1-12 酒場で絡まれるってもうテンプレ

 ライトが酒場の店員に連れられ、店の奥に入っていってから、早五分。


 ジンは黙りを決め込んでるアリサと二人でずっとテーブルに座って待機していた。

 しかし、流石はスラムと言ったところか、店の中だというのに冷房はおろか扇風機さえ稼働していない。


 しかもむさ苦しいマッチョな男達が右往左往しているせいで、体感温度二割増しだ。

 ジンは暑さに耐え切れずに入店早々にソーダを注文していたが、未だに訪れていない。巫山戯てる。 


「しっかし、怪しい金の流れか。大方、不正に徴収した闇金か何かだろうな」

「…………あづい」


 暑さを紛らわせるために嫌々相席のアリサに話し掛けるが、アリサはアリサでそれどころではなかった。


 こんな蒸し風呂みたいな場所だというのに、頑なにコートを脱ぐことはおろかフードを外すことすらしないせいで、熱気と湿気が篭る篭る。

 白い生地のお陰で内側に放出される熱は最低限に抑えられてはいるが、それでも暑いものは暑い。


 たった五分しか経っていないというのに、アリサは完全にダウンして、テーブルに突っ伏してしまっていた。


「……大丈夫か?」

「…………へいき。なめないで……」


 思わずジンが心配そうに声を掛けるが、先輩としての意地が弱音を許さないのか、アリサは必死に強がってみせる。

 だが言葉に力が込もっていない。完全に伸び切ってしまっている。


「お前、水系統使えないのか? 少し涼ませる程度なら大丈夫だろ?」


 法術師は市街地において、理由なく法術を使うことを禁止されている。

 しかしこれは「一般市民に対して殺傷能力を持つ法術の全面禁止」であり、生活を役立てることに関して特に禁止事項は存在しない。


「……得意系統は土一択。あなたは……?」


 とうとう限界なのか、あれ程嫌っていたジンにまで何かを期待する眼差しを向けている。これはかなり追い詰められていると見ていいだろう。


「生憎、基礎六系統は一切使えなくてね。期待させて悪かった」

「……そう、期待した私がバカだ――え?」


 失望を露わにしてアリサは溜息を吐き掛けるが、聞き捨てならない台詞を聞き、ガバッ

と顔を上げる。


「何か?」

「……今、基礎六系統が使えないって」

「うん使えない。ド基礎中のド基礎も一切合切絶対無理」


 法術の中でも最も基本的とされる系統術は、その性質ごとに『火』、『水』、『風』、『土』、『光』、『闇』の基礎六系統に分けられる。これ以外にも系統は存在するが、基本はこの六つだけだ。


