1-10 運び屋

「ほらよ、依頼のブツだ。長かったんだぜぇ? 隣にあるんだから教国からの直通ルートでいけばいいのを、わざわざ三ヶ国経由の遠回りで手配したんだからな」

「それ相応の金は払った筈だ。文句を言われる筋合いは無い」

「おうおう、分かってるとも。これはただの愚痴だ。アンタみてぇなお得意さんを怒らせるようなヘマはしねえさ」


 『スカルホーン』の地下に設けられた、秘密の取引部屋。

 用心深い『スカルホーン』のボスが自ら手掛けた、幾重にも防御術式が重ねられた要塞。その中には、幹部でさえも許可無くして入ることを許されない。


 その部屋の中で、二人の人物が邂逅していた。

 片方は無精髭を生やした筋骨隆々の老人。老年だというのに、その身に纏う覇気は歳を一切感じさせない。


 彼こそが、スラム最大の傭兵ギルド『スカルホーン』を束ねる大黒柱。

 その名もミルド・ヴェリアラー。裏社会では知らぬ者のいない超大物の犯罪者である。


 対する人物は、古びた黒のポンチョに全身を覆った、公道を歩いていたのなら即座に憲兵に声を掛けられそうな怪しい格好をした人物。


 声も特殊な術式か機械を使っているのか、電子音のような耳障りな音声。

 その者は裏社会の運び屋として名高い人物で、裏社会の様々な巨大組織と深く関わる大物だ。


「……数も問題ない。確かに受け取った」


 ミルドがテーブルの上に置いた袋。その中身を確認し終えた運び屋が、身を包む黒ポンチョの中に袋を仕舞い込む。


「金を払ってくれるなら、儂らは仕事はキッチリこなす。しかし依頼を持ち掛けられたときは面食らったがな。まさか運び屋が運びの仕事を持ってくるとは」

「色々と事情がある。あの教国には、今はなるべく近付きたくない」

「ハハ、何だぁ? 向こうのマフィアとは馬が合わねえか? まあ気持ちは分かる。奴らの中にたまに見る狂信的な信徒とは、儂もあまり会話をしたくない」


 「一緒にいるだけで狂気が移る」と、本気なのか冗談なのか分からない声音でミルドはクククと喉を鳴らす。


「取引はもう終わった。もうこの場所に用はない。いい仕事だった。ミルド・ヴェリアラー」

「ハハッ。かの運び屋殿にお褒めに与り光栄だ」


 淡々と形だけの世辞を交わし終えると、運び屋は部屋にある唯一の出口へと歩いていく。

 依頼を終えた以上、もう無関係だと言わんばかりに、冷め切った空気が二人の間に満ちる。


 それが裏社会の鉄則。

 彼らは情では繋がらない。そこにあるのは金の関係。あとは幾ばくかの信頼。


 仕事を終えた今、もうこの二人を繋ぐものは何一つとして消え去ったわけだ。しかし、


「……一つ訊かせろ」


 ミルドの口が開き、無関係となった筈の運び屋に言葉を投げる。


「もう私とお前達は無関係の間柄な筈なんだが」

「それは百も承知だ。だが関わってしまったものとしては、ソレが何なのかを教えて貰う権利は充分にあると思ってな」


 金と信頼でしか人を見ないミルドが垣間見せたのは、一個人としての好奇心。

 そもそも、運び屋が依頼した内容からして、ミルドの関心を引くものだった。


 代物の出所。その輸送経路。破格の報酬金。そして屈指の運び屋である彼が、何故わざわざ物資の調達を自分達に依頼したのか。


 裏社会にも名を馳せる目の前の人物がそうまでして求めるブツ。それが一体何なのか、長年この世界で生きるミルドでさえも、その謎の魅力には抗えなかった。


「金を払ってもいいんだぞ? 情報というものは何よりの武器だか――」


「好奇心は猫をも殺すって言葉、知っているか?」


「…………ッ!?」


 ミルドの血流が、一瞬止まる。


 勿論錯覚なのだが、運び屋のたった一言――それに込められた殺気が、スラムの王に現実の死を感じさせたのだ。


「もう一度言うぞ。さようなら・・・・・、ミルド・ヴェリアラー」


 溢れた殺気を抑え込むと、黒尽くめの運び屋は分厚い扉を押し開け、二度と振り返ることなく外へ出て行った。


  ◆◆◆


「…………」


 ジメジメとした地下から地上に上がり、酒場を抜けた運び屋はゆっくりとスラムの街並みを闊歩する。


 真昼間から黒いポンチョに身を包む彼の風貌は非常に目立つものの筈なのだが、往き交うスラムの住民は誰も彼を見向きもしない。


 それは意図的な無視ではなく、より自然なもの。

 誰も彼の存在に気付いていないという、何よりの証左。


 その周囲と一体化したような隠密は非常に見事なもので、仮に彼が大声を上げて走り出しでもしない限り、誰もその姿を拝むことは叶わないだろう。


「……ああ、私だ。例のものは滞りなく手に入った。後は設置するだけでいい」


 運び屋は手に取った通信端末からとある人物に連絡を取り、無事代物が手に入ったことを告げる。


『ふん。流石は裏社会に寄生する虫。仕事の腕だけは一級品か』

「口の利き方には気を付けろ。私とお前は偶然目的が一致しただけの他人だ。コレが手に入った今、私の方は一人で十分だが、お前の悲願はどうなるんだろうな?」

『それはこちらの台詞だ。貴様の計画は不安要素があまりにも多過ぎる。私の力無くして、達成出来るものとは思えんが』

「はっ、好きに言え。私は――」


『イタタタタ……。おいアリサ、本気で殴ることないだろ。自分の腕力を自覚しろ。オレじゃなかったら死んでたぞ?』

『チッ。……仕留め損なった』

『相変わらず仲良いな、テメエら』

『『そんなわけあるか!』』


 運び屋の横を、喧しい三人組の男女が素通りする。


 白髪、金茶、全身ローブという、何ともまあ風変わりな、非常に目立つ組み合わせだった。

 それぞれを個別に見ても十分個性的だというのに、それらが一気に組み合わさると目立つことこの上ない。


 側を通る通行人の殆どが迷惑そうに三人に振り返っており、彼らに視線を向けているのは運び屋もまた同じだった。


 いや、彼の場合はどちらかというと、その中のとある一人――最も奇抜な格好をした少女にのみ集中して向けられていた。


『おい、聞こえているのか。運び屋』

「……ああ、すまない。少し躓いた。後で掛け直そう」


 通話相手の声で我に返り、運び屋は乱れた自分の心を落ち着かせる。

 そして端末を閉じると、先程素通りしていった三人の後ろ姿を凝視し、


「……そうか。そういうことだったのか……」


 運び屋は俯きながら、握る拳の力を強くする。


「もしかしてとは、思っていたが……」


 酷く苦しげに、酷く悲しげに彼は歯を食い縛り、だが最後に、諦めるように息を吐いた。


「それでも、私は――」

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