一つ向いては風を読み、二つ向いては世界に伝える。

 区役所を出て、ゲーム屋によっていくつかのゲームを購入した後、数子ちゃんたちは特に行きたいところもないみたいで、私たちは一度村に戻ってきた。



 村で遅めの昼食を取り、ベリルさんに食後の紅茶を出すとニコちゃんに突然腕を引っ張られ、私は困惑していた。

 するとベリルさんにニコちゃんに付きやってやれと言われ、私はベリルさんに冷凍庫に冷凍のピザが入っていることを耳打ちし、ニコちゃんについていくのだけれど、彼女は昨日買った服を着たいから見てほしいというお願いをしてきて、私は苦笑いを浮かべる。



「どれがいいかなぁ」



「ニコちゃん、私に服の良し悪しはわからないけれど、それでもいいの? 何だったら若井くんに頼もうか?」



「ううんぅ、村長ぅがいぃ」



 そう言ってニコちゃんは自分の家屋に置かれている大きな姿見の前でくるりと回ってみせた。

 ニコちゃんはよくクルクルと回っており、数子ちゃんたちの中ではどうにも幼く思える。

 だけれどイチコちゃんのあの言動のように、ニコちゃんにも何かしらの事情があるはずで、機会があればぜひ話してみたいと思っている。



「ねぇねぇ村長ぅ、これはどうかなぁ?」



「うん? どれどれ」



 ニコちゃんは少し大人っぽいかなと思うような服を着ていた。

 最近の流行はわからないが、今の子どもたちにとっては普通なのだろうか?

 彼女はブラウスとつなぎというのだろうか、上下一体になっている服に、頭には底が深い帽子、サーモベレーという名前だったような帽子を被っており、カリー? ガーリーだかの仕上がりとなっていた。



「うん、とっても可愛いよ。普段のニコちゃんより大人っぽい感じ」



「でしょぅ、最近の流行りなんだって。子どもも子どもっぽくじゃなくて、ちょっと背伸びしちゃうんだぁ」



 さすが数子ちゃんのお洒落さんと褒めるとニコちゃんは照れたようにはにかみ胸を張った。

 しかしふと2つに結ばれた髪をいじっており、私はどうしたのかと尋ねる。



「ああうんぅ、髪もいじっちゃおうかなぁってぇ。でもでもぉベリル様が結んでくれたからなぁ。ニコできないしぃ」



 私は小さく微笑むと彼女を手招きする。

 そして懐っこく膝に飛び乗ってきたニコちゃんを受け止め、前を向かせた後髪を解く了解をもらう。



「あとで結び直してあげるからやってみたい髪型を教えて」



「……わぁ、うん! 村長ぅありがとぅ」



 ニコちゃんの姿見のそばにある櫛を手に、彼女のさらさらな金色をすいていく。

 気持ち良さそうに喉を鳴らす様に自然と私の頬もほころんでいく。



「まずはサイドポニーかなぁ。普通のポニーだとイチコとかぶっちゃうしぃ」



 私は携帯端末でサイドポニーを調べ、画面を見ながらニコちゃんの髪を結っていく。



「村長ぅベリル様より上手だよぅ。ベリル様はちょっと雑で、髪を引っ張って痛い時があるもんぅ」



「そうだね、ベリルさん意外と細かい作業が苦手なんだよね。だからニコちゃんとヨンコちゃんがお手伝いしてるんだもんね」



「そうなんだよぅ。まだお料理はイチコほどじゃないけれどぅ、いつか狐イチのお料理上手にニコはなるんだよぅ」



「私も頑張って教えないとだね」



 たっくさん教えてもらうよぅ。と満面の笑みのニコちゃんに私も笑顔を返した。



 そうして彼女の髪を色々な形に変えて、服も変えてと繰り返しているとニコちゃんが困ったような顔で床に目を落としていた。



「ニコちゃん?」



「ねぇ村長ぅ」



「なんだい?」



 お洒落を存分に楽しんでいた。それはわかる。けれど何か物足りないのか、落ち着かないのか、ニコちゃんは終始首を傾げていた。

 きっと大事なことなのだと私はニコちゃんの言葉を待っていた。



「ニコたちはね、名前なんてなかったのぅ。人から見たら全部同じでぇ、それでも確かにそこに存在していたのぅ。けれどそれでも誰かにニコたちは役割を与えられてぇ、同じのはずなのに個人があったのぅ。こことは違う世界、風が吹き荒れる世界の根底、情報を伝える役割」



 膝の上で体を揺らしながら話すニコちゃんの頭に顎を乗せ、ゆっくりと吹く風に身を委ねる。



「世界の技術が進歩してぇ、ニコたちはお役御免。誰からも使われることがなくなってぇ、揺蕩うだけの存在をベリル様が引っ張り上げてくれたのぅ」



「そっか」



 今の私にはそれだけしか言えなかった。

 しかし言いたいことはわかる。彼女にとってそれはとてもかけがえのないものだと教えてくれた。それを委ねてくれたことに感謝し、私は改めて彼女の髪に触れる。



「ニコはねぇ、ニコになれてとっても嬉しいのぅ。だからねぇニコがニコである証明の二つ結びは、とっても大事なんだぁ」



「うん、とっても似合ってるよ」



 髪型をツインテールに戻し、私は姿見に映ったニコちゃんの後ろから顔を出してこれが一番可愛らしいと彼女に伝える。



 すると照れたように笑ったニコちゃんが膝から立ち上がり、目の前で両手を広げ、片足を上げてクルクルと回転した。



「ニコは風見、世界を歩む風から世界を知ってぇ、それをみんなに伝えるのぅ。村長ぅを知る優しい風もぉたっくさん吹いてくるんだよぅ」



 私はニコちゃんを撫で、感謝の言葉を伝えるともう少し続けようかと彼女だけのファッションショーを再開するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る