追加エピソード ベンの過去④ 日常の終わり 第7話後

 俺とジュリアはその日から、付き合うことになった。と言っても、深夜にバイクで二人乗りをして町中を走り回ったり、学校ですれ違いざまに文通をするくらいだった。本当に清い交際だ。彼女の兄貴、ケリーに付き合っていることが見つかれば、俺がタダでは済まないからだ。彼にばれないように、夜に出かけるときは大丈夫かどうか懐中電灯の明かりでサインを送りあって確認するようにしていた。


 そうして、付き合い始めてから一か月ほどしたある日だった。また二人で深夜に抜け出して町の公園でベンチに座って話していると、俺は前から言おうと思っていたことを口にした。


「なあ、プロムに俺と出ないか」


「本当はそうしたいけど……私、ドレスを持っていないのよね。だから行きたくても無理なの」


「そんなことないよ。君が欲しいなら俺がドレスを買ってあげるよ。確か、初めてデートに行ったときも店でドレスを見てたよな。あれが欲しいのか。なら今度買ってやるよ」


「そんなのいいわ」


「なんで、俺が買うから。遠慮するなって」


 そう言うと、彼女は言うかどうか迷う顔をして、こちらを不安げに見つめながら口を開いた。


「ここまでしてもらって言うのも何だけど、あなたのそのお金、誰かから巻き上げたものでしょ。あなたのうわさを学校で小耳にはさんだの。だからそうやって手に入れたお金で何かプレゼントされても素直に私は喜ぶことはできないわ」


 意外な答えが返ってきて、俺は面食らってしまった。



 ・・・



 俺は次の日、新聞でアルバイトの求人を探した。近くのコンビニは万引きの前科があるから雇ってもらえないだろう。アイディアが自分で出てきそうにないので、食堂で飯を食うときに、仲間に相談する。


「アルバイトしようと思うんだが、どこがいいと思う」


 そう切り出すと、三人ともしばらく固まってしまった。ゴードンに至っては食べていたものが喉に詰まって苦しそうにしている。


「どうしたんだ。女とくっついて、頭でもやられてしまったか」


 とフランキーが心配そうな顔で言う。


「ちがうよ、ちょっと金が必要なんだ」


「なら、いつもみたいに適当に巻き上げようぜ。それにほら、すぐに必要なら貸すよ」


 とマイクが財布を取り出した。


「いや、今回はそういう訳にはいかないんだ。ちゃんと、正規の方法で手に入れないといけない」


「そうなのか」


 とそこでゴードンが咳き込みながら言った。すると、マイクが話し始めた。


「まあ、ここら辺の小さなスーパーやコンビニは前科があるから無理だろう。となると残るは、この街で一番大きなスーパーのあそこくらいじゃないかな。あそこは防犯設備が厳しくて行ったことがないし。気軽にやるならそこがいいと思うよ」


 そう言われて俺はやはりそこしかないかと少し気持ちがどんよりとした。


 ・・・



 町一番の大きさを持つそのスーパーは毎日たくさんの人々であふれかえっていた。品ぞろえも豊富なため接客業務と陳列作業のどちらも過酷を極めると言われていた。そのため、一年を通して従業員不足にその店は悩んでいた。


 だが、お陰で俺は雑に書いた履歴書を提出しただけで採用が決まった。想像していた以上に、そこでの仕事は大変だった。毎日、品物の棚の位置やら接客マニュアルなどたくさんのことを覚えねばならず、一筋縄ではいかなかった。少しミスをしただけで上司や客に怒鳴られるのでいつ殴り掛かるのか自分でも不安で仕方なかった。だが、彼女にドレスを買うという目標が俺を自制した。


 そうして、俺の毎日は学校、バイト、ジュリアとの外出のローテーションを毎日繰り返した。ほとんど眠る暇もなく、学校の机に突っ伏していると、フランキーたちが声をかけてきた。


「よく、続いてるな。俺はお前がすぐやめるに賭けたのに損したぜ」


 とフランキーは言う。


「マイクとゴードンはどうなんだ」


 と俺が質問すると、マイクは「二週間」、ゴードンは「三週間」と答えた。誰も、一ヵ月持つと思っていないらしい。俺は少し悲しく思いながら、あきれたため息をついた。



 ・・・



 バイトが休みの日に俺は隣町のショッピングモールに行った。アルバイトしようにも、目的のものの値段がわからなければいつまで働く必要があるかわからないからだ。ショッピングモールに着くと、彼女が覗き込んでいた店に向かう。店には目的のドレスはもう飾られていなかったが、店員に話をすると、在庫はまだあるようだった。ついでに値段も聞く。やはり、店に飾られただけあって他のドレスに比べて高かった。だが、二か月も働けば稼げる金額だ。俺はまた買いに来る旨を伝えて、店員に取り置きするようにお願いした。


