第31話 コンビニからの……

 とりあえず花梨にメールをし、お泊まりグッズを購入しようとコンビニに立ち寄った。

 花梨が戻ってくるまでとはいえ、こんな時間にお邪魔して申し訳ないからと、尊にコンビニスイーツでも買って帰ろうかと物色していると、いきなり後ろから腕をつかまれた。


「……ヒッ」


 私何かした?! ……と、硬直して息を呑むと、つかまれた腕を引かれ振り向かされた。


「有……栖川君? 」


 目の前には超絶不機嫌な表情の賢人が息をきらせながら立っていた。


「鍵谷の家に泊まりとか、意味わかんねぇんだけど」

「ハアッ? ……いや、違いますけど」


 思わず素で驚き、弥生は慌てて視線を床に落とした。


「じゃあ、それは? 」


 賢人は、弥生の手に持つ買い物カゴの中の商品をジッと見た。買い物カゴの中には、歯ブラシやトラベル用基礎化粧品セット、婦人用下着(無地ピンク)が入っている。

 まだ購入前とはいえ、買うつもりだった下着を見られて弥生は一気にパニックになる。


「こ……これは! ……ですね、花梨ちゃんのとこに泊まりに行こうと……」

「何でわざわざコンビニで下着?家から持ってきゃいいじゃん」

「だって! ……」


 賢人が部屋に彼女連れ込むからでしょ……と言いそうになって、そんなこと言える立場にないことに気付き黙り混む。


 賢人は弥生からカゴを奪うと、品物を次々に棚に戻し、無言で弥生の腕をつかんだままコンビニを出た。弥生は何が何だかわからなかったが、とにかくつかまれた腕が恥ずかしくて、俯いたまま賢人に引っ張られるままに歩く。

 入り口を出て数歩で賢人が立ち止まり、弥生が賢人にぶつかりそうになり顔を上げると、呆れ顔の尊が立っていた。


「有栖川君、どんだけ足速いんだよ。もう弥生ちゃん捕獲してるし」

「連れて帰る」

「ああ、うん、そんな感じだね。花梨ちゃんには僕からライン入れとくよ。有栖川君、あんまり拗らせない方がいいと思うよ。シンプルが一番」


 尊は訳知り顔でアドバイスすると、弥生の頭をポンポンと叩いて向きを変えて歩いて行ってしまった。

 弥生の腕をつかむ賢人の手の力が痛い程一瞬強くなり、弥生は顔をしかめて賢人を見上げた。


「痛いんですけど」

「いいから帰るぞ」


 多少力加減をしてくれたらしいが手を離されることなく、弥生と賢人は無言のまま商店街を抜けてアパートについた。

 賢人は自分の部屋のドアを開けて、弥生を部屋の中に引きずり込んだ。


「ちょっと……」


 引っ張られるままに思わず土足で部屋に上がりそうになり、弥生は慌てて靴を脱いだ。

 隣で暮らしているものの、賢人の独り暮らしのアパートには入ったのは初めてだったが、弥生のと色違いのカーテンや見知った賢人の私物は、想像したままの賢人の部屋で、違和感なく馴染むことができた。


「座れ」

「……はい」


 弥生は言われるままにフローリングに座ろうとして、賢人にそこじゃないと言われてベッドに引っ張りあげられた。

 弥生はベッドの上で正座し、賢人は弥生の向かい側で胡座をかく。


「おまえ、こんな遅くに男の部屋に行こうとするとか、襲われたって文句は言えないんだぞ」


 何故かわからないが、賢人は尊の部屋に行こうとしたことに怒っているようだ。


「えっ? でも……鍵谷君ですよ?」

「あいつだって下半身事情は立派な男だ。無自覚過ぎ! とりあえずやりたいだけの男からしたら、おまえみたいに警戒心ない女なんか、だまくらかしてすぐ突っ込めるぞ」

「突っ込……。鍵谷君は有栖川君とは違うし! 」


 何でそんなことを言われなければならないのか?! 弥生はムカムカと怒りが沸いてきて、珍しく感情的に言い返した。


「ハアッ?! 」

「鍵谷君は有栖川君みたいに誰とでもホイホイしたりなんかしない! 」

「ハアッ?! 」

「やりたいだけの男って、まんま有栖川君じゃん! 部屋に連れ込む彼女いるのにさ、色んな子に手だして! 大学の綺麗な子、ほとんどが有栖川君と関係したって言ってるもん。毎日聞くもん! バイトもしてないし、サークルだって入ってないくせに、毎日遅く帰ってきて、香水の匂い臭いの! 残り香の残り香が廊下にプンプンしてるんだから! 」


 一息に言い切った弥生は、酸欠で顔を真っ赤にさせて肩で息をしながら賢人を睨み付けた。すでにいつもの丁寧な言葉遣いはどこかへ行ってしまっていたが、弥生はそんなことにも気づかずに、ただただ賢人への不満をぶつける。


「第一ね、こんな薄い壁のアパートに彼女呼ばれたりしちゃったら、さすがに部屋になんかいたくないよ! 電話してる声だって聞こえるんだよ? ! 色んなの聞きたくないじゃん?! だから部屋に帰りたくなかったんだよ! 花梨ちゃんが飲み会でまだ帰ってこないから、鍵谷君はそれまでうちにいていいって言ってくれただけじゃない。何で有栖川君にそんなん言われなきゃなんないの?! 」


 弥生の目に涙が浮かんでくる。涙が溢れないように、弥生は奥歯をくいしばって目を見開いた。

 イヤらしい声だけじゃなく、賢人が三咲に囁く愛の言葉すら聞きたくなかった。


 たまに大学で見かける二人は、お互いを愛しそうに見ていたし、賢人らしからぬそんなキャラに、まだ賢人への恋心を自覚していなかった頃でさえ、体調不良を感じてしまう程嫌な気分になったのだから、あんな甘々な二人が、二人っきりの空間にいてイチャコラしている声なんか聞こえた日には、不整脈でも起こして倒れるかもしれない。


「彼女じゃねぇし、呼んでもいねぇし」

「嘘! 鈴木さんは彼氏って言ってたもん」

「たもん……って」


 賢人は何故か片手で顔を覆ってしまう。


 凄いな、片手で顔が隠れるくらい小顔って、どんだけ顔小さいんだろう。……などと、一瞬関係のないことに意識が飛びながらも、彼女じゃないってどういうことだろうと考える。


 取り巻きの肉食系女子らといても、三咲のことは優先しているように見受けられたし、腕を組まれていることはあっても自分から女子と手を繋ごうとしない賢人が、三咲だけとは手を繋いでいるのも見た。ふとした時に、愛しそうに三咲の後ろ姿を眺めている姿だって、何度となく目撃している。

 多分、回りの誰だって三咲が賢人の彼女だって認識している筈だ。


「付き合ってるんだよね? まさかあんな真面目そうな子遊びでどうこうしてるとか……」


 弥生は涙も引っ込み、最低な奴! とうろんな視線を賢人に向けた。

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