第32話 俺の幼馴染みが可愛い過ぎる……賢人サイド


「おまえ、こんな遅くに男の部屋に行こうとするとか、襲われたって文句は言えないんだぞ」


 目の前でチマッと正座をしている弥生に、賢人は顔をしかめて言い諭す。


 今だって、何の警戒心もなく男の(俺のだから問題はないが)ベッドに座るとか、女としての自覚がなさすぎる!


「えっ? でも……鍵谷君ですよ?」

「あいつだって下半身事情は立派な男だ。無自覚過ぎ! とりあえずやりたいだけの男からしたら、おまえみたいに警戒心ない女なんか、だまくらかしてすぐ突っ込めるぞ」

「突っ込……。鍵谷君は有栖川君とは違うし! 」

「ハアッ?! 」


 どこも何も変わりゃしない。

 そりゃシスコンのロリコン野郎かもしれないが、ついてるもんはついてるし、弥生のことだって憎からず思っているのは知っている。

 ただ、妹至上主義過ぎて、恋愛に意識がいってないだけだ。奴の妹を棚上げしておけば、弥生イチオシなのは間違いない。


「鍵谷君は有栖川君みたいに誰とでもホイホイしたりなんかしない! 」


 俺だって……、いや、まあ、くる者拒まずなところはなきにしもあらずだけど、誰とでもではない。彼女だって勘違いしそうな相手とは寝てないからな。


「ハアッ?! 」

「やりたいだけの男って、まんま有栖川君じゃん! 部屋に連れ込む彼女いるのにさ、色んな子に手だして! 大学の綺麗な子、ほとんどが有栖川君と関係したって言ってるもん。毎日聞くもん! バイトもしてないし、サークルだって入ってないくせに、毎日遅く帰ってきて、香水の匂い臭いの! 残り香の残り香が廊下にプンプンしてるんだから! 」


 一息に言い切った弥生は、酸欠で顔を真っ赤にさせて肩で息をしながら賢人を睨み付けた。すでにいつもの丁寧な言葉遣いはどこかへ行ってしまっていたが、弥生はそんなことにも気づかずに、ただただ賢人への不満をぶつけてくる。そんな通常と違う弥生が無性に可愛く見えて、賢人は怒っている弥生を目の前に、表情が弛みそうになる。


「第一ね、こんな薄い壁のアパートに彼女呼ばれたりしちゃったら、さすがに部屋になんかいたくないよ! 電話してる声だって聞こえるんだよ? ! 色んなの聞きたくないじゃん?! だから部屋に帰りたくなかったんだよ! 花梨ちゃんが飲み会でまだ帰ってこないから、鍵谷君はそれまでうちにいていいって言ってくれただけじゃない。何で有栖川君にそんなん言われなきゃなんないの?! 」


 弥生の目が潤み、鼻も真っ赤で、口元がフルフルしてて、どう見ても変顔しているようにしか見えないのに、そんな弥生の顔を撫でくり回したい、抱き寄せて顔中にキスしたいという欲求に襲われる。場所がベッドの上というのもいただけなかった。

 しかし、この状況でそんなことをしでかして、受け入れられる訳ないのも理解している。

 賢人は喉がひきつるのを感じながら、何とか言葉を発する。


「彼女じゃねぇし、呼んでもいねぇし」

「嘘! 鈴木さんは彼氏って言ってたもん」

「たもん……って」


 賢人は辛抱たまらなくなり、片手で顔を覆った。


 何だこれ?

 可愛過ぎじゃねぇか?


「付き合ってるんだよね? まさかあんな真面目そうな子遊びでどうこうしてるとか……」

「だから、付き合ってない。たまに飯食わせてもらっただけで。……まぁ、もしかしたらあっちは勘違いしてるかもだけど。でも、付き合うとか言ったことないし」


 弥生の視線が、どんどん冷ややかになっていく。最低だなこの男!って、確実に思ってる。

 思われても仕方ないかもしれないが、言い訳くらいはしたい。


「俺は! ……付き合ったのはおまえだけだし、付き合ってた時は他の女になんか触らせてもいない。他の女抱く時だって、おまえのことしか考えてなかった。三咲は……あいつはおまえに似てたんだよ」

「ハ? ……似てないですよね? 地味な感じって括りでは同じかもしれないですけど、顔の造りとかは別人ですよね」


 呆気にとられたような表情になった弥生は、せっかく砕けた口調が元に戻ってしまった。


「似てるよ。体型が全く一緒。身長体重スリーサイズ、一センチくらいの誤差しかないんじゃないか? あと、手の握り心地も同じ。だから、つい触りたくなって……だな。それで勘違いさせたかもしれない。後ろから抱きしめたら、ついつい弥生みたいだって錯覚して……」


 無意識に好きだ……って囁いたかもしれないな。

 三咲に言った訳じゃなかったんだけど。


「……最低」


 ボソッとつぶやいた弥生の言葉に、後頭部を強打されたかのような衝撃をうける。

 いつもは俺様な賢人も、こうなるとへたれた恋愛弱者に成り下がってしまい、通常なら有り得ないことに項垂れてしまう。


「しょうがないじゃねぇか。おまえしか好きになれないんだ。昔も今も。でも、せっかく付き合えてもすぐに別れるとか言われたし。距離取られてんのわかるから、気持ちの持っていきようねぇし。俺だっておまえだけがいいのに、おまえに嫌だって言われたらどうしようもねぇじゃんか」


 そう思わねぇ? と賢人が顔を上げると、さっきまでと表情の違う弥生が目の前にいた。

 同じように真っ赤な顔をしているが、耳や首まで真っ赤に染め上がっているが、その表情は怒りではなく驚きと……喜びが浮かんでいるように見えた。


 何、その表情?!

 えっ?

 俺に好きとか言われて、嫌がってるようには一ミリも見えないんだけど。


 賢人は、無意識に弥生の腕を引っ張りその小さな身体を囲い込んだ。


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