入隊

1-1 竜撃隊

 『法術』という超技術がこのユグル大陸に生まれてから、早四百年。


 道具を用いずに空を舞い、何も無い場所に物体を出現させ、意志のままに物理法則の境界を突破する法術の力を借りて、未だ文明の発達も果たしていなかった人類は大いなる躍進を遂げ、瞬く間に大陸の覇者に成り上がった。


 そして我らが星を支配したと豪語した人類は、今度はその中で支配者となるべく、同じ人間同士での争いを始めた。


 無数に存在した国同士の大規模な闘争は数え切れない程の屍の山を築いたが、皮肉なことに、それが人類が法術の超常的な力をコントロールする技術を発展させる結果となる。


 戦乱が幕を閉じたのは、およそ八十年前。

 大陸に君臨していた六大国が交わした盟約により、大陸の覇権を巡った戦争は終結した。


 しかし、その平和はあくまで仮初めのもの。今も世界各国では侵略のための軍備増強と、それに対抗するための戦力拡充が進められている。


 ジンが入ることになった『竜撃隊』も、表向きは皇室警護という名目の下創られたが、その本当の姿は精鋭独立支援部隊。歴とした戦争のための軍隊だ。


 創設者は、大陸最強と名高い最高位法術士アーク・レン。


 彼が集めたメンバーの変人ぶりときたら、そこらのサイコパスが常識人に見えてしまうくらいで、しかもそれが一箇所に集まって切磋琢磨しているのだ。下手な蟲毒よりもタチが悪い。


 帝国軍統括参謀本部が、下手に手を出さないと決定したのも仕方がない――いや、妥当な判断だと言わざるを得ない。触らぬ変態に祟りなしだ。


 ジンが入れられたのは、そんな魔窟であるわけだ。


「……それを知ってたなら、あのとき躊躇ってた気がする」


 竜撃隊の本部が置かれている帝都に到着してから、およそ一時間。


 ジンは念のために、自分が無理矢理入れられた部隊について軽く調べてみたのだが、予定調和というべきか、ショックを通り越して笑ってしまう程の凄惨っぷりだった。


 正直、かなり悪質な詐欺に引っ掛かった気分だ。

 牢に入る前は世間というものに疎かったせいで、竜撃隊というものの存在を一切知らなかったのが痛い。人生でも三本の指に入る失態だ。


《まあまあ、いいじゃないですか。死ぬしかなかった身に生きる権利が与えられたのです。それだけでも十分得していると思いますよ》


 不意に聞こえる、無機質な音声。

 感情の込められていないその声は、鼓膜を通じてではなくジンの頭の中に直接響いてくるものだった。


「…………」


 ジンはキョロキョロと辺りを見渡してみるが、人が行き交う大通りの中に、自分に声を掛けてきた人物は見当たらなかった。


《いやいや、何『え、何この声? 誰?』みたいな顔してるんですか。私ですよ。わーたーしー! 何処でも会話し放題な美少女トワちゃん。こんなミステリアスな幽体存在忘れてしまったんですか?》


 勝手に自己紹介をし始める謎の声。


 もう一度言うが、この声には感情らしきものが一切込められていない。棒読みというわけではないが、台詞とテンションとの違和感が凄い。


「はいはい。自称何処でも会話し放題な美少女の癖に、牢屋の中では殆ど喋らず、姿も晒さないから醜美の判別もつかない詐欺存在ね。当然覚えてるよ」

《失礼な。あれはジンが私と喋っている姿を看守に見られて、とうとう精神が狂ったかと憐みの目を向けられるのを防ぐための苦肉の策。本当は寂しい思いをしているジンを放置するのは心を痛めました》

「そうか。お陰で毎日変な声に苛まれない心地のいい眠りを味わえたよ」

《またまたー、強がっちゃってー》


 めげることを知らないその精神のタフさに、ジンは疲れたように肩を落とす。


 その少女の名前は、トワ。

 数年前にとある契約を結んでから、ジンの魂に寄生して行動を共にしている幽体存在。


 幽体故に姿が見えず、魂に寄生しているために離れられない厄介な居候。


 ジンの視界を通じて周囲の状況も把握でき、たまには的確なアドバイスも恵んでくれるのだが、裏を返せば二十四時間常に監視されているようなもの。

 今では歴としたプライベートキラーマシーンだ。


《それにしても、アーク・レンも大胆なことをしますね。凶悪な犯罪者を何の首輪も付けずに放逐とは》

「それに関しては完全に同意だ。『現地集合な』って、子供の遠足じゃないんだぞ……」


 ジンは帝都に来るまでの間、特に何かしらの拘束も監視もされなかった。

 アークは何やら用事があると、手続きを済ませた途端ジンを置いて何処かへ行ってしまった。


 逃げるつもりはないが、その非常識な行動から見ても、これから先が思いやられてしまう。

 ジンの過去を調べたと言っていたが、それならば尚更警戒するべきだというのに。


《あらゆる国の貴族を殺してきましたから、危険度で言えば特級の大物犯罪者ですものね。『貴族殺し』さん? 今日はこの帝都の貴族でも皆殺しにしますか?》

「驚いたな。お前でも嫌味を吐けるのか」

《いえいえいえ。偉大な英雄様への純粋な羨望ですよ。この帝都にも、悪徳な貴族は何人かいるでしょうし。『貴族殺し』復活の狼煙でもあげますか?》

「そういうのを嫌味と言うんだ。第一お前も分かっているだろ? オレは別に、悪徳な貴族を狙っていたわけじゃないって」


 ジンの声のトーンが下がる。

 別に、トワに向けて怒りを剥き出しにしているわけではない。

 ただ、「それ以上は言うなよ?」と釘を刺しているだけだ。


《……はいはい、分かりましたよ。本当にそれ絡みになると冗談通じなくなるんですから》


 トワもそれ以上踏み込むつもりは元からなかったようで、《降参でーす》と全く残念がらずに見えない白旗を上げていた。


 それからも、話題は変わったものの終始トワの鬱陶しいテンションに晒され、ぐったりとしながらもジンは初めて訪れた大都市の中をなんとか進んでいき、ようやく目的の場所に辿り着いた。

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