第5話 星?って言ったら星!って言い返す星なんて初めて見た

 箒に跨り空を滑空していると、淡い夕焼けと赤みを帯びた雲達が、夜をお出迎えする様に街を覆い尽くし始めていた。人々は帰路に着き、数々の家の窓から光が漏れ出し始めている。

 手を繋ぐ親子、はしゃぐ子供に注意を向けながら、献立に考えを巡らせる母親。

 夕日の影響か、二人の距離感なのか、赤面しながら手を繋ぎ歩いている恋人達。

 友達と追いかけっこをしている子供達。そしてそれを遠くから微笑み掛けている大人達。 

 普段なら気にしない日常の風景が、今日はやけに胸の中に飛び込んで来てしまう。

 箒の上から見下ろす世界は、こんな風に、時として人を孤独にしてしまうのだ。


 気がつけばもうこんな時間。普段なら今日の晩ご飯の支度をする為に、いつもの市場に寄っている頃合いなのだが、もう、その日常は戻って来る事はない。

 一人分の夕食など、パンが数枚とバターがあればどうって事ないのだ。


「はぁ……」


 今日で何度目の溜息だろう。

 Fランクなんていつもの事じゃないか。反省はするし、勉強もするけど、溜息をする程でもないのだ。

 だから、原因は一つだけ、遺産の事。

 大叔母様の遺産、大事そうな物はいくつか分かるのだけれど、それ以外となるとさっぱり分からない。

 相続者は自分しかいないのに、管理も何もあった物じゃない。マグ家として最大の恥さらしだろう、そう考えると気分が萎える。


 夕焼け空が半分程、淡紫に染まり出した頃、目の前に大きな建物が見えてきた。我がマグ家の最後の家、マーフィーのお屋敷である。

 一見貴族の家に見える造りだが、中に入るとこれまた別世界。様々な魔法器具が立ち並ぶ、時代を感じさせない一種の武器庫の様だと評判出会ったのだ。主にシーナから。


「ただいまー」


 ついつい癖で言ってしまうのは悪い習慣なのか。誰かいれば良いのだが、誰も居ない。毎回毎回言っては虚しいを繰り返す。学習能力の低下が著しい。


「とりあえず、コーヒーでも淹れようかな」


 誰も聞かない独り言が、屋敷中に響き渡るのは幻聴ではないのか。ま、今はそんな事気にしてられないけどね。


 備え付けのコンロに火を灯し、さらに魔力を加えて火力を上げる。次第に水はお湯となり、コポコポと沸騰する。コーヒーと言っても簡単な粉末を入れて混ぜるだけの簡易的なのだ。本格的にミルを使っても良いのだが、気分が乗らなくていつの間にか埃被っている。


「ていうか豆を買いに行かなきゃだけど、面倒臭い、面倒ったらめんどくさい。あーあ」


 コーヒーを飲み終わり、居間のソファーに崩れ落ちる様に横になった。

 何だか何もかも嫌になってきた。色んな事が急すぎる。世界は私に何を求めてるんだろうって考えてしまう程にね。

 そりゃあね? 早くやらなきゃいけないのくらい分かっているのよ。でもさ、先が不安なのって結構辛い物よ? いくら私がポジティブの塊だとしてもさ、一日くらいはへこむ時間があっても良いと思わない? ねえ、そう思うでしょ、私。


 自分に対しての言い訳って、結構末期かもしれない。そんな時は……。


「よし!! やろう!!」


 大声を上げるのが一番なのである。


「さてさて、とりあえず地下の書庫に行きますかね。えーっと、鍵はーっと」


 壁に幾つもぶら下がってる鍵達のネームプレートをひとつひとつ確認し、地下室と書かれたのを探すのだが、一向に見つからない。


「あ! そういえばあの扉はマグ家の魔力に反応するんだっけ。忘れてた忘れてた!」


 やはり学習能力の低下が著しい。元々高い方ではないのだけれど、自分の家の事さえ忘れるのだからよっぽどである。


「いーもんいーもん!」


 カンテラを持ち、地下室へと足を運ぶ。

 そういえば、この壁面に飾られてる絵画や美術品も価値がある物だろうか。実際いくらで売れる物なのだろう。ていうか鑑定士や商人が来て値段を決めるのなのか、買い叩かれはしないか心配だ。

 ただでさえ3億デルも借金があるんだ。半分くらいにはなって貰わないとこっちが困る。


「あーーーーー……3億デルかーー……。そんな額どうしろって言うのよ、とほほ」


 一般的な魔法使いの稼ぎ、と言うのはてんでバラバラで当てになりはしない。

 が、自分で店を構えてたり、冒険者となって雇われで稼ぐとなると、1日高くて10000デルらしいのだ。つまり……。


「えーっと、1000デルかけるの10で1万デル、それを3億……えーはいはい、どんなに早くても10年は掛かる計算だよね」


 ここでミソなのが、高名な魔法使いでもそのくらいということ。私みたいなペーペーのしかもFランクの落ちこぼれなんて、相場どころか雇われさえもしないのが現状だろう。現実はいつだって厳しいのさ。


 厳しい現実の事を考えていたら、いつの間にか地下の書庫まで足を運んでいたらしい。相変わらずかび臭い所だが、そこら中から魔具の魔力が溢れ出してきている。今の自分では到底扱いきれそうにない。


「じゃあまずは掃除かな。ハタキと羽モップは置いてるし、蛇口もある。とりあえずー、埃から取るかな。後使えそうな物も拾っておこうっと」


 パタパタ

 パタパタ


 本当に色んな物が置いてあるのだなと感心してしまう。大叔母様は収集家とは聞いていたけど、これ程の物をどこで集めて来たのだろう。やっぱり魔王城かな。


 仰々しい仮面から、聖なる力を放つ剣まで、様々な物が所狭しと場所の取り合いを開いている様だ。どれも高そうな物ばかりである。


「はー、これはどれも扱えそうにないものばかりだなー。結局売らないといけない訳だし、あんまり見ない様にしとこう。……情けないな私……」


 書庫とは言うが、本はそこまでの量は無い。しかも魔法の本などは殆どなく、どれもこれも娯楽小説ばかりである。要は遊び部屋みたいな物だ。


「あ、これ金の塊じゃん。金って換金しやすいし、ちょっとくすねておこう。困った時に売れば良いよねーってうわぁ!!」


 目の前の金に足元がお留守になっていたのか、とある宝箱に足をひっかけ、ずっこけてしまった。


「痛ったぁーーーーーい!! もう!! 何なのよ!」


 宝箱は先ほどの衝撃にびくともしなかったのか、一ミリもその場から動いていない。


「んんー? 何か重い物でも入ってるのかな、ちょっと開けてみよっと。こういうのってワクワクするよねー」


 先ほど、あまり見ない様にしようと言った事などすぐに忘れ、ゆっくりと、重たい上蓋を押し上げる様にカパっと開いた。


「……星?」


「おう、星だぞ」

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