 その日の夜は、またジュリアと町の外れの草原に行った。寝そべると、俺は日々蓄積されてきた疲れで睡魔に襲われそうになる。


「最近疲れてるけど、何かあった?」


「いや、別に。ただちょっと疲れてるだけだよ」


 あのドレスのことは彼女には秘密にしていたかった。だから、アルバイトのことも彼女には話していなかった。話の流れを変えようと別の話に切り替える。


「それより、今度どこに行くかそれを考えようぜ。どこがいいかな。もう町のスポットはほとんど行ったからな。卒業すれば、こんな町とおさらばして、もっといろんなところに行けるんだけどな」


「そうね」


 そう言うと、彼女は急に暗い顔になった。


「実は……いや何でもない。また今度話すことにするわ」


「そうか」


 その後、俺はジュリアと次に会う日を約束して家に帰った。



 ・・・



 とうとうこの日がやってきた。給料日だ。我ながら二か月働くことができるとは思っていなかった。早速、隣町のショッピングモールに向かう。店で取り置きしてもらったドレスを受け取ると、すぐジュリアの家に向かった。彼女の話から、今日の夕方に兄のケリーがいないことは確認済みだ。


 念のため、バイクを少し離れた所に止めドレスの入った箱を持って、彼女の家に向かう。彼女の家まであと少しというところで後ろから声を掛けられる。


「おい、お前」



 と後ろから呼び止められた。聞き覚えのあるその声に嫌な予感がして振り向くと、そこにはジュリアの兄、ケリーがいた。


「最近、ジュリアの様子がおかしいと思っていたが、こういうことだったのか」


 とケリーはこちらに近づきながら言った。そして、俺に十分近づくと、ドレスの入った箱を俺からひったくった。


「返せよ」


 と手を伸ばしたが、そこでケリーは俺の腹を膝で蹴り飛ばした。あまりの痛みにその場にうずくまる。ケリーは箱を振ると、箱の包装を乱暴にやぶいて、箱を開けた。


「ドレスか。こんなもの、ジュリアに渡してどうするつもりだったんだ?」


 俺は痛みをこらえながら言った。


「それを着た彼女と一緒に卒業式のパーティーに出ようと思ったのさ」


「俺がそれを許すと思ったのか?」


「お前の許可なんか関係ない。俺とジュリアがそうしたかったんだよ。お前こそ、なんでジュリアにひどいことばかりするんだ。兄貴なんだろ? 妹離れしろよ」


 と俺は立ち上がりながら、挑発するように言った。すると、ケリーは顔を赤くしながら言った。


「お前は知らないかもしれないがな、俺は自分の家を守ったんだ。俺がお前くらいの時だ。両親はやばい連中に借金して、返せなくなった。毎日のように取り立て屋が家に来て、両親を脅迫したさ。あと少しで、母親もジュリアも奴らに連れていかれるところだった。だから、ある日俺は取り立てに来た連中の組織に入れてもらうようにお願いしたんだ。『何でも仕事をするから借金のことは許してくれ』とな。何度も頼み込んで、ようやく組織に入れてもらえた。そして、俺は組織に言われた仕事は何でもした。『うまくやれば、借金は無かったことにしてやる』って言われてな。それで、俺は成功して家の借金をすべて帳消しにした。俺がいなければ、この家は終わっていたんだ」


「だからって、彼女にどうしてあんな酷いことをするんだ!」


「それは当たり前だろう。俺は家族のために身を粉にして働いた。だから、今度は家族が俺に返す番だ。ジュリアには組織の上の連中と結婚してもらうつもりだ。俺の出世のためにな。だから、お前みたいなのは邪魔なんだよ」


