第33話 好きだって言われました

 いきなり賢人に抱きしめられ、弥生は心臓が止まるかと思うくらいビックリした。

 硬い胸板が目の前にあり、賢人の匂いに包まれる。暖かい腕に抱きしめられ、頭をユルユルと撫でられているようだ。


「嫌なら振りほどけよ」


 耳元で低く囁かれる声に、弥生の意識はボーッとなる。


 嫌……な訳ない。

 好きだと、賢人のことが好きだと理解したのだから、好きな人に抱きしめられて、嬉しいって思わない訳がないのだ。

 その感情についていけるかどうかはおいておいて。何せ、恋愛初心者、今までそんな感情が自分に存在すると想像することさえできなかったのだから。


 マンジリとも動かなくなった弥生の頭上に、暖かい感触が落ちてくる。


 ヒーッ!!

 頭にキスされてる?!


 弥生の許容量はMAXをすでに振りきれている。息をするのも忘れてしまったようで、凄まじい息苦しさの後、息をしなきゃと息を吸おうとして、爽やかな賢人の匂いを肺いっぱい吸い込んでしまい、思わず身体の力がクテッと抜けてしまう。


「好きだ。弥生だけなんだよ。もう一度付き合おう。ちなみにイエスしか受け入れないからな」

「……む……無理」


 賢人のことは好きだと理解した。なんとなく好きとか、とりあえず好きとかではなく、体調が変調をきたすほど大好きだ。いつから好きだなんてわからないけれど、昔から賢人の世話をするのを嫌とは思わなかったのだから、そういうことなんだろう。

 でも、それを意識してしまった今、側にいるだけでドキドキというかバクバクが止まらない。付き合ってしまったら、常にこんな状態が続くのかと思うと、心臓に負荷がかかり過ぎて、死んでしまうじゃないだろうか。


「何で無理なんだよ?! 俺ももう無理。おまえの為に一度は手放した。さすがに大学生にもなってイジメもねぇだろ」


 弥生は自分の体調を鑑みて無理だと言ったのだが、賢人に回りのことを指摘され、それもあったのだと思い出す。更に、賢人がどう思っていようと、賢人と付き合っていると思い込んでいる三咲の存在もある。


 弥生は一瞬にして硬直から解け、賢人の胸をドンと押して僅かに距離をとった。


「そうよ、それよ! 」

「どれだよ? 」

「有栖川君の女関係! 」

「だから彼女はいないって」

「彼女はいないかもしれませんけど、いかがわしい関係の女性は沢山いますよね? 」

「……」

「いますよね?! 週に三回か四回、帰りが遅いのはそういうことですよね?! 」


 賢人は不承不承うなづく。

 隣に住んでいるのだ。お互いの帰宅時間などバレバレである。


「それに、鈴木さんは有栖川君の彼女だって思ってますよね? 勘違いさせるような態度をとってたのは有栖川君ですよね」

「まあ……」


 弥生の背中に回されていた腕がパタリと下に落ちた。


「揉める予感しかしません! 」

「さようで……」


 弥生はベッドの上に立ち上がると、ピョンと床に飛び降りた。


「じゃ、そういうことで! 」

「どういうことだよ」


 何事もないことにはならないようで、賢人の動きは早かった。ベッドから素早く降りると、靴を履こうとしていた弥生の鞄を引っ張る。


「有栖川君が原因で人から恨まれるのは嫌です。高校の時みたいに嫌がらせもされたくありません」

「わかった。穏便に切れればいいんだな。誠心誠意諦めてもらう。回りが整理できたら、そん時は付き合うんだぞ。絶対約束だからな」

「……善処します」


 もう、無理……とは言えなかった。

 きっと、賢人が全ての女関係をリセットするには、それなりの時間がかかるだろうし、それまでになんとか自分の気持ちと折り合いをつけ、せめて体調に異変を感じないくらいには普通に接することができれば……等と、弥生は賢人の行動力というか弥生への執着の重さをはっきり言って理解していなかった。

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