1-3 役得でした

 ――と、僅かにでもそう思っていた時期がジンにもありました。


「で、何しに来た。ここには金目のモンなんか何もねえぞ?」

「何でオレが盗みを働く前提で話を進めている。金目当てでこんな魔王の城みたいなところに侵入するかっ!」


 あれからジンは大城塞の応接間らしき部屋に通され、何故か数年振りに再会した友人から取り調べを受けていた。


 ジンは何度も無実を主張しているのだが、中々相手にされていない。再会した友人への信頼の低さに何か熱いものが込み上げてきそうだ。


「何度も言わせるな! オレは今日からここに働くことになったわけで、断じて邪な気持ちで入ったわけじゃないッ!」

「トワ、本当か?」

《実は相次ぐ借金苦で生活が……》

「お前本当に黙ってろ! 二度と出てくるな故郷に帰れ!」


 トワも数年振りにライトに会えたのがよっぽど嬉しいのか、普段は言わないような冗談まで口にしている。おかげで冤罪容疑は深まる一方だ。


「はは、まあ落ち着け。半分冗談だ。あの人ならそんな重大な人事を思いつきでやりかねねえからな。――ただし嘘なら覚悟しとけよ?」

「だから違うって言ってるだろ! 友人を疑うのも大概にしろ!」

「昨日の敵は今日の友。その逆もまたあり得る。ましてや数年振りに再会した友人なんざ、そこら辺の詐欺師以上に信用出来ねえよ」

「お前との再会を喜んだオレが馬鹿だった!」


 あまりの友人愛に感動して涙が出そうになった。

 顔を怒りで真っ赤にするジンだったが、ライトはそんなジンを見て腹を抱えて笑い出し、「悪ぃ悪ぃ」と悪気なさそうに謝った。


 その様子を見て、ジンもライトの冗談だとようやく気付き、ホッと胸を撫で下ろす。


「失礼しま〜す! 差し入れで〜す!」


 そこで応接間の扉が開かれ、快活なテンションで入って来たのは、先程ライトとドンパチしていた眼鏡少女。


 普通なら一週間は入院が必要な大怪我を追っていた筈なのだが、今では何もなかったかのように完治していた。


「ああエミリア、悪ぃな」

「いえいえ〜。はい、ライトには熱めのお茶ね〜」


 ライト側に湯気が立つ湯呑みを差し出して、エミリアと呼ばれた眼鏡少女は今度はジン側に何やら白い粉の入った小瓶を置き、


「こちらは自白剤になります〜」

「うん、ちょっと待とうか」


 ガシィッと、自然な動きで危険な薬物を差し出してくる少女の腕を掴む。

 

「何でしょうか〜?」

「何でそんな純朴な目で訊き返せるんだ!? 仮にも客人にこんな危険物渡しておいて!?」

「危険物だなんて、変なこと言わないで下さ〜い。これはただ、舐めたらちょっと頭がぼんやりして、訊かれたことに何でも答えてしまう普通の小麦粉です〜」

「何処が普通の小麦粉だ! 後『私が作りました』みたいなドヤ顔するな!」


 えっへんと威張る少女では話にならないと、ジンは旧友へ視線を戻す。


「なあライト、コレもう要らないよな? お前はオレを信じてくれるよな?」

「怒んなよ。ちょっとした悪ふざけだ」


 手を縦に振り、ライトは新しい湯呑みに慣れた手付きでお茶を入れ、最後は隠し味に自白剤を少々混ぜてからジンに差し出した。


「ほれ」

「よし、その喧嘩まとめて買った」


 遂に怒りの容量が限界値を超え、ジンは何処からともなく取り出した薙刀を手に、一気にライト達に襲い掛かった!


