子狐さま、崇められる。

「びっくりしたなぁ」



「お年寄りからは意外と好評ですね」



 区役所での狐祭りは未だに終息を見せず、ニコちゃんとゴコちゃんを中心に人々から黄色い声が上がっていた。

 まるでアイドルだなと苦笑いを浮かべていると、膝の上に座っているイチコちゃんが申し訳なさそうに目を伏せて袖を引っ張ってきた。



「ごめんなさい村長さん、私が止めてきましょうか?」



「ううん、楽しそうだから良いよ。イチコちゃんも行ってきたらどうだい? みんなお菓子もらっているよ」



 イチコちゃんは首を横にフリフリと振り、ここで良いのだと私の膝の上から降りようとしない。



「イチコは村長に甘えたいんだよな〜? その気持ちはちょっとわかる」



「そ、そんなんじゃないですよ〜」



 朱がさした顔で否定するイチコちゃんが可愛らしく、私は耳を巻き込んで頭をナデナデ。

 そしてふと、ヨンコちゃんがいないことに気が付き、2人に尋ねるのだが知らないと言われてしまい、探しに行こうとするのだが、突然鼻をくすぐる草木の香り、私は目の前に意識を向けるとヨンコちゃんが現れた。



「ヨンコ、ただいま戻りました」



「おかえり、どこに行っていたの?」



「ええ村長殿、ヨンコ以前から気になっておりましたのでいい機会だと思い、ここの最高権力者の情報を盗み見て――」



 私はヨンコちゃんの口を塞ぐとそのまま抱き上げ、イチコちゃんの隣の膝に座らせる。

 イチコちゃんがいらっしゃいと笑顔で彼女に言うとヨンコちゃんは照れたように頬をふくらませる。



「……ヨンコはイチコほど軽くはないのですが」



「軽いよ、だから大人しくしてようね」



 2人を後ろから抱き寄せ、他の数子ちゃんたちを見ていた。



 そうしていると若井くんが私の持ってきた弁当を開けており、もう昼食の時間かとそろそろみんなに帰ることを提案しようと考えた。

 イチコちゃんにここから出ることを言おうとすると彼女が考え込んでおり、私は首の下あたりをくすぐり、彼女の視線をこっちに呼ぶ。



「わぅわぅ、わふ? 村長さん?」



「何か考え込んでるなって思って」



「ああ、はい。ちょっと懐かしいなって」



「懐かしい?」



 イチコちゃんは目を細めて他の数子ちゃん、そして彼女たちを拝んでいる老人たちを見ていた。

 その目線がひどく大人っぽく、どうにも普段の雰囲気ではない。

 私は心配になってしまい、イチコちゃんに声をかける。



「イチコちゃん?」



「村長さん、私たちは行き場をなくしたんです。でもそんな私たちを拾い上げたのがベリル様でした。私やゴコはここと近い……ううん、多分ここだったと思うんですけれど、誰にもああして見向きもされなくなったから彷徨うことになって、ベリル様が住んでいる世界で釣り上げられました」



 突然の話に私が困惑しているとヨンコちゃんが口を開く。



「ああ、イチコはある程度固まっていたんでしたっけ? ゴコやヨンコみたいななり損ないじゃなくて、一定の神性を持ち合わせているんですよね」



「うん、私は道。誰もが歩むつま先に祝福をもたらす。迷わないように手を差し出す道しるべ。ああやってみんなからお祈りされるのが懐かしいなって」



 どこか寂しげなイチコちゃんに、私は我慢が出来なくなり荒々しく彼女の頭を撫でる。

 君はここにいる。お菓子だっていくらでも食べさせてあげると手に意識を込めた。だからそんな寂しい顔をしないでおくれと。



「……大丈夫ですよ村長さん、私はもう、ただの狐です。数子のイチコです」



 そう言って笑ってくれたイチコちゃんだったが、それでも寂しさの残る横顔は私の脳にこびりついており、何もできない自分の無力さを呪うことしかできない。



 もっと彼女たち数子ちゃん、そしてベリルさんを知らなければならない。

 彼女たちと接することができたことに喜び、肝心の彼女たちを知る会話など一切していないじゃないかとここまでの日数、自分が何もしていないことを思い出してしまう。



「村長さん、私たちは今、とっても幸せなんですよ」



「うん、それはみんなの表情でわかる。けれど忘れていたよ、私は君たちを知りたくてあそこに行ったんだ。知りたいって気持ちは今も変わっていないよ」



 するとイチコちゃんがクスクスと声を漏らして笑った。



「大変ですよ、私やニコ、サンコ、ヨンコ、ゴコはともかく、ベリル様は素直じゃないですから」



「それでも、私はみんなと一緒にいたいんだよ。そのためならどんな労力も厭わないよ」



「知った上で、私たちが恐ろしくなったとしても?」



 試すようなイチコちゃんに私は力強く頷いてみせた。

 元から彼女たちは人間とは違う。今さら恐怖を知ったところで出来ることは最初から同じだ。

 私は徹頭徹尾、彼女たちと会話をしたいと思っている。

 それが私のできることで、しなければならないことだと改めて決意を抱く。



 そんな決意を新たに抱いているとイチコちゃんが大人びた微笑みで応援していると言い、立ち上がって手を差し出してくれた。



「あなたが進む先に祝福を――私はいつだって、迷えるあなたを導いてみせます」



 イチコちゃんの手を取ると座っていたヨンコちゃんが抗議の目を向けていることに気が付き、首を傾げる。



「ヨンコだって単純じゃないですよ? ヨンコにだって複雑怪奇な事情が――」



「うん、それも引っくるめてね」



ヨンコちゃんを抱き上げ、イチコちゃんに引かれるまま、私は歩みを進めるのだった。

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