追加エピソード ベンの過去③ ベンの覚悟 第7話後

 目を覚ますとどうやらそこは病院のようだった。初めは学校の医務室かと思ったが、ナース服を着た看護師が作業をするのが目に入りそうでないと分かった。そして、ベッドの横を見ると目が覚めて見たくない顔トップツーがそこにあった。校長と母親だ。校長と目が合ったが、すぐに逸らす。校長の横にいた母親が俺の意識が戻ったことに気がついて、ベッドに横たわったままの俺に抱き着いてきた。


「本当に良かった……心配したのよ。急に学校から連絡があって。本当に……」


 あまりにもきつく抱きしめるものだから、怪我をしたところが痛くてうめき声を上げそうになる。母親に抱きつかれるのが校長の前では恥ずかしかった。しばらくどうしたものかと考え込んでいると、校長が話しかけてくる。


「また、何かトラブルを起こしたようだな」


 校長はこちらが怪我人であるにもかかわらず、きつい声音だった。母親もようやく俺から離れて、会話を聞きに入る。


「今回は俺のせいじゃないよ」


「『今回は』か。確かに今回は君に大きな落ち度は無いようだな。周りにいた生徒の話からして、君が一方的に殴られたようだね。だが、一つだけ言っておくカーソンには関わらん事だ」


「カーソンって誰だ」


「ジュリア・カーソンだよ。ここまで言えばわかるだろ」


 彼女のファミリーネームを俺は初めて知った。校長の口ぶりから察するに彼女について何か知っているようだった。


「どうして、そんなことを言うんだ」


 そう言うと、校長は窓の方に歩いていってそとの景色を見ながら考え込んだ。そして、振り返って俺と母親の目を交互に見ると話し始める。


「今から話す内容は他言無用に願いたい。実はカーソン家の長男ケリーは反社会的な組織に関わっていると噂されている。ジュリアは当校に在籍しているが我々はあまり関わらないようにしてきた。下手に関わると、学校全体を危険に晒しかねない」


 そこまで話すと校長はベッド脇のテーブルに置いてあった置いてあったミネラルウォーターのペットボトルを手に取り、蓋を開けると少し飲んだ。


「今までも、ジュリアに関わろうとした生徒がトラブルに巻き込まれたことがあった。だが、学校として対応できることは何もなかった。警察に相談したが、力にはなってくれなかった。それに動きすぎるといつ報復を受けるかわからん。だから、これまで私たちはあの一家に関わらんようにしてきた。君も彼女には関わらんようにしてくれ」


 校長は普段の俺との話し方と違い、落ち着いた口調で話してきた。だが、俺は校長の言っていることが納得できなかった。


「あんた普段はきれいごとばかり並べるくせに、困ってる生徒一人救えないのか」


「私だって、できればジュリアのことはどうにかしたいと思ってる。だが、私は学校全体のことを考えねばならん。生徒一人のためにリスクを負うことはできない!」


 確かに校長の言うことは正しかった。だが、『中途半端に生きるな』と何度も言ってきた校長が、こうした問題に関して妥協していることが許せなかった。


「それでも俺は納得できないな。所詮、あんたは俺たちみたいな奴はどうでもいいんだよ。大半の優秀な生徒が無事に卒業できればそれでいいんだ」


「そんなことはない!」


 と校長は声を張り上げて言った。だがそこで、ようやく母親が会話に割って入った。


「校長先生、申し訳ありません。うちの息子が大変失礼なことを……本当に申し訳ありません。ベンも校長先生に謝りなさい」


 そう言われたが、俺は顔を背けて無視した。それを見て、母親はさらに謝罪の言葉を並べ立てる。その後、校長は病室から出て行った。母親は「今日は一晩そばにいる」と言ったが、鬱陶しいと感じたので無理矢理にでも帰らせた。


 校長の話を思い出しながら、俺は考えを巡らせる。ジュリアがなぜ一人でずっといたのか、門限をなぜあれほど気にしていたのかそれがようやくわかったのだ。全ての原因は昨日出会ったジュリアの兄”ケリー”だ。きっとあいつのせいで今までまともな外出もできなかったのだろう。そして友達と付き合うことも。俺はどうしたものかと考え込むうちにその日は眠ってしまった。



