第14話 ラブレターと熊さんパンツ

「弥生ちゃん、おはよう」

「おはよう」


 上履きの上に乗っている封筒を凝視していた弥生は、若葉に声をかけられて、ビクリと肩を揺らした。

 背の低い若葉からは、一番上の下駄箱の中身は見えないだろう。


「どうかした? 」


 楓の声に、弥生は思わず封筒を握り込んだ。そして、中にカミソリなどの類いが入っていないことに安堵のため息を漏らす。


「何? 朝からテンション低いね」

「そ……そんなことないよ。ほら、今日英語当てられそうだなって思って」


 英語の香川先生はオールドミスでねちっこい。男子生徒には甘い癖に、女子生徒は追い込むように質問を重ね、答えられないとひたすら立たせるのだ。答えられないと座れないから、平気で五十分立ちっぱなしってこともある。

 その香川の英語が一時間目にあるのだ。


「あぁ、あれ、鬱陶しいよね」


 楓は全体的に勉強はできるが、特に英語はネイティブレベルらしい。小学生の時にイギリスにいたことがあるとかで、いわゆる帰国子女だ。そのせいか、香川は楓を当てることはまずしない。それどころか、英語の時間に他の科目を勉強していても怒られない。羨ましい限りだ。


 弥生は握り込んだ封筒ごと上履きを出し、靴を履き替える。自然な動きで封筒はスカートのポケットに入れた。


「有栖川君は? 」

「もうすぐくるんじゃない? さっき校門のところで上級生のお姉様方に囲まれてたから」


 若葉と楓には、実は賢人がお隣さんで、同じ電車で登校していることは話してあった。もちろん、いくら友達になったとはいえ、賢人の隠れ彼女になってしまったのは内緒だ。

 そう遠くない将来、この関係は解消される筈だから、わざわざ話す必要もないだろうと思っていた。


「そういえば、これ、有栖川君に渡しておいてくんない? 」

「何、これ? 」


 一応聞いたが、見れば見覚えのある物体が楓の腕に抱えられている。


「あ、実は私も」


 若葉も鞄から封筒の束を取り出す。

 賢人に直に渡しても捨てられるだけのラブレターや貢ぎ物の類いだ。誰が渡したって同じ末路を辿るんだけど、渡す側としたら親しい人経由の方が受け取って貰えると思うものらしい。しかも、返事(もちろん承諾以外の返事は返事と認められない)を貰うように強要してきたりもする。

 小・中学校と弥生が悩まされてきた強制キューピッド要請。そして、賢人にフラれた女子は100%弥生を逆恨みするのだ。


「どこで調べてくんだろうね。有栖川君と同じクラスなら渡せるでしょって、地元の中学校の同級生に押し付けられた」

「私は塾のから、直に渡してくれって。でも私有栖川君とそんなに話したことないし」


 若葉も困ったように眉を下げる。


「いいよ、私が有栖川君の机に突っ込んでおくから」

「いい? 下駄箱はもういっぱいだったの」


 紙や物の無駄な消費である。賢人のことを思って書かれた言葉は一行も読まれることはないし、どんなに高価な貢ぎ物も賢人に身につけて貰えることはない。

 それがわかっていて毎日ラブレターを書いてくる強者もいるらしく、毎日賢人の下駄箱は満パンである。


「弥生ちゃんのそれも、もしかしてラブレター? 」

「えっ?! 」


 背の低い若葉には見えなかった物も、背の高い楓には見えていたらしく、弥生のポケットをポンポンと叩く。


「いや、違う! 有り得ないから」

「何で? 下駄箱に手紙とか、テッパンじゃん」

「え、弥生ちゃん下駄箱にラブレター入ってたの? 」

「違うッ! 」


 若葉と楓にキャーキャー言われてるところに、賢人とハーレム女子の軍団がやってきた。邪魔だとばかりに女子がガンガン当たってくる。弥生達を避けるという選択肢はないらしい。


「有栖川君、これ……有栖川君宛の預かってて……」


 賢人にジロリと睨まれ、弥生は若葉達から預かったラブレターの束を賢人に差し出した。


「……で、それも? 」


 賢人は素直に弥生からラブレターの束を受け取ると、弥生のスカートのポケットからほんの僅かに出ている手紙も取ろうとする。


「こ……これは違うからッ! 」


 ポケットをブロックして後退ると、賢人の眉が僅かに寄り、それだけで弥生の背中がゾワゾワッと寒くなる。


「ウワッ! 預かったとか言って、自分らのもあるんじゃね? 」

「マジで? ウケる! こんな地味娘、賢人が相手にする訳ないじゃん」

「ラブレターとか、賢人に声かけらんない自信なし娘ちゃんの呪いがこめられてそうで怖ッ! 」

「恐怖の手紙?! だから賢人いつもソッコウごみ箱にポイするんだ」


 賢人にベタベタ触っていたハーレム女子達が、弥生達をバカにするようにゲラゲラ笑う。


「ほら、賢人。ごみ箱そこだよ」


 しかし賢人は弥生から受け取った物は捨てずに鞄にしまい、いきなり弥生のスカートのポケットに手を突っ込んだ。賢人が掴もうとしたのはポケットの中の手紙だったのだが、それを探して布越しに賢人の手が弥生の太腿をまさぐる。


「ギャーッ」


 思わず出た悲鳴は、あまりに可愛いげのないものだった。弥生は賢人の手から逃れようと思わずしゃがみこみ、それがよろしくなかった。

 スカートのポケットに手を突っ込んでいる賢人は立っているのである。そして、スカートを履いている本人はしゃがんでしまった。つまり……。


「あ、熊さんパンツ」


 通りがかった男子生徒が、弥生のパンツのバックプリントを口にする。

 まるで小学生が履くような綿パンに可愛らしい熊さんプリントがデカデカと描かれたお腹まであるパンツが、公衆の面前に大々的に公開されてしまった。


「ア………………イヤ〰️ッ!」


 弥生は素早く立ち上がると、賢人の手首をムンズと掴み、ポケットから引っこ抜く。そして、脱兎のごとく駆け出した。

 その際、弥生のポケットから手紙が落ちたのだが、そんなことに構っている場合ではなかった。



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