 ジュリアがこの前会った時、暗い顔をしたのはこれが理由だったようだ。前からきっとこのことを聞かされていたのだろう。卒業した後も彼女に自由は無かったのだ。


「そんなのおかしい。そんなの家族の形じゃない。お前は所詮、何かを支配しないと気が済まない小さい男なんだよ」


 散々、母親を困らしてきた俺が言うのもおかしかったがつい口からそんな言葉が出ていた。


「お前のようなクズ野郎がジュリアの兄貴なんてもったいなすぎる。お前が何をしたか知らないが、ジュリアを好きにできると思ったら大間違いだ。この勘違い野郎」


 そこまで俺が言い切ると、ケリーはこちらを強く睨めつけ怒りで体が震わせた。


「お前は自分の立場が分かっていないらしい。わかった、ならこうしよう」


 そう言うと、ケリーは上着のポケットからあるものを取り出す。銃だ。


「お前はこれの使い方を知っているか? 安全装置を外して、こう握るんだ」


 そう言いながら、銃口をこちらに向ける。俺は何も言えず、黙ってしまった。頬に冷や汗が流れる。


「さっきまでの威勢はどうした? 何とか言ってみろよ」


 そう言いながら、ケリーは銃口を俺の頬に押し込む。


「所詮、口だけのガキってことだ。お前はただの非力な学生なんだよ。勘違い野郎はお前の方さ。なあ、勘違い野郎?」


 と、ケリーは俺を嘲笑する。


「力のない奴は、力あるものに従う。それが、人間社会のルールってもんだ。だから、俺は組織に入って従った。お前も馬鹿じゃないなら、さっさと帰れ。さあ早く!」


 そう言いながら、俺の頬に当たる銃口をぐりぐりとさらに押し付ける。俺は怒りで拳を強く握った。ケリーに対しての怒りに合わせて、無力な自分が許せなかった。せめてもと、俺はケリーを睨めつける。ケリーは薄ら笑いを浮かべている。こんな奴の言うとおりに動かねばならない自分が悔しくてたまらなかった。この先、ジュリアはこいつに道具として使われるのだろう。


「さあ、さあ、さあ! 早く帰れよ!」


 徐々に怒りと悔しさで思考がまとまらなくなってくる。俺はここで帰らなければならない。他に選択肢はないはずだ。なのに足は動かない。思考はさらに加速する。ジュリアのこと、自分のこと、ケリーのこと、全てが支離滅裂に絡み合い爆発を迎える。


 次の瞬間、自分でも信じられない行動に出ていた。頬に当てられていた銃を掴み、ケリーから奪い取ろうとしたのだ。ケリーは「クソッ」と言いながら、銃を取られまいと強く引っ張った。俺は銃口の向きに注意しながら、何とかケリーの腕を銃から引きはがそうとする。銃口の向きが定まらないなか、弾丸が発射される。一発目の弾丸は近くの交通標識の看板を貫いた。そして、二発目はアスファルトの道路に命中する。


 お互いに銃口をこちらに向けまいと激しく揉み合う。そんな時、3発目の弾丸が発射された。無我夢中だったので銃口がどの方向を向いていたかわからない。だが、ちょうどその時、急にケリーの力が抜けて、俺は銃を簡単に奪うことができた。銃口をケリーに向けようとしたが、ケリーは地面に仰向けに倒れてしまった。


 恐る恐る倒れているケリーに近づいて様子を確認する。すると、ケリーの顎に銃弾が貫いた跡があった。ケリーは目を見開いたまま、動かなかった。急に恐怖が体を襲い、俺は銃を捨てて、近くの交差点の角に隠れた。


 しばらく角からケリーの方を眺めていると、さっきまで家の中にいた住人たちが銃声を聞いて、外に出てくる。そして、ケリーの死体を見つけて騒ぎ始めた。


「何かあったの?」


 住民たちの声に交じって聞き覚えのある声がする。ジュリアの声だ。住民の一人がケリーの方を指さしながら、何か話している。そして、彼女は兄の遺体が目に入ると、走り寄った。


「兄さん、どうして……どうしてこんなことに!」


 と彼女は泣き叫んだ。俺はその時思い知ることになった。自分の犯した過ちを。あんな兄でもジュリアにとってのは唯一の兄だったのだ。俺はそれを殺してしまった。そこまで考えると俺をさらなる不安が襲う。普通なら、この事件は正当防衛で済まされるかもしれない。だが、俺は今まで様々なトラブルを起こしてきた。真実を話したとして、誰が信じてくれるだろう。ケリーと俺が揉めていることは学校のほとんどの人間は知っていた。


 逮捕される。それが俺が考えた末に至った結論だった。急いでここから逃げなければ、とただそう思いバイクでその場から去った。そして、家に向かうとカバンに着替えや水などの最低限の荷物を積める。そして、母親の部屋に行くと、クローゼットのドアを開き冬物のコートのポケットに入った母親のへそくりを取り出した。


 それを自分の服のポケットに入れると、カバンを背負って、今度はバイクで駅に向かった。駅に到着すると、バイクをそこら辺に乗り捨て、切符売り場に走る。なるべく遠い駅の切符を買うと、俺はホームに止まっていた電車に飛び乗った。


 電車がゆっくりと走り出す。今までずっと暮らしてきた町とはもうお別れだ。自分が中途半端な生き方をしてきたばっかりに、そして、何も考えずに行動をしたばっかりにこのような結末になってしまった。ジュリアも救えず、ずっと続くはずだった未来までも失ってしまった。電車に揺られ不安に押しつぶされそうになりながら、俺は窓の外の風景を茫然と眺めた。


 



































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