 系統術師はこの六つの系統の中に必ず一つは適した系統があり、基本スタイルはその得意な系統に基づいたものになる。

 別に得意な系統以外の系統術も使えないことはないのだが、わざわざ実りの少ない系統を鍛えようとする物好きは少ない。


 だが、それが一切使えないときた。

 使えないレベルでショボいではなく、本当に何一つ扱えないと。


錬金術士アルケミスト、それとも召喚術士サモナー?」

「いや、そのどちらでもない。敢えて付け加えるなら、あの空間転移以外、オレは法術を使えない」

「……本当に法術士?」

「それはお前がよく分かってるだろ? ただの人間であんな殴られてケロッとしていられる奴がいると思うか?」

「む……」


 アリサは無意識に未だ痛む両手を握る。

 アリサが弱いのではない。逆にアリサは『とある加護』のおかげで並の法術士の何倍も体が頑丈だ。通常の身体能力だけで多分ライトともある程度は張り合える。


 そんなアリサの本気の連打を受けて生きているということは、確かに肉体強度は法術士のそれを上回っている。 

 法術が使えないとはいえ、それでも法術士並の戦闘力を保持していることは疑いようが

ない。


「でも、基礎六系統が使えないなんてただの雑魚なんじゃ……」

「痛いとこ突くのは止めようか。結構気にしてるんだぞ、オレ」


 しかし幾ら肉体強度が優れようが、法術士同士の戦いで主力を誇るのは法撃に他ならない。

 遠方から集中砲火を浴び続ければ、どんなに屈強な体を誇ろうがその内力尽きる。

 あの黒い空間転移である程度は凌げるだろうが、それでもたかが知れていた。


「はいよ、ご注文の品だ」


 丁度そのとき、遅めのソーダが到着する。

 無造作にテーブルに置かれたこのソーダ、炭酸がほぼ抜け切っていて、ジンが触ってみたところほぼ常温だ。


 しかもこれで一般的な相場の倍の値段だというのだからどうかしてる。

 しかし、緩いソーダでも貴重な水分。

 ジンはありがたくその液体を口の中に――


「…………(じぃいいいいいいいいいいいい)」

「……どうぞ」


 もの凄い眼力に負け、ジンはそっとアリサにソーダを差し出す。


「ほ、欲しいなんて言ってない!」

「そんな血走った目向けられて信じれるか。お前に倒れられたらコッチも困るんだ。飲みたいなら飲め」


 アリサはハッと飢えた獣から人に戻ったが、未だその目はソーダに釘付けになっている。心なしか息も荒い。

 何かの拍子で倒れられないよう、ここで水分を補給させておいた方がいいだろう。


 しかしアリサは中々受け取ろうとしない。

 目の前の男に借りを作るのだけは御免だと、必死に本能に抗っている。


「なになにー、キミ喉渇いてるの? そんな男のなんかよりもオレの貰ってよー!」


 すると、今までの会話を盗み聞きしていたのか、見るからにチンピラ風の男三人組がアリサに近付いて、どう見ても飲み掛けのグラスを差し出してきた。


「……いらない。帰れ」

「そんなこと言わずにさー、飲んじゃいなよ!」

「そうそう。一回グイって!」


 アリサはチャラチャラした男達に辛辣な言葉をぶつけていくが、男らはそれでもめげることなくしつこくコップを押し付けている。


《……放っといてもよろしいのですか?》

「オレに助けられてもアリサはいい顔しないだろ。それにあんなチンピラ、アイツ一人でどうにでもなる」


 流石に事が大きくなる前に仲裁に入るつもりではあったが、今のところジンは傍観に徹するつもりだった。

 こう言ったケースの場合、返って男であるジンが間に入った方が面倒な事態になる可能性が高い。アリサ一人でナンパを撃退するなら、それに越したことはなかった。


「まあまあ、ここは一つさぁ」

「要らないって、何度言わせるつもり?」

「うぐっ」


 何より、不機嫌なアリサの眼力に当てられてチンピラは早くも及び腰になっている。

 何も危惧するようなことはない。

 そうジンは楽観的に構えていたのだが、


「おいコラテメェ! 折角アニキが誘ってんのに何だその態度はぁ!」


 チンピラの取り巻きの一人が、アリサの態度に腹を立てて強引に肩を掴む。


「あっ――」


 すると掴まれた拍子にアリサの被っていたフードが外れ、隠していたアリサの顔が露わになった。

 そして、その紅い髪も。


「な、その髪――」


 一体何に驚いたのか、その取り巻きが口をパクつかせ、何かを口にしようと――


「黙れっ!」

「グァ!?」


 だが言い切るよりも早く、アリサが放った光線が取り巻きを直撃した。

 大き過ぎる衝撃に取り巻きの身体は大きく吹っ飛ばされ、酒場の壁を突き破って外へ放り出されていく。


「!? おいアリサ、何してる!」


 あまりに予想外な出来事を前に、慌ててジンが席を立ち、声を荒げるが、


「……ち、ちがう……」


 フードを被り直したアリサが見せたのは、先程とは打って変わった、何かに怯えるような純粋な恐怖の表情。

 その酷く怯えた目を見て、ジンの思考が一瞬だけ停止する。


「っ……」

「あ、おい! 待てっ!」


 その一瞬の間に、アリサはジンの制止を無視して、逃げるように酒場を飛び出していった。


「ひ、ひぃいいいいい……! 悪魔だ。悪魔だぁ……!」


 アリサをナンパしていたチンピラは、腰が抜けたのか床にへたり込んでガタガタと震えていたが、その怯え方は何処か妙だった。


 その目から感じる恐怖は、取り巻きを一瞬で倒したアリサの脅威的な実力に対するものではない。

 何か見てはいけないものを見てしまったような、まるでお化けの存在に怯える子供のソレに近かった。


「くそっ! あの馬鹿、何てことを!」


 しかし、兎に角追いかけようと足を踏み出したジンの肩を、背後から何者かの太い腕が力強く掴んで、


「おいコラ兄ちゃん。テメエこれだけの騒ぎを起こして無事に帰れると思ってんのか?」


 ジンが振り返ると、そこには怒りに満ちたマッチョの集団――『スカルホーン』の構成員、その全員から殺気立った視線を浴びせられていた。


「……うそだろ」

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