 ・・・



 俺が退院したのはそれから、1ヵ月後だった。足やら、腕やらの骨が折れていたせいで思った以上に入院が続いてしまった。一番の不安は背中の怪我だったが、幸運なことに後遺症は残らなかった。退院した後もしばらく松葉杖が離せなかったこともありしばらく俺は学校をサボった。母親はそのことに関して何も言わなかった。たまに外に出て、フランキーたちと軽く飯を食うか病院にリハビリに行くくらいで後はずっと家の中にいた。あの事件から2か月くらいすると、ようやく俺も前のように体が動かせるようになっていた。だがその間、俺はジュリアに一度も会わなかった。


 ある日の深夜、俺はなぜか目が覚めてしまった。耳を澄ませると、女のすすり泣く声が聞こえる。きっと母親だろう。母親はたまにこうして俺の父親のことを思い出しながら酒を飲み、泣き始めるのだ。俺はそれにうんざりしていた。今回は俺が怪我をして、心配をかけたのが引き金かもしれない。だが、そんなことは知ったものか。俺はもう一度寝ようと試みたがうまくいかなかった。そこで、仕方なくベッドから起き上がると服を着替えてそっと寝室から出た。そして、玄関に向かい、扉の音をたてないように外に出た。


 俺は古いアパートの3階に住んでいた。外の廊下に出ると、ゴミが至る所に散乱していて嫌になる。そうしたゴミをよけながら、階段に向かう。階段を駆け足で降りると、アパートの管理人から借りている倉庫の前に立つ。鍵を使って倉庫の扉を開けると、中にあるバイクを押し出した。


 アパートの前の道路まで押していくと、バイクに跨ってエンジンをかける。そして、車の一台もいない夜の道をバイクで走った。こうして気分が滅入ったときに行くところは決まっている。


 町のはずれにある丘の草原が俺のお気に入りのスポットだった。ここには普段の仲間も連れてきたことがない。昔、土地開発の予定地だったらしいが会社が倒産してとん挫したらしい。それ以来、ここは広大な草原をのこして、周りにだれも住んでいない静かな場所となった。俺はここに来ると、この広い土地を独り占めしたような気分になる。俺はそれがとても気持ち良かった。俺は草原の上に仰向けに寝転がって夜空を見上げる。町の明かりが届かないからか、空にはたくさんの星たちが輝いていた。普段ならこれで満足できた。だが、今日は違う。何か物足りなくなっていた。俺はここで感じるこの気持ちを彼女と共有したいと思った。そうジュリアと……


 ジュリアと一緒に草原に寝そべってこの星空を見上げたい。俺は強くそう思った。学校や校長が何だ! あのクソ兄貴なんて構うもんか。俺は明日また行動に出ようとその時決心した。


 ・・・



 次の日、俺は学校の帰りに校門近くで彼女を待ち伏せした。そして、彼女が校門から出てくるのを見つけるが声はかけない。そのまま彼女を尾行する。しばらく歩くと、この前バイクで送った住宅街まで来た。そしてそこからさらに5分ほど住宅街の通りを歩くと、彼女はとある家の前で止まり、門を開けて中に入った。ここが彼女の家かと思い、見つからないように家の周りを観察する。彼女が家に入ってしばらくすると、二階の窓のカーテンが開いて彼女の顔が見えた。あそこが彼女の部屋なのだろう。どうやって、あそこまで行こうかと家の裏手に回り込みながら考えていると、庭にちょうどいい木が生えていた。


 深夜、家を出るとバイクに乗って彼女の家の近くに向かった。彼女の家から少し離れたところにバイクを停めると、彼女の家の裏手に回り込む。近くにある車輪付きのボックス型ごみ箱をそっと彼女の家の塀に付けると、ゴミ箱を足場にして塀を飛び越えた。そして、彼女の庭に生えている木に登る。そして、彼女の部屋の窓の近くまで伸びている頑丈な枝を少しずつ、慎重に渡ると窓の下にあるひさしの上に音を立てないように飛び乗った。