―しばらくお待ち下さい―


「どうだ……。オレの言ってることを事実だと信じてくれたか……!?」

「お、落ち着け。俺らも悪かった。てか命令書があるんだったら先に見せればいいものを」

「普通は友人の言葉を信じるものだろ!」


 床、壁、天井が傷だらけになった応接間で、ジンとライトはお互い少しボロボロになった状態で再び向かい合っていた。


 ライトの首筋には薙刀の刃が添えられており、それを握るジンの目はマジだ。


 ライトは冷や汗を掻きながらジンから渡されたしわくちゃの命令書を読み、最後に押してあるアークの判子も確認して、


「ああ、よく出来た偽物だ。本物と区別がつか――」


 ――ザクッ。


「次はもっと深く刺す」

「分かった。オーケー。降参だ」


 浅く斬れた頸動脈から血が吹き出した友人は、両手を挙げて全面降伏の意を示した。

 ようやくジンは肩の荷が降りたように大きく溜息を吐き、椅子の背もたれに背中を預ける。


「……全く。ライト、お前最初から分かってて巫山戯てただろ?」

「当然。新人が来ることは前もって隊長から聞かされてる。さっきのは今まで連絡を取らなかった意趣返しだざまーみろ」


 いけしゃあしゃあと笑ってみせる友人の顔面を蹴り飛ばしたくなったが、ジンは必死に荒ぶる本能を理性で沈める。


 ライトがこういう男であることは学生時代からよく知っている。今のは本当に再会を祝した挨拶代わりなのだろう。


「ライト〜、傷見せてみな〜」

「別にいい。この程度、唾付けときゃ治る」

「はいはい。法術士の回復力も無敵じゃないんだから〜、無理しない〜」


 そして、ライトの首の頸動脈の傷にエミリアが手を当て、「『治癒キュア〜』」と呪文を唱える。

 すると、エミリアの手から淡い光が発光し、その光に当てられた傷が、徐々に徐々に塞がっていくではないか。


「ったく。余計な世話を」

「はいはい〜。照れてるライトも可愛いよ〜」


 この世界では、『マナ』と呼ばれる高濃度エーテル物質が大気中を満たしている。

 状態、構造、はたまた質量やエネルギーまでも自在に変化させるこの物質を制御するために、太古の人類はとある一つの禁術を編み出した。


 現実を歪め、物理法則の壁を難なく突破し、万象を改変する理外の術、『法術』を。


 そして、その超常現象を己の手一つで完遂する者達を、人々は畏敬の念を込めこう呼んだ。


 『法術士』と。


 当然、外の演習場で異次元な戦いを繰り広げていたこの二人も法術士だ。


 ただ法術を使えるだけの半端者ならともかく、生粋の法術士は大陸の総人口の二割程度しか満たない、とても貴重な存在なのだ。


「へえ、回復系統が使えるのか。珍しいな」

「いや〜、第四階級の法術しか使えないけどね〜。でもないよりはマシでしょ〜?」


 法術の中で最も有名な『系統術』は、その効果によって様々な系統に分けられるが、その中でも体の傷を癒す回復系統の法術を使えるものは少ない。


 ジンはこれまで何十何百人もの法術士を見てきたが、回復系統を扱える者はその中でも極僅かだった。


 才能に依るところも大きいが、回復系統は身につけるためには、他の系統の何倍も多くのステップを踏む必要があるからだ。


 この少女は、そののほほーんとした様子からは想像もつかない努力を重ねてきたのだろう。


「あ、そうそう。お土産を持って来てたんだ。ちょっと待っててくれ。今出す」


 あまりの仰天続きに忘れていた菓子折りの存在を思い出し、ジンは椅子にかけていた鞄の中を漁る。


「お、気が利くじゃねえか。一体何処の菓子折りだ?」

「ふふん。聞いて驚け。これはなんやかんやでここに来るのを先延ばしにするために、二時間掛けて並んでようやく買った、有名老舗店の名物饅じゅ――あれ」


 全く自慢にならないことに胸を張り、ジンは得意げにお土産の入った袋を鞄から出そうとしたのだが、さっきまで確実に鞄に入っていた筈の饅頭の箱が影も形も消え去っていた。


「おい、その饅頭がどうしたって?」

「いや、ちょっと待ってくれ。……そんな馬鹿な」


 ジンは鞄をひっくり返し、その周辺を探してみるが、消えた饅頭の袋は見つからない。


 ――ムシャムシャムシャムシャ。


「ん?」


 何か、嫌な音が聞こえた気がする。

 気のせいだろうと首を振り、ジンはもう一度鞄の中を漁ってみるが、


 ――ムシャムシャムシャムシャ。


「…………」


 また聞こえた。

 今度は気のせいではないと、ジンは耳を澄ませてその音の発生源を探し出す。


 ――ムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャム


「そこかぁああ――ッ!!」


 音なく扉の近くにそっと近付き、そのまま扉を蹴り飛ばして中に突入する。


「ムグゥ!?」


 そこにいた人物は、室内だというのに暑苦しいコートを着込んでいて、フードも深々と被って顔を隠した、ジンを案内してくれたあのフード頭。


 そしてその傍には、ジンが買ってきた饅頭の空箱と食べカスが散乱しており、目の前の人物が犯人であると雄弁に訴えていた。


 食べるのに夢中で接近に気付かなかったのか、フード頭は心底驚倒して尻餅をつきながらも必死に逃げ出そうとする。


「逃すか!」


 だが、ジンは自分の饅頭を食べられてみすみす犯人を逃すような間抜けではない。

 尻餅をつく犯人が起き上がる前に飛び付き、腰の辺りにしがみつく。


「ムグゥウウウウウウウウウッ!」

「クソ! コラ! 暴れるな!」


 しかし、もがく犯人の力の強いこと強いこと。ジンが必死に捕まえようと踏ん張るが、逆にジリジリと引き摺られてしまう。


「こ、の、いい加減にしろこの食い逃げが!」


 怒りで限界を超えた膂力を一時的に引き出し、ジンは暴れる犯人を抱えて元の部屋に転がり込んだ。

 いきなり部屋に転がり込んできた、突然陸に打ち上げられた魚の如く跳ね回る二人を見て、ライトは実に呑気そうに言う。


「お、ジン。早速他の隊員とのコミュニケーションか。けどそろそろ止めとけ。セクハラで訴えられるぞ」

「え、セクハ――」


 ジンが言い切るよりも早く、取り押さえていた人物が被っていたフードが外れ、隠されていた素顔が明らかになった。


 まず目に入ったのは、明かりに照らされて美しく輝く真紅の長髪。そして続いて見えたのは宝石のように輝く碧の瞳。


 剥製にして部屋に飾っておきたいと猟奇的な発想さえも思い浮かばせる、実に可憐な顔付きが、よりその二つの色の魅力を際立たせる。


 冷静に考えれば、ジンが今掴んでいる胴体も、男のものにしては筋肉が少な過ぎるし、くびれのようなへこみもある。

 つまり――


「……ああ、うん。一つだけ言わせてくれ」

「…………」


 ゆっくりと少女の体から手を離し、ジリジリと後退しながらジンは告げる。


「役得だった」


 直後、ジンの鳩尾に半泣きの少女が突き出した蹴りが叩き込まれ、蹲った瞬間に脳天に踵下ろしが下された。

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