第13話 ベビードール

 自分の部屋に戻った弥生は、ベビードールをマジマジと見つめていた。賢人は部屋の前で待っている。


 逃げ場はない!


 十分で着替えて出てこなかったら、賢人自ら脱がせて着せてやると言われてしまった。


 とりあえず着てみた。

 パンティはレースヒラヒラで可愛らしい感じだが、何故真ん中に穴が開いているのか?

 おトイレに行きやすいようだろうか?

 ベビードールはスッケスケで、何も隠していなかった。丸見えだ。しかも、胸の真ん中にスリットが入っていて、チイパイの弥生ならばバストが飛び出てしまうことはないけれど、巨乳ちゃんならポロリしてしまうだろう。


 これ、何の為に着るの?!


 買ってもらった物なのに、意味がわからなくてすでに弥生はパニック状態だ。

 見た目はフリフリで可愛らしいのに、着てみるとエロさしかない。弥生自体はエロさとは無縁だから、そのチグハグさが半端ない。つまりは似合わない。……似合っても困るのだが。


「無理だぁ……」


 着る方も見る方も罰ゲームでしかないだろうこの姿をさらす勇気などないが、あと数分で賢人が部屋に突入してきてしまう。

 短い時間に色々考えて、とりあえずこれしかないだろうなという案を決行した。


「……どうぞ」


 きっかり九分と五十八秒後、弥生は部屋のドアを開けて顔だけ出した。


 髪の毛をほどいたのは、可愛く見せたいからではなく、なるべく見える肌を隠そうとしたのだ。眼鏡はそのままだが、恥ずかしさから紅潮した頬や、噛みすぎて赤みを帯びた唇は、艶かしいあれこれを想像させられる。ベビードールのみを着ていたのなら……であるが。

 弥生はベビードールの下に、中学の時のスクール水着を着ていたのだ。


 落胆の色が賢人の顔に浮かんでいるが、そんなのは知ったことではない。だいたい、プールでもないのに水着を着ることも恥ずかしいのに、その上に恥ずかしい下着を履いているのだ。どんな罰ゲームだ。


「もう脱いでもいいですか」

「まだよく見てない。まぁ、これはこれでいいのか? 」


 何が良いのかわからないが、一周グルリと見られると、羞恥心が溢れだしてくる。

 ベビードールをペラリとめくられ、パンティをガン見されると、羞恥で顔が真っ赤になる。第一、賢人のハーレムの肉食女子達の方が、こんなイヤらしい下着は似合うだろう。

 何で自分のこんな姿を見たいのか理解できない。

 罰ゲーム?!

 スマホチェックを怠った罰ゲームなんだろうか?


「もう無理です〰️ッ! 」

「あぁ、じゃあ、脱がせてやるよ」


 賢人は凄くスムーズな手つきでパンティの紐をほどき、ベビードールの肩紐を落としてストンと下に落としてしまう。

 スクール水着姿になり、逆に羞恥心が少なくなる。


「これ、俺と会う時意外着るの禁止」

「こんなん普通に着てたら、ただの痴女だと思う! 」

「そうか? みんなこんなんじゃない? 」

「有栖川君の回りにいる女子はそうかもしれないね」


 こんなイヤらしい下着の女子を見慣れているのか?! と、少しつっけんどんに答えると、賢人はわずかに口元に笑みを浮かべた。


「まぁ、学校以外でスク水着てる奴はいないかもな」

「スクール水着以外も持ってます! 」

「どうせ小学校の時のワンピースだろ? 海の学校で着てたやつ」


 小学校の時からたいして身長も体型も変わっていない弥生の最後に買った水着は、確かに賢人の言った六年生で行った海の学校用に買った青いチェックのスカート付きワンピースの水着だ。

 まだ着れるから新調していないし、する必要も感じていなかった。多少子供っぽいにしろ、泳ぐのに困ることはない……筈だ。


「そ……そうですけど、悪い?!……ですか? 」

「いや、弥生らしい」


 クスクス笑う賢人に、バカにされたようで弥生はムッとした表情を隠せない。


「今度、水着買いに行くの付き合ってやるよ」

「いいです! 第一、もう水着が必要な季節じゃないから」

「じゃあ来年な」

「……」


 賢人はすぐに弥生に飽きるだろうと思っているから、来年まで付き合っているとは思えなかった。できない約束はしない主義の弥生は、うなづくこともせずにうつむいた。


「来年、俺と買った水着を着て海に行く。わかったな」


 賢人のゴツゴツした指が弥生の顎を掴み、無理やり賢人の方を向かせて言った。

 弥生の思考を読んだのか、不機嫌全開の賢人のきつい視線に、弥生はコクコクとうなづく。


「それまでに少しでもその平べったい胸を成長させとけよ」

「な……ッ」


 スクール水着は、それでなくても胸がペッタンコに見えるのだ! 普通ならこんなに平べったくはない。……ないと思いたい!!


「なんだったら協力してやるからな」

「結構です!! 」


 賢人は両手をワキワキさせながら笑って部屋から出て行き、弥生は下着を握りつぶしながら真っ赤になった。


 私の胸は発展途上なんだから!!


 弥生の声にならない叫びを、賢人の後頭部に投げつけたい思いで賢人のいた場所を睨み付ける弥生の耳に、僅かに上気した頬で、ついつい目尻を下げ、蕩けた顔をして階段を下る賢人イケメンの軽い足音だけが響いた。

 この賢人の表情を見れば、きっと弥生も気づいた筈である。

 すぐに飽きられる恋愛ではないということに。


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