人を呪わば穴二つ、契る穴には三呪い。

 ニコちゃんのファッションショーを見届けた後、私は一人ベリルさんの母屋へと足を進ませていた。

 すると背後から気配を感じ、振り返ると大きく両手、両足を広げたサンコちゃんが飛びかかってきた。

 私はそれを受け止めるとその勢いのまま、サンコちゃんを持ったまま彼女を空中で遊ばせる。



 満足げに引っ付いてきた彼女の頭を撫でると、ニッと笑みを見せてくれ、私も釣られて笑う。

 そしてふと思い出したのだが、彼女とはケーキを作る約束をしていた。



「サンコちゃん、時間も余っているし、今日のおやつでこの間約束したフルーツのタルトを一緒に作ろうか?」



「作る、作る! キラキラフルーツ! フルーツ!」



「ちゃんと調べてきたからばっちりだよ」



 私はサンコちゃんを抱えたまま、調理場を目指す。

 道中、ベリルさんに声をかけようと思ったが、姿が見えずサンコちゃんに急かされたためにそれは後にしてすぐにお菓子作りの準備に取り掛かる。



「サンコちゃん、こんな感じのフルーツを用意していたんだけれど、これで満足出来るかな?」



「う〜ん、う〜ん……うん! 満足! 満足!」



 近い日に作るだろうと思っていたから用意しておいて良かった。

 レシピも調べておいたし、これならサンコちゃんも喜んでくれるかな。



 サンコちゃんにエプロンを着せてあげ、さらに三角巾を結んであげるとひどく喜んだように飛び跳ねる。

 本当に彼女は素直なんだと思う。

 誰の言葉でも真に受け、それを最後まで信じる。

 どれだけそれを反故にされることがあっても、一番最後までその約束だけを信じる。



 イチコちゃん、ニコちゃんと同じように、サンコちゃんにも根底があるはずである。

 きっとそれが彼女たちを知る第一歩となる。



 私はまずはサンコちゃんと一緒にアーモンドクリームを作る。

 するとサンコちゃんが興味深そうにそれは何かと聞いてきたために、これが膨らんで生地になるのだと教えてあげる。



 そして出来上がったアーモンドクリームを市販のタルト生地に流し込んで、彼女にクリームを平らにしてもらう。

 そしてタルト生地をオーブンに入れて焼き上げている間にカスタードを炊こうと思ったのだが、サンコちゃんがやってみたそうな顔をしており、彼女を抱っこ……し続けるのは無謀だと感じたために、台を持ってきて彼女をそこに立たせて、横で教えながら作ってもらう。



 ある程度出来上がってきたところで、カスタードをパットに開け、ラップをして冷やす。



 カスタードが炊きあがった時、サンコちゃんはとても嬉しそうな顔をしており、自分で何かを成すことが好きなのだと感じた。



「サンコちゃんはお菓子作り好き?」



「うん! あたしは、何も成せなかったから、成せなかったから! だから自分で作れて嬉しい、嬉しい! しかもそれが大好きなお菓子、お菓子!」



「いつか一人でも作れるようになって、ベリルさんや数子ちゃんたちにも食べてもらえるといいね」



「まずは村長な、村長!」



「私が先でいいのかい?」



「師匠だからな、師匠だからな!」



 私は嬉しくなり、サンコちゃんに小指を差し出す。



「う〜ん? う〜ん?」



「約束、この国では指切りげんまんって言って、約束する時に小指を絡めるんだ」



 元になった逸話はもう少し大人な感じだったが、子ども相手ならこのくらいの気軽さでいいだろう。あとは大人がそれを守ればいい。



「……」



 しかしサンコちゃんが私の小指と顔を見て呆けたような表情を浮かべており、何事かと尋ねようとすると彼女が弾けたように声を上げて笑い出した。



「あべこべ! あべこべ!」



「あべこべ?」



「うん、あべこべ、あべこべ!」



 どういうことなのだろうと考えていると、サンコちゃんが嬉しそうに口元を緩めて私を見ていた。



「なあ村長、村長」



「なんだい?」



「村長はどうしてあたしとの約束を守ってくれた、くれた?」



「うん、うん? どうしてって約束したからでしょう? サンコちゃんとフルーツのタルトを作るってこの間約束したからこうして作っているんだよ」



「そう! 約束は守るもの、守るもの!」



 キャッキャと騒ぎながらサンコちゃんが飛び跳ねた。

 私はどういう理由かわからずに困惑するのだけれど、彼女が袖を引っ張ってきたから体を屈めるとすごい勢いで頭を撫でてくれた。



「村長は偉い、偉い! 最近の人間は約束なんて守らない、守らない! 願いを約束するくせに、何回も願いを口にするくせに、放ったらかす、放ったらかす! あたしはあんまり頭が良くないし、イチコやニコみたいに難しいことを言うつもりもない、ない! けれど村長は約束を守る、守る! それだけで、あたしは村長が大好きだぞ、だぞ!」



 どこか照れたような、勢いに任せないと言葉が出ない雰囲気のサンコちゃんに笑いかけ、私は彼女を抱き上げて礼を言う。

 そして彼女を下ろすと、台所にゼラチンと水、砂糖を用意してこれがキラキラのもとだと教える。



 ナパージュを作り、その後にフルーツをサンコちゃんと一緒に切っていると彼女がポツリと、成就されたのかそうじゃないのかわからない約束は――と、呟いた。



「うん?」



「お願いごとっていうのは、その人の約束、約束。色んな色んなものだったり、色んな色んな出来事だったりに願いを言う。人間は、人間の力でしか願いを叶えられない、叶えられない。だからあたしはそれを聞いていた、聞いていた。でも、ほとんどが途中で諦めた、諦めた。そして叶った人もあたしと約束したのに、教えてくれなかった、くれなかった。あたしはそうして忘れられていった約束の残滓、残滓」



 私は手を止めたサンコちゃんの目に合わせて膝を屈め、そしてまっすぐと彼女の目を見つめて頭を撫でる。



「じゃあ今度は、私がサンコちゃんの約束を聞こう。たくさん約束しよう、そしてそれを叶えよう。あべこべだって? 何を言う、サンコちゃんが私に約束をして何もおかしいことなんてないじゃないか」



 涙を浮かべた瞳でパッと花咲くようにはにかんだサンコちゃんが包丁を置いて飛び込んできた。

 そして約束していいのかと何度も尋ねてきたから私は頷いて返事をした。



 すると腕の中のサンコちゃんが大きく息を吸った。



「あたしは誓約、誓約! あらゆる約束を聞き入れ、交わした誓いをともに成就する、する! これから先、どれだけ困難な約束を村長が交わしても、交わしても! あたしが見届ける、見届ける!」



「うん、頼もしいね。だからこれから一緒にどんどん約束しよう。私はそれをサンコちゃんに約束するよ」



「うん、うん!」



 そう言って改めてお菓子作りを再開し、おやつの時間になるまで2人でお菓子の勉強会をするのだった。

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