第25話 車内の会話-PART2-

 どうにか、二人で下水道の入り口まで戻ることができた。さっきは一時、どうなるかと思ったが、無事に成功した。ブライアンは、「お前のおかげで何とかなった」とこちらに向けて礼を言うと、車に向かって携帯で連絡をする。


 俺とブライアンは悪臭を放つダイビングスーツを脱ぎ捨て、清潔な白いタオルで体中を拭いた。だが、それでも臭さはなかなか取れない。こんな時のためにと持ってきた男性用の香水なども使ってみたが、中途半端ににおいが残る分、逆に臭さが鼻を突いた。


 そんなこんなで着替え終わると、臭いスーツをケースに詰め込み厳重にふたをする。そして、俺はかばんの爆弾を手に取ると、ブライアンに問いかけた。


「こいつはどうするんだ」


「そいつは危ないから一旦持っていく。その後きちんとしたところでなるべく早く処分する。とりあえずケースに詰めとけ」


とブライアンは言った。そう言われて俺の持っていた予備の爆弾も箱に詰めると、トランクに入れた。


 そして、ブライアンは簡単に車の周りを点検すると、「行くぞ」と言って車に乗り込んだ。俺も悪臭がまだ気になっていたが、助手席の方に回り込んで乗り込む。



 ・・・



 ブライアンから連絡を受け取ると、その男はポケットの中の遠隔装置を握った。通りの向こうから車がやってくる。オープンカーの後部座席の市長は笑顔で手を振りながら、民衆の歓声にこたえていた。その男の横には妻とみられる女性が一緒になって手を振っている。


 車が近づくにつれて、男の周りの歓声が大きくなっていく。男は前方のマンホールと車を交互に見ながら、遠隔装置のスイッチに指をかける。


 そして、とうとう市長の乗った車がマンホールに上に到達した。男はためらいなくスイッチを押す。


 すると、大きな爆発音とともに車は少し浮いたかと思うと、木っ端みじんに吹き飛び、爆風が男の周りにも飛んできた。一瞬にして、歓声は悲鳴に変わった。警察官たちが、吹き飛んだ車の周りに集まり、市長の安否を確認しに来る。男は警官の様子から市長の暗殺に成功したと踏んで、その場を後にした。



 ・・・


 俺とブライアンは街から離れ、遥か東方へ目指すために高速に乗った。外は快晴で、体から悪臭がしなければどれほど気持ちよかったことだろう。ブライアンはラジオをかけて、市長がどうなったのか確認しようとしている。俺は疲れと気持ちいい太陽の光のせいで、このまま寝てしまいそうだった。そこで、ブライアンの方を見て、彼に話しかける。


「どこまで行くつもりなんです?」


「夕日が沈むまでに行けるところまで行く。幸い今のところは検問にかかってないしな。だが、状況によっては高速で検問が始まるかもしれん。今日は降りた街でホテルを取って休むぞ。今日は交代で寝ること……来たぞ!」


 とブライアンが話してる最中にラジオに緊急速報が入った。


『今、入った情報によりますと、今期市長に就任したクラーク・ジョンソン氏がパレード中、謎の爆発により亡くなりました。今回の事件に関して……』


 ラジオでニュースが流れるのを聞いて、ようやく自分たちの犯した罪というものを強く実感した。俺は無実の人間を殺害したのだ。俺は罪の意識に苛まれるのが嫌でラジオをあまり聞き続けないようにした。一方で、ブライアンは眉間にしわを寄せながら、ラジオに耳を傾け続けている。ここが、俺と彼の違いなのだ。彼もきっと心の中では自分を責めているのだろう。脅されたとはいえ、無実の人間を惨殺する片棒を担いだのだ。しばらく沈黙が続いたが、ようやく俺はあることを思い出す。そして、ラジオが一旦終わるのを待って話し始めた。


「ブライアン。よく思えばこれで引退なんだよな? 引退おめでとう。まあ、こんな時に言うのはあれかもしれないが……」


「ああ、ありがとう」


 とブライアンは眉間に寄せていたしわを戻して、俺の方を見て言った。


「それで、前の写真の女性、セリーナには会いに行かないのか? もう引退したんだし、会いに行っても……」


 と言うと、ブライアンは顔を曇らせながら、


「いや、会いに行くつもりはない。彼女とは15年近く会ってないしな。それに彼女は俺のことを恨んでいるだろう……あんなひどい目に遭わせたからな」


 と言う。そんな話をしていると、俺はケイトのことを頭に浮かべた。俺は結局、彼女に本当の仕事のことを話さなかった。彼女を危険に巻き込みたくないという考えでもあったが、よく考えると彼女に拒絶されるのが怖かったのかもしれない。


「セリーナはブライアンの仕事について知っていたのかい?」


「ああ、確か付き合い始めて、一年目くらいに俺は話したが、それがどうした?」


 とブライアンは不思議そうに質問で返した。それに対して、ブライアンの方をしっかりと向きながら答える。


「彼女はブライアンが殺し屋だって、分かってて付き合ってくれてたんだろ?なら、彼女だって覚悟はできてたはずだよ。この先、危険な目に遭うって! だからさ、その時のこともきっと許してくれるよ」


「だが、俺は殺し屋だ。今まで犯してきた罪は計り知れん。こんな俺が会うことが許されるのか?俺は確かにクズ野郎もたくさん始末してきたが、今日みたいに無実の人間も殺してきた。彼女が許してもそんなことは関係ないんだ……」


 答えながら、ブライアンは少し語気が強くなったが、後半はまた冷静さを取り戻していた。俺は真剣な顔をブライアンに向けて言う。


「確かに、俺たちの仕事は世間様に褒められたもんじゃない。だけどブライアン、あんたは他の同業者とは違う。俺はあんたに何度も助けられた! それに、あんたは仕方なくこの仕事をしてたんだろ? 殺しを肯定してるようなやつとは違う。これから、懺悔の時間はたくさんあるさ。だから、少しだけでも彼女に会ってきてくれよ。俺はあんたに幸せになってほしいんだ。これは俺からのお願いだ」


 そう言うと、ブライアンは少し考えこんだ。運転は普通にしているものの、意識は少し違うところにあるようだ。そんな、ブライアンを俺はじっと見つめる。だが、しばらくすると、ブライアンは口元を緩め、急に笑い出した。


「言うようになったな! お前も……もし、彼女に怒られたらお前のせいだからな」


 とブライアンはこちらを指さしながら言った。それに対して俺も口元を緩めながら、


「大丈夫ですよ。俺も行って、フォローしますから!」


「なんで、お前が付いてくるんだよ! 邪魔だ!」


 とブライアンは微笑を浮かべながら言う。ブライアンと初めてこんな風に話すような気がする。朝から嫌な仕事をさせられたが、俺は今、彼とこうして話せてとても幸せだった。


「それより、お前はこれからどうするんだ」


 と今度はブライアンが訊ねてくる。


「何とでもなりますよ」


 と俺は答えた。そんな話を終えて、助手席の窓を何の気なしに見た時だった。サイドミラーに大きな黒いジープが写っていた。次の瞬間、ジープの両側の窓が開き、アサルトライフルを持った男たちが顔を出した。


「伏せろ!」


 とブライアンも気付いたのか大声を上げる。それとほぼ同時に複数の銃弾がブライアンのバンに目掛けて放たれた。



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