1-2 思わぬ再会
「……着いた、んだよな?」
《恐らく》
帝都の中央に位置する帝城から、北に数kmの地点。第二城壁の外縁ギリギリの場所に建てられた軍事施設。
『竜撃隊本部基地』。かの変態集団の棲家の名である。
まず見えるのは、と言うより唯一視認出来るのは、何かの矯正施設と見紛う程高く広く聳え立つ壁。壁。壁。
そのあまりの高さ故に、中の様子が一切確認出来ない。まさしくブラックボックス。
それがより、ジンの恐怖心を心地悪く揺さぶる。
「一応、さっき並んだ和菓子屋で饅頭買ってきたけど……あの噂の蟲毒魔窟大魔境の住民の口に合うかどうか……」
《強そうですね、そのステージ。ラスボスか何かですか?》
「本日付でオレが入れられた職場」
何故か今になってジンの中に、伝説の剣に選ばれたというだけで魔王の城に単身挑まされる勇者への仲間意識が芽生えた。
「……よし、いい加減腹を括ろう。ウジウジしてても始まらない」
《そんなに同族と会うのが嫌なのですか? 安心して下さい。同族嫌悪と言うのは、交友関係に余裕がある者だけが起こせるのです。友達が皆無なジンには無用の心配ですよ》
「お前ちょっとマジで黙っててくれる?」
ストレッサーを黙らせ、ジンは黒一色で染められた重厚な門に触れるのだが、
「これ、どうやって開けるんだ?」
《アークからその辺りは聞かされていませんしね……》
「本当に現地集合としか言ってなかったからな。何考えてるんだあの男は」
ジンが押しても引いても、試しにちょっと強めに叩いても、目の前の黒い壁はビクともしない。
「すいませーん。開けてもらえますかー」
声を張り上げて呼び掛けてみるが、やはり反応はなし。
ここ実は入り口ではないのでは、とも勘繰ったが、親切なことに『ここ入り口』という看板が掛けられている。出来ればその親切心を最後まで残しておいて欲しかった。
「――あの、何、してるの……?」
突然その場に響く、第三者の声。
「…………え」
ジンがキョロキョロと視線を巡らせると、門の隣にあった小さなスペースから、フードを被った人物が顔を覗かせてきているのが見えた。
「えーと、その、こんにちは?」
「あ、うん。こんにちは。――で、何してるの? その大門は大きな荷物を出し入れするためのもので、普通の出入りはこっちの扉だけど……もしかして、お客さん?」
ジンの奇行を訝しみながらも、フード頭が心配そうに声を掛けてくる。
「えーっと、客っていうか、何て言えばいいんだろうな……」
正直に新入りです。と言えればそれでよかったのだが、いきなり一人だけで押し掛けてきた男が「今日からここで働くことになりました」と言っても、素直に信じてもらえるのだろうか。
そう悩んでジンが言い淀んでいる中、フードの人物は「じゃあ、こっちに」と扉を開いて、先導するように中に帰っていった。
「あ、ちょっと!」
ジンが続いて入ろうとするが、「あ……」とフード頭が思い出したように振り返って、
「気を付けてね。
「え……?」
何が、とジンは聞き返そうとするが、耳を劈く轟音にそれを阻まれる。
連続する爆発音のようなものに鼓膜を叩かれ、ジンは反射で両耳を手で塞いだ。
「ちょ、これ何……!?」
「うちでは、いつものこと」
門をくぐった先に広がっていたのは、巨大流星群でも落ちて来たのかと疑う程大量のクレーターが広がる岩砂漠。
心なしか、外から見た景色より面積が数倍広くなっているようにも感じる。その広さは中規模な演習地くらいはあるだろう。
そして視線の先にあるのは、帝城に匹敵――否、下手したらそれすらも上回る巨大な城塞。
だが、この程度では予想のかなり急な斜め上をいくだけで、驚天動地というわけではない。
強いておかしな点を指摘するならば――
『今日こそ決着をつけてやるー! ワタシにも譲れないものがあるってことを思い知らせてやるさー!』
『上等だクソメガネ! 機械仕掛けじゃ俺に敵わねえってことを教えてやらぁッ!』
『『あの牡丹餅はワタシ(俺)のものだぁああああああああ――――ッ!』』
ズドーン!
そこで最終局面も真っ青なハイスペックなバトルが繰り広げられていることだろうか。
雷を纏って目にも止まらぬ疾さで空を駆ける青年と、何やら大剣サイズの七本の豪剣を宙に浮かせ、その雷に果敢に攻める眼鏡少女。速い速い。
「……何だコレ」
《見て分からないのですか? 戦争ですよ》
「そんなこと見たら分かる。なあ、これは何だ?」
ジンは訳も分からず隣に立つフード頭に詰め寄るが、フード頭はまるで目を逸らすかのように全く別の方向を向いて、
「偶然見つかった牡丹餅の取り合いがヒートアップして、あんな感じに」
「そんなことで!? どうしたらたかが牡丹餅にそこまで本気になれるんだ!?」
思わぬ幸運のことをよく「棚から牡丹餅」と言うが、その牡丹餅を巡って殺し合いが起こるなら、そんな幸運いらない。
ジンが喧しく突っ込んでいると、眼鏡少女が雷男に吹っ飛ばされ、弾丸の如くスピードでジンの足元スレスレの地面に突き刺さった。
「あいたたたー」
「だ、大丈夫か? 明らかに頭の方から激突したけど……」
「大丈夫大丈夫ー。ちょっと切れちゃいけない血管が致命的な本数千切れただけだからー」
「今すぐ集中治療室行きだ! おい動くな。今すぐ救護隊を呼ぶから」
『ハハハハハ! これでもう勝負は決まったも同然だな!』
ジンが眼鏡少女を落ち着かせようとした瞬間、舞い上がった戦塵が一瞬で晴れ、中から先程戦っていた雷男が姿を現した。
歳はジンと同じくらいで、燃えるような金茶髪が印象的な、獣をそのまま擬人化したような荒っぽい目つきをした――
「…………うん!?」
……何か、凄い見覚えのある人物だった。
見たことあるとか、そういう次元ではない。ジンの過去において、結構な割合を占めるある人物と、全くの瓜二つだった。
「お前まさか、ライトか……?」
見間違える筈もない。その人物は、嘗てジンが牢に入れられる前に通っていた、とある学院の友人だった。
「んあ? 誰だテメエ? ……いや、その死に掛けの老人を彷彿させる白髪頭に、アホと言う言葉を擬人化したような間抜け面――まさかテメエ、ジンか?」
雷男――ライトの方も、ジンのことを思い出したのか、驚いたように指を差す。
再会にド肝を抜かれたのはお互い様のようで、ライトもしばらく固まっていたが、徐々にその表情が破顔していき、
「おいおいおい。今まで連絡すらしてこなかった野郎が一体どういう風の吹き回しだ⁉」
「まあ、ちょっと連絡が取れない状況だったからな……。連絡を取ろうとしなかったのは謝る。すまなかった」
久々に再会する友人を前に、ジンは謝りながらも自然と笑みを浮かべていた。
不幸続きの己の人生を先程まで恨んできたが、僅かに芽生えたその幸運にジンは感謝した。
竜撃隊での新しい生活は、予想以上に幸先のいいものだった。
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