第9話 手を繋ぐなんて無理ですから

 毎朝の習慣。

 同じ時間に家を出ると、門の前で賢人が凛々しい表情で立っていた。

 夏休みが終わり、今日から新学期が始まる。


「おはよう」

「ああ」


「おはよう」の返事は「おはよう」だよね。保育園の早苗先生から習いませんでしたっけ?


 それにしても、朝から眩しいくらいのイケメンぶりだ。目やにがついていても(ついてないけど)、涎の跡がついていても(やっぱりついてないけど)、寝癖で頭が爆発していても(ナチュラルサラサラヘアーですけど)、賢人のイケメンぶりは一つも損なわれることはないと思われる。立ち姿から麗しいって、本当にどこの王子様だよって感じだ。


「行くぞ」


 左手を出されて、弥生はキョトンとそれを見つめる。

 高校入ってすぐは、朝の挨拶の後はさっさと歩き出す賢人の五歩くらい後を弥生がついて行く感じだった。高校の最寄り駅で下りると、賢人の回りには女の子が集まりだし、賢人との距離は自然と開いて、誰も賢人と弥生が一緒に登校しているとは気がつかなかった。


 それなのに、今日の賢人は以前の賢人と違う行動をした。


 この手のひらの上に、見えない何かがあるのだろうか?

 まさか朝の挨拶の握手ではあるまい。


 賢人の手をジッと見ていると、賢人の眉間に皺が深くなっていく。


「手貸せ」

「……はい? 」

「左手じゃなくて右手! 」


 握手じゃなかったのか。

 まあ、賢人も弥生も右利きだから左手で握手はしないだろう。

 右手を出すと、しっかりと握られて歩き出した。


「ちょっちょっちょっ……」

「何? 」

「これ、ダメなやつ」

「何で? 手繋ぎはもうクリアしてる筈だろ」

「それ、赤ちゃんの時ですからね。幼児の時すら繋いでないですから」

「それはおまえがダンゴムシにしか興味がなかったからだろう」

「失礼過ぎ! アリも見てたから」


 この会話も、賢人に手を繋がれたまま、駅への道を歩きながらしていた。

 身長差があるから、連行される宇宙人かよ……という見た目な気がする。


「あ……あのね、電車乗ったら手は離して……下さいね」

「何で? 」

「回りに誤解されるから」

「……」

「ほら、有栖川君の取り巻きとかに見られたら、何されるかわかんないもの」

「だから、それは俺がちゃんと言うから」


 ちゃんとって……、どうちゃんとなのか聞くのが恐ろしい気もする。


「ちなみに、何て? 」

「弥生は俺の彼女になったから、俺にも弥生にもからむなって」


 頭痛いかも……。


 弥生が立ち止まると、自然と賢人も立ち止まった。弥生は繋いでいた手を両手で握り、賢人の顔を見上げた。とにかく、誠心誠意バカなことを言わないように諭さないといけない。そんなことを言ったら、賢人のいないところで弥生への風当たりが暴風雨レベルで激しくなること間違いない。


 ジッと顔を見ると、珍しく賢人がキョドっている。かすかに血色がよく見えるのは暑いのだろうか。


「あのね、その彼女っていうの、学校では内緒にしよう。というか、彼女になるとは言ってないですよね? 」

「俺の見たくせに」

「だから、見てないです! 」

「……分かった。彼女になるなら学校では内緒にしてやる」

「ならないなら? 」

「大っぴらに言いまくる。近寄ってくる女達には、おまえがいるから近寄るなって言う」

「止〰️め〰️て〰️ッ! 」

「なら付き合うな? 」


 何で賢人がそんなに弥生と付き合うことに固執しているのか分からなかった。弥生みたいな地味なチンチクリンが珍しいのだろうか?

 賢人のハーレムの女子達は、みんな綺麗系や可愛い系の肉食女子が多かった気がするし。


 物珍しいだけなら、すぐに飽きるかな? うん、きっと飽きるだろうな。


「わかった。内緒にしてくれるなら付き合うから。だから、学校では今まで通りでお願いしますね」

「わかった」


 賢人が弥生の手をギュッと握りしめ、満面の笑みを浮かべた。

 どちらかというと賢人の仏頂面を見慣れていた弥生からしたら、イケメンの笑顔は破壊力が半端なく、今まで手を繋いでいても何の意識もしていなかったのに、急に顔面にブワッと血が集まってくる気がして、慌てて下を向いた。


「駅まではいいんだよな? 」

「……はい」


 改めて手を握られ、いわゆる恋人繋ぎにされて、弥生はもう地面しか見れなくなる。

 それでなくても、恋愛とは縁遠く初恋さえまだの弥生は、少し意識しただけでも心臓はバクバクしてしまう。さっきまで手を繋いでいたのは保育園時代の延長くらいにしか思っていなかったのに、今は高校生男女であることを、異性としてのふれあいであると、変に意識してしまった。


 ★★★


 春高の最寄り駅につくと、いつものように賢人が数歩前を歩いた。


 背が高く、何より足が長い。

 細過ぎることなく、程よくついた筋肉がスタイルをよく見せている。モデルでも十分やっていける……いや下手なモデルよりも顔も身体も極上なんじゃないだろうか?

 高校に入って、賢人の身長がぐんぐん伸びて、ほんの数ヶ月で弥生との差が驚くほど開いた。

 だから余計、今までの賢人とあの笑顔の賢人が違う人に思えてしまったのかもしれない。


「賢人~」

「有栖川君おはよう」


 賢人を見つけた先輩肉食女子達が、ワラワラと賢人に走り寄り、べったりとくっつく。


「ああ」

「賢人、夏休みに連絡したのに、全然つながらないんだもん。寂しかった~」

「ねえ、ねえ、今日は午後遊び行かない? みんなでカラオケとか」

「みんなでとかウケる! ね、賢人、二人で遊ぼ。いいよね? 」


 先輩の一人が、さっきまで弥生と繋いでいた手をとり、同じように恋人繋ぎにしながら腕に胸を押し当てている。


「行かない」

「なんでぇ? 次は美羽みわの番なのに~。香織としたって聞いたよ~。ズ~ル~イ~! 次は美羽としよ~よ~」


 朝からなんて会話だと思いながら、やっぱり賢人は賢人、この人と付き合うなんて無しだったなと、弥生は少し歩きを早めて賢人達を追い越そうとした。


「もう、そういうのはしない」

「えっ? なんでぇ? もしかして、病気でもうつされた? 」

「そんなへましない」


 うつされるようなことはしてたんだな。


「じゃあいいじゃん! 美羽、香織よりうまいよ。超おすすめ」


 誰がどうやって比べたの?


 うつむいて賢人の横をすり抜けると、賢人の手がのびてきて弥生の肘を掴んだ。


「……?! 」

「弥生、ないから」

「……」

「誰? 」


 賢人に腕を振りほどかれる形になってしまった美羽が、きつい視線を弥生に向ける。


「ど……どうも、おはようございます。有栖川君のクラスメイトです。はい! では、お先に失礼します」


 弥生は賢人の腕を振りほどいて、脱兎の如く走り出す。


 学校では他人!

 約束したじゃないですか〰️ッ!

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