幻の上映禁止映画を観てみよう!〜『アングスト/不安』〜
記念すべき第十回目だな。とっくに冬なのに夏期講習?
ここでは時間なんて気にするなよ。
今回は2020年11月現在で公開もされている映画を紹介しよう。
といっても、この映画が撮られたのは20年前。
オーストリアで起きた実際の殺人事件を元に作られ、本国では1週間で上映打ち切り、ヨーロッパ各国でも上映禁止になり一部ではビデオの発売すら禁止された問題作だ。それが長い時を経て日本で公開された。
〜アングスト/不安〜
1983年に公開された映画だ。
日本では『鮮血と絶叫のメロディー/引き裂かれた夜』という少しチープだが禍々しいタイトルでビデオ公開されていたが、知るひとはほぼいないだろう。
簡単に内容にも触れておこう。この映画は1980年にヴェルナー・クニーセクという人物が起こした事件をモデルに作られている。事件からたった3年で映画化というのは少し珍しく思えるな。
幼少期から数々の犯罪行為に手を染め、老女を射殺した罪で服役していた主人公は、監獄で満たせなかった加虐願望を満たすため、出所後すぐに新たな標的を求める。そして、起こした事件がこの映画の本編だ。
描写の激しさや反社会性によって、各国で上映中止になり、ポスターにも「とり返しのつかない心的外傷をおよぼす危険性があります」と記載されている。
この触れ込みだと、露悪的なスプラッタ映画を想像しがちだが、実際観てみるとゴア描写に頼りすぎることなく、とても丁寧に作られているのがわかるぞ。
殺人の場面では派手なスラッシャーではなく、その場にいるような生々しさが重視されている。
被害者を執拗に追う主人公を俯瞰で捉えたり、犯行のシーンを手ぶれの激しい近影で撮ったりと、工夫されたカメラワークも見所だ。
有名なクラウス・シュルツという音楽家によるBGMも、不気味さや主人公を追い立てる強迫観念の演出にひと役買っている。
スタンリー・キューブリックのサスペンス映画が好きならこれもハマるかも知らないな。
そうして作られたその場に立ち会っているような臨場感は、VRでだんだんと主人公の殺人犯の犯行を追体験しているような気分になる。
殺人を面白おかしく描く不謹慎さとは正反対で、だんだんと自分を殺人犯に重ねてしまうような感覚になるほど丁寧な作りだ。
この映画が恐れられた理由はそれかもしれないな。
本編ではときどき検察や精神科医による、主人公の彼の悲劇的な生い立ちや、異常な性的嗜好を説明するナレーションが入る。
しかし、ひたすら描かれる衝動的な犯行を見ていると、そう言った理由づけが無意味に感じられてくる。
人間、何かひとつ大好きなものがあるだろう。
趣味や仕事、何でもいいが他のものを差し置いてもこれがないと生きていけないというものがないだろうか。
しかし、自分の生きがいが、スポーツや芸術ではなく、暴力や殺人という決して実生活で認められないものだったら?
この映画では不幸にもそうなってしまった人間の人生を否応なしに味わされる。
ホラー映画を好むタイプの人間なら、そういった苦悩も少しわかりやすいんじゃないだろうか。
共感も説明も不要で殺人犯の追体験をしてしまう、そういった危うさがある映画だ。
娯楽目的で笑い飛ばすには向いていないが、観る価値のある映画だぞ。
DVDでは手に入りにくいので上映館があったら行ってみるのもいいだろう。
もし面白かったなら、この映画に影響を受けたという、フランスの映画監督ギャスパー・ノエの作品も合うかもしれないな。
より楽しい夏が、終わらない夏にならないよう、しっかり理解を深めてくれ。
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