、『好奇心は猫をも殺す』か。肝に銘じておこう」


 しかし、無謀ではあったものの、それでも得たものはあった。


 運び屋にとってあの代物が、存在自体を秘匿したいほど重要なものであるという事実。

 用途は判らないが、あれに刻まれていた紋章から、それが一体何処の組織から来たものかは容易に判断出来た。


 わざわざ日付を指定していたことから、かの運び屋にとって他人に頼ってでも成功させたいナニカが、近々この帝都で起こる。


「丁度いい。最近は軍部が幅をきかせているせいで、何ともつまらんと退屈していたところだ。特等席で観戦させてもらおう」


 それに、


「言っただろう? 情報は何よりの武器だと」


 ミルドが懐から取り出したのは、一本の注射器。

 折角かの教国を訪れたのだ。依頼の荷物を受け取っただけで終わらせる程この老人は謙虚ではない。


 教国のマフィアと取引して手に入れたこの代物。

 中に入っている透明な液体の正体は終ぞ分からなかったが、何でも強大な力の手に入るドーピング剤だとか。


 勿論、その言葉を鵜呑みにするわけではないが、この薬液は空気に触れた途端一瞬で蒸発してしまうため、ミルド達では解析などは一切不可能。


「まあいい。念のために持っておくとするか。実にいい収穫だった」


 「ククククク……!」と、老兵の吊り上がった口角から堪え切れない笑いが漏れる。

 邪悪な言霊であるそれは、薄暗い部屋を静かに震わせていた。


『……頭。来客だ』


 しばらくして、“運び屋”が出て行った扉の外からノックと共に部下の報告が届く。

 入室を許可されていないが故に、部下は扉を開けることは出来ず、扉越しで話をするしかない。


「来客だと? 今日の予定はもう全部終わった筈だ」

『憲兵騎士だそうだ。どうやら、ここに違法な闇金が集まっていることを嗅ぎつけられたようだな』

「……いいだろう、通せ。念のために幹部も全員ここに集めろ」

『つまり?』

「知りすぎているようなら消すまでだ。憲兵騎士の一人や二人、幾らでも事故死として葬り去れる」


 先程の余韻が消え去らないのか、そう告げるミルドは実に上機嫌だった。

 しかし、それがミルドが犯した過ち。

 彼はこのとき、何が何でもその来訪者を追い返し、今すぐこの帝都を脱出するべきだった。


 しかし、長きに渡りスラムに君臨し続け、井の中の蛙ではあれど絶対王者であり続けたその栄華が、ミルドの中に慢心を芽生えさせ、慎重さを奪ってしまっていた。

 故に忘れていた。裏社会に生きる者ならば誰もが知っているあの言葉を。


 因果応報。

 己が為した業には――それが自身にとってどんなに小さな些事であろうとも――巡り巡って、何らかの形で報いを受けさせられるのだということを。

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