第16話 自分の身もままならないのにね だとしても!

 いくら幽霊だからといって、少女の願いを聞いてあげられないのは忍びない。助けてって言われてるんだもん。応えてあげるのが大人ってものなのさ。


「うん、私で良ければ力になるよ。で、何があったの?」


 幽霊屋敷と呼ばれるからにはそれなりの悲惨な事件が起こったと見える。


「……私ね、会いたい人がいるの。でも、ここに縛られてるから会えないの。ずっと、ずっとね……」


 会いたい人。

 気持ちは痛いほど分かる。


「誰に会いたいの? お母さん? お父さん?」


 白いワンピースの少女は俯いたまま、泣きそうな声で必死に言葉を振り絞る。


「……お兄ちゃん。お兄ちゃんに会いたい」


 彼女の名前はマリー・シュバウツ。シュバウツ家の令嬢だったそうだ。

 兄の名前はコリー・シュバウツ。

 シュバウツ家は代々の商人一家で、先代一代で築き上げた大富豪の家柄であるそうだ。

 一見お金持ちで幸せそうな家族に聞こえたのだが、内情そうでもなかったらしい。マリーとコリーの父は浮気癖が酷く、喧嘩も絶えず、常に沈黙おぞましい家だったそうだ。

 その最中、二人の母が流行病で床に伏せ、父の暴走を止めれる者はいなかったそうな。


「それでね、お母さんはね、病気にやられちゃったの」


 母で病で無くなり、父は愛人を家に招き入れる事が多くなった。それに耐えかねたコリーは、マリーを連れて自分達だけの家を探すことになったそうだ。


 最初は狭いアパートでの二人暮らし、日々食べる物にも困り、学校の費用は払う事が出来ず、貧困に貧困を重ねた生活を送っていた。 

 だが、コリーはシュバウツ家の血を受け継いでるのもあったが、マリーを絶対に不幸な目に合わせたく無かったらしく、勉強と商売漬けな毎日を送っていたそうな。


 その甲斐あって、僅かな期間でとても大きな家を買う事が出来るまでに稼ぎを得たコリー。生活も安泰。贅沢をしても痛くも痒くもない。今まで通りにマリーを学校に向かわせてやれる。嫌なことや悲しいことはもう無いんだと、そう思っていた矢先。


「お兄ちゃん……毎日毎日頑張ってた、でもね……」


 母に代わって、今度はマリーが流行病に掛かってしまった。コリーは何とかそれを治そうと奮闘していたのであるが、結果虚しく、マリーも命を落とす事になってしまったのだ。


「多分ね、死後すぐ幽霊になったみたいなの。私もそれなりに勉強はしていたから、すぐに自覚できたわ。でもまさか本当に幽霊がいるなんてね……。それでね、とても重大な事を知ってしまったの」


 その年、家族にぬいぐるみを送るのが流行になっていたそうだ。不幸なことに、そのぬいぐるみが感染源だとは知らずに、毎日手元に置いていた。

 でもそれは当然の事だった。何故なら、誕生日の日にコリーから貰った大事な人形だからである。


「今は分からないけれど、対処方法は近づかない事だけだったの。それしか、方法は無かったの」


 この屋敷が放置されていた所以である。恐らく長い年月が過ぎているのだろう。もう病は大丈夫だと思うが、問題はそこじゃない。


「ねえマリーちゃん、ここが放置されてからどれくらい時が経ってるの?」


「ん……それは分からない。ただ、私が幽霊になってから初めて話すのが貴方なの」


 なるほどね、大体の事は理解できた。

 にしても身勝手な親だ。私は両親の顔を知らないが、愛情に溢れた親だったと聞く。

 でも、全員が全員、そう立派な訳では無いのだ。


(私の両親が流行病で床に伏せた時は、確か17年前くらいだった筈。ただそこまで大規模な病では無かった……ということはもっと前? いずれにしても調べてみないと分からないな。シュバウツ家が大富豪なのであれば、調べれば名前くらいは出てくるか……。こういうのは誰が詳しいだろう。もう一度あのハイツまで出向いてみるか)


「マリーちゃん。私一度出るね、またすぐに戻ってくるからさ、大人しく待っててね?」


 本当にずっとこの家に一人でいたのだろう。別れの挨拶に対して寂しさの色が大きくなって来ている。


「大丈夫よ、安心して。マリーちゃん、私を信じて!」


 こちらの力強い言葉に少し安心感を覚えたそうだ。段々と色味が無くなって行き、落ち着いて来た。


「うん、信じてる。でも大丈夫? 名前を探すのは大変たと思うよ」


「任せなさい! 貴方のお兄さんがどうなってるか、すぐに探し出して見せるんだから」


 そう言って颯爽と家を飛び出す。箒に跨りひとっ飛びなのである。


「ねえホッシー、私ってお節介かな? 自分の事もままならないのにさ」


「そうだね、客観的に見ればそうかもしれない。けどね、人はそう正論では動かないものさ。君の行いが正しいかどうかなんて結果が教えてくれる。自分の感情に従って動くしかないんだよ」


 ほう、それっぽい事をいうじゃないかホッシー。それに、何だか気力がみなぎってきたぞ。要は自分が正しいと思う事をしなさいって事だ! 大叔母様もそう言っていた! 迷う必要なんかないじゃないか!


 全速力で飛ばしてきたので割と時間はかからなかった。

 ハイツの扉をノックし扉を開ける。一度行った流れなので、今回は躊躇いがない。


「ごめんくださーい! 見学から戻ってきたエーフィーですー!」


 マスコットっぽい猫がにゃーんと返事をしたかと思えば、店主の老人が奥からゆっくりと出てきた。


「はいはいはい、エーフィーさんね。どう? 住む気になった?」


 はははと冗談交じりに言葉を交わそうとする老人。恐らく逃げ帰ってきたのだろうと予測しているのだろう。緑色のオーラを放っている。


(あ、魔法唱えっぱなしだった。にしてもこの緑ってどういう意味だろう。後でホッシーに教えてもらおうっと)


「ゲフュールっと。とりあえず、あの家に決めました。背に腹は変えられませんからね」


 はえあ! と変な声を上げながら老人は驚愕の目でこちらを見ている。あまりにも予想外だったのだろうか。顎が外れそうである。


「それとですね、一つお伺いしたい事があるんですけど。コリー・シュバウツって名前に覚えはありませんか?」


 外れそうな顎を元に戻し、体勢を整える。

 それと同時に、今度は不思議そうな目でこちらを見つめ始めた。何か変な事を言っただろうか。


「はぁ、若い者はあまり知らない名前でありましょうな。この国の貿易の要であるシュバウツ商会のボスですよ。さてはあまり勉強をしてませんね?」

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