受講者からのリクエスト映画紹介!〜『ジェーン・ドウの解剖』〜

 禍原かはらだ。


 八回目の講座だな。

 だいぶこの合宿所にも慣れてきた頃だろう。

 何、奥の客間に白黒写真がたくさんあったって?

 たぶん旅館の経営者のものじゃないか。

 その中のひとりが俺に似ていた……他人の空似だろう。



 さて、今回は受講者からリクエストのあったホラー映画の紹介をしよう。



 〜ジェーン・ドウの解剖〜



 ジェーン・ドウとはアメリカなどの英語圏によくある名前の代表で、身元不明の女性の遺体が見つかったときにつける仮名でもある。

 日本でよく契約書やカードの更新をする際、書き方の見本として「タナカ タロウ」「ヤマダ ハナコ」などが書いていないか?


 ああいうものだと思ってくれればいい。ちなみに遺体が男性だとジョン・ドウになるぞ。映画『セブン』に登場する正体不明の殺人犯もそう呼ばれていたな。



 舞台はアメリカの死体安置所。

 検死官を担う父子の元に一家が惨殺された館の地下から発見された、身元不明の若い女性の遺体が運び込まれる。


 父と息子は早速解剖に取り掛かるが、遺体の状態がおかしい。

 目立った外傷はないが、舌がない、膣が破損している、肺が内側から焼かれていなければ説明がつかないほど黒く焦げついている、その上胃の中から奇妙な布が発見される……説明だけで嫌になってきたか?



 実際の映画の中では医療ドラマのような淡々とした解剖シーンと、検死官親子の口頭や図解での説明で進むので、スプラッタムービーらしい露悪的なグロテスクさはほとんど感じない。


 医療系作品の手術シーンなどは、ホラーより相当ゴア描写に寛容なのはなぜだろうな……。


 物語はほとんど死体安置所内で進み、解剖を始めてから唐突な嵐や停電など、主人公親子を閉じ込めるように密室が作られる。


 解剖に主眼を置いた描写と、閉鎖空間を舞台にした作劇は、低予算を逆手に取った良質な演出だった。



 更に検死という科学で謎を解明していくものが、太刀打ちできない不可解な現象にぶつかっていく絶望感も、この作品のコンセプトに合っている。

 派手な恐怖演出はない、忍び寄る不可視の存在はジャパニーズホラーの手法に近いな。



 ジェーン・ドウの存在が解き明かされていくにつれて、検死という行為も別の意味合いを帯びてくる。


 今でこそ解剖は死因の解明に重要なことだと社会的に認められているが、時代や国が違えば死体を切り開く冒涜的で野蛮な行為だと見なされる。


 ネタバレになるから詳しいことは言えないが、昔は許されないが現在では一般的になっているもの、逆に今では考えられないが過去に横行していた行為。

 そういった相互のずれが、理屈の通じない悍ましいものとの亀裂になっていく。


 解剖に対して、そういう一貫したテーマが作った、小粒だが質の高いホラーに思えたな。



 正直に言えば暗い作品に入るし、スプラッタ描写を笑ってみたいタイプにはお勧めできないが、真面目なホラーが観たい人間には悪くないだろう。



 次に紹介するリクエストがあった映画は、この作品とは反対の、やっていることは最悪なのにどこか爽快感のあるスプラッタムービーだ。


 青春映画でデビューした台湾の監督が、思春期の光から闇を描く方向へ舵を切った作品で、個人的には今年観た中でも十位には入るくらいの名作だったぞ。



 より楽しい夏が、終わらない夏にならないよう、しっかり理解を深めてくれ。

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