第38話 無限の可能性

 エラの後ろには既に小型艇が用意されていた。一体いつの間にこんな物を。セバスチャンの用意周到さには舌を巻いてしまうぞ。


「さぁ乗りなさいエーフィー!」


 乗りなさいとか言いながら無理やり手を引っ張って乗せるエラッソ。かなりの力技に思わずびっくりしてしまう。

 そういえば、マギシューレンに通い始めてから二年ほど経つが、こうしてエラと食事を共にするのは初めてである。まぁ今までそれとなーく誘われていた感じはしていたのだが、はっきりと言ってこなかったので見て見ぬ振りをしていたのだ。それが今日はとても強引だ。もしかして計画的犯行かもしれない。

 ふっふっふ、よくものこのこと付いてきたわね! お昼ご飯は貴様だったのだ!! いっただっきまーっすガブガブ!! ていう展開も無きにしもあらず。警戒は怠らない様にしよう。


「エラ、どこに連れて行ってくれるの?」


「ふ……それは着いてからのお楽しみよ。セバスチャン! 先に行って根回ししておきなさい! 失敗は許されないわ!!」


「了解でございますお嬢様。この爺に任せて下さい」


 シュバっと飛行中の小型艇から飛び降りる爺さん。あんた身体能力高すぎだ。っていうかそのコート広げると翼にもなるのか。もうコウモリじゃん。

 最後の一言は私に隠して置いた方が良かったんじゃないかな。根回しって。


 セバスチャンは小型艇よりも遥に早い速度で真っ直ぐに飛んでいった。確か、彼はかなりの魔法に精通している万能の魔法使いである。何せどの様な媒体を使っても、飛行する事が出来るからだ。


「嬉しいんだけどさ、エラこんな事してる時間はあるの? いつも家の用事で忙しい筈でしょ?」


 彼女程の才女になると、習い事の一つや二つ、毎日こなすのは当たり前のことである。

 魔術はもちろんのこと、剣技に体術。槍術に柔術。一通りの武術など習得して当然らしい。その手で一番凄いのはシーナだ。彼女は下手すると、勇者以外の戦士には殆ど負けないのではないだろうか。実際、闘技大会で準優勝している実績もあるくらいだ。


「そりゃあ忙しいですわよ? でもね、そんなのよりも大事な事が世の中には沢山ありますの。私はね、自分の判断基準の本質はどんな状況でも曲げたりしないのですのよ?」


 す、凄い。鋼の意思を感じる。

 エラにこんな一面があったなんて思いもしなかった。

 私がいつも見ているエラは常に発情期の状態だから、そんな澄ました台詞を聞く事になるなんて、人とは何面性も持っている生き物である。


(普段のエラってこんな感じなのかな? そりゃ後輩に慕われるよね)


 彼女は全学年、全生徒から熱い支持を受けていると言っても過言ではない。

 その美貌も鼻にかけることはなく、相手の心を思いやり、庶民には優しく、人に物を教えるのも上手い。

 もちろん魔術師としての素質もずば抜けており、教員ですら一目置く程の卓越した能力。それでいて名家の中の名家、モイツ家の次期女当主であるのだ。

 何なら楽器だって流暢に弾けちゃうのである。確かヴァイオリンの独奏のコンクールか何かで優勝していたみたいだ。まさに雲の上の存在。


 そんな彼女だから、自分への絡み方があまりにもあれなので、周りからは「エラはエーフィーの事が気に入らないんだ」みたいな噂が流れ、おかげで学校では私に近付く者は殆どいない。まぁあまり集団と絡むのは性格的に好きじゃないので、有益といえば有益なのだ。


(万年発情期さえ無ければなー)


 じっと彼女の顔を見続ける。

 綺麗な睫毛、自分も割と長い方だが、エラは飛び切りだ。麗しい瞳とはこの様なことを言うのだろう。本当に残念だ、万年発情期じゃ無ければもっと深い仲になれたと言うのに。もし今の状態でそうなれば、地下のさらに奥、この星の中心まで深い所で監禁されているに違いない。


「ん……?」


 自分の視線に気づいたのか、みるみる耳が真っ赤に染まってきている。体が火照ってきたのか、首元から汗が滴り落ち、豊かな胸部の谷間に吸い込まれている。


「エ、エーフィー?」


 声がうわづっている。おっとこれは刺激しすぎたかな。ただ一定の時間視線を送っただけなのだが。


「エラ、小型艇の免許持ってたんだね! さっすがお金持ちは違うなぁ〜」


 便利屋のシャーリーさんから習った、接待力を試す時である! と言ってもただ見てただけなのだけれど、あのコリーさんを動揺させたその力、決して偽物ではない。要は色仕掛けなのだ!


「そ、そそそそそそそそそそうかしら!? ほほほほ!! オッほほほほほぉ!! ま、まぁ私は出来る人間ですし!? これくらいの事、モイツ家では珍しい事ではないのですよ!? オッほほほほ!! 」


 あちゃー興奮状態にしてしまったか。

 でも、何だかエラを見ていると元気が湧き出てくるなぁ。彼女は基本的にめげないのだ。自分の力を信じてるのだろう。


「信じる、信じる力か……」


 私は、私の力を信じているのかな? どうせ出来ないなんて、ただいじけてるだけじゃないかな?


「ねえエラはさ、自分の事って信じてる?」


 自分の質問に冷静になったのか、興奮状態は解かれていた。

 本当に、普段自分には見せない表情である。


「当然です! 良いですかエーフィー、世の中はで一番信じてあげないといけない人は、自分なのですよ」


「どうして?」


 言葉の意味が分からないのは、自分に人生経験が少ないだからだろうか。


「人は、人の体に乗り移る事など出来ないのです。それはつまり、自分の事を一番理解出来るのは自分だけと言う証拠なのです。仮に、もし人に乗り移れる事があったとしましょう。するとどうなりますか?」


「え? うーん……分からない」


「飛躍的な表現になりますけど、自分のことを信じられなくなります。原因を周りに求めてしまうのです。自分が人より劣ってる原因は、遺伝なのだ。自分が人より身長が低いのは、可愛くないのは、魔力が小さいのは––––とね」


 確かに、生まれつきとか、才能とか。それで諦めてしまっている部分はあるかもしれない。


「でも、現実的に人に乗り移るなど、現実には出来ないのです。逆に言えば、分からないからこそ、自分には無限の可能性が眠ってると錯覚することもできるんですよ」


「無限の……可能性」

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落ちこぼれ魔術師エーフィーと心召すお星様 まるだし @marudashi

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