 ここからが本番だ。彼女の部屋の窓をノックする。もしここが彼女の部屋じゃなかったり、他の人間が出てくれば俺は終わりだ。彼女が出てくれるのを信じる。だが、しばらくたっても反応はなかった。不安になりながらも、もう一度ノックする。するとゆっくりとカーテンに隙間が空いた。そして誰かがその隙間から目を覗かせる。その蒼い瞳を俺は忘れていなかった。ジュリアだ。俺は手を振って笑顔を送った。するとカーテンが開かれ、彼女は驚きの表情を見せながら窓を開けてくれた。俺は、窓から彼女の部屋に入る。


「どうしてきたの! 殺されるわよ」


 ジュリアは小さい声で俺に言った。俺の身を案じてくれることに感謝しつつ俺は答える。


「そんなのは分かってる。でも君ともう一度どこかに行きたかったんだ。今なら、あの兄貴も寝てて、チャンスなんじゃないのか?」


「でも、危険すぎるわ。今度私といるところが見つかったら……あなたは」


「じゃあ、一つだけ言っておく。俺は君と一緒にいたい。それだけだ。君にどんな事情があってもそんなことは関係ない。君が行きたくないなら俺は無理に誘わない。今すぐにでも兄貴を呼んで俺を殴らせればいいさ。でもな、行きたいのに我慢してるんなら俺はジュリアが『行きたい』って言うまでここから動かないぜ。どうする?」


 そこまで言うと、ジュリアは困った表情を浮かべて俯いてしまった。そんなジュリアの肩をポンと叩き、


「正直に言ってくれ。朝方には間に合うように帰るからさ。この前みたいなミスはしないよ」


 そう言うと、彼女は顔を上げてこちらの目をまっすぐ見つめてきた。俺も視線をそらさずに見つめ返す。


「少しだけよ」


「わかってる」



 ・・・



 二人で窓から家を出ると、バイクで草原に向かった。前回とは違って彼女は二人乗りをする際、もう怖くないのか優しく俺の体に手をまわした。バイクに乗っていると、夜の風が一層寒く感じるが、その分後ろから彼女のぬくもりをを感じた。


 目的地に到着すると、彼女を草原の中央まで案内した。彼女は意外そうな顔をしながら言った。


「ここがあなたの連れてきたかった場所?」


「ああそうだ。どこか騒がしい場所にでも連れていかれると思ったのか? まあ、俺はそれでもいいけど。でも、そういう場所は誰に見られてるかわからないからな。それに今日はここを君に見せたかった。ほら、そこに座って」


 そう言って、俺はいつも寝そべっているお気に入りの場所に座るよう促す。彼女が座ると、その横に寝そべった。それを見て、彼女も寝そべる。


「星がきれいだろ。俺は嫌なことがあるとここに来るんだ。こうして空を見ていると、毎日のトラブルに悩んでいることが馬鹿らしくならないか」


「あなた、星が好きなの? 星座とかは詳しそうにないけど」


「星座なんて知らなくていいんだよ。あんなの一部のインテリが星に関して御託を並べるために勝手につけたもんだよ。星はただそこにあるからいいんじゃないか」


「あなたって意外とロマンチストなのね」


「今頃知ったのかい」


 そんなやり取りをしていると、なんだか急に可笑しく思えた。いつの間にか俺も彼女も微笑んでいた。


「あなたが初めてよ。兄に脅されても、私に会いに来たのは」


「それは光栄だね」


「どうして、今日私に会いに来たの?」


「それは、君が俺にとって初めて何とかしてやりたいって思えた人だからだよ。今まで、自分さえよければ他はどうでもよかったはずなのに」


「そうだったの、それは光栄だわ」


 そう彼女は茶化して言い返す。どうして、そうした心境の変化があったか当時の俺にはわからなかった。自分より不幸な人間がいることに気づいて、自分でも人のために何かできるとそう感じたのかもしれない。


「付き合ってみない……俺と。今日みたいな時間だったらさ、またどこか行けるかもしれないし」


 そう言われて、彼女はうれしさと不安が混ざったような顔をする。


「あなた、本当に大丈夫。この前みたいなことがまた起こるかもしれないわよ」


「構うもんか。兄貴が怖くて、恋愛ができるか!」


 そう言うと、彼女は不安そうな表情を潜めて、笑い出した。


「あなた、本当にバカね」


「ああ、俺は校長が認める大馬鹿野郎さ」














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