第22話 ボスとの会話

「で、その頼みと言うのは?」


 とブライアンが質問する。すると、ボスではなく扉の近くに立っていた。マディソンが話し始めた。


「この前の抗争で我々に対する風当たりはなお一層強いものになっている。そこでまずは現状の立て直しが迫られるところなんだが……そんな時にこんな男が登場した」


 と新聞を俺たちの前のテーブルに放り投げた。一面には、白人の男性が人々に向かって笑顔で手を振っている写真が掲載されていた。新聞の見出しによると、次のこの街の市長に当選したらしい。そして、今度はボスが話す。


「その男、クラーク・ジョンソンは我々に対して取り締まりを強化することを公約に掲げ当選した。今、彼は国の有力な検察官や捜査官を集めて我々に対抗しようと戦力を集めている。奴の当選を様々な手段で妨害しようと試みたが、うまくいかなかった。それほど、前回の抗争が世間の反感を買ってしまったということだろう。そして、調べたが彼の経歴に我々の武器になりそうなものはない」


 そこまで、言うとブライアンは依頼の正体が分かったらしく、


「それでこのクラークって男を始末しろってことかい? 冗談はよしてくれよ。市長の暗殺なんて、必ず捕まってしまう。どんなにうまくやろうとな! 今回ばかりはお断りだ!」


 と言って、俺を連れて部屋を出ようとする。だが、それをマディソンは扉の前に立ち妨害した。するとボスは、


「マディソン! 彼にあれを見せてやってくれ」


 と言った。すると、マディソンはジャケットの内ポケットから一枚の写真を取り出し、ブライアンに渡す。それを見て、ブライアンは驚愕の表情を浮かべて、マディソンを、そして振り返って奥にいるボスをにらみつけた。


「どこでこれを?」


 すると、マディソンは


「私たちが聞いているのは、依頼を受けるかどうかだ。他のことに答える義理はないね!」


 と言った。ブライアンは頭に血が上り、拳を握り締めた。一体何が彼をそこまで怒らせるのだろうと、ブライアンの持っている写真をのぞき込んだ。すると、その写真には一人の女性が写っていた。


「この仕事を成功させれば、報酬は弾むぞ。さらにお前の望んでいたように引退させてやる。どうだ?」


 とボスは言った。


「この任務には拒否権は無いということだな?」


 とブライアンは声を震わせながら言った。それに対してボスは何も言わなかった。その態度を見て「わかった」とブライアンが言うと、ボスはマディソンに対して「お前も今回はサポートに回れ」と指示をだした。マディソンは「もちろん」と言いながら、嫌みな目つきでブライアンの方を見た。




 ・・・


 ブライアンとベンが部屋を出た後、ボスはマディソンに語り掛けた。


「この作戦が成功したら、後はどうするかわかっているな?」


「それももちろんです」


 とマディソンはいやらしい笑みとともに答えた。



 ・・・



 ブライアンのバンに乗ってホテルの駐車場から二人で出た。ブライアンは思いつめた表情のまま、車を運転している。そんな彼に俺は話しかけるのだった。


「さっきの写真の女性は誰なんだい?」


「あれは俺が若い時に付き合っていたセリーナと言う女性だ」


 とブライアンはこちらも見ずにそう答える。


「それが、さっきはどうしてあんなことに……」


 とさらにブライアンに質問する。ブライアンは話すべきかどうか少し考える。そして、前を向いて運転しながら話を始めた。


「俺は彼女と付き合って、結婚しようとした……そしてその時に、この仕事からも足を洗おうとしたんだ。だが、ボスはそれを許さなかった。当時、俺はボスの右腕だったんだ」


 俺はブライアンがボスの右腕だったことも初耳だったが、女性と付き合っていたという事実の方が驚いた。ブライアンは少しため息をつくと、また続きを話し始める。


「俺は何とか、二人でこの街から出ようとした。だが、組織の人間にばれてしまって、俺と彼女は殺されそうになった。もう、俺だけでは彼女は守れないとそのとき分かったんだ。だから、俺は彼女を逃がして自分だけボスに謝りに行った。そうしたら、ボスは『お前が組織で働き続けることを条件に女を見逃す。』と言ったんだ」


 俺は彼の衝撃の過去に何も言うことができなくなっていた。そんな、俺の様子を一瞥してから、ブライアンは話を続ける。


「組織に戻っても、元のポジションにいられるはずがなかった。俺は平の殺し屋、ボスの右腕には、マディソンがなった。だから、ああして俺に嫌みなのさ」


 とそこまで話し終えたところで、俺のアパートが見えてきた。そのまま車がアパートの前に到着するまで、お互いに何もしゃべらなかった。


 アパートに到着すると、ブライアンが話しかけてきた。


「俺が言うのも何だが……この仕事を続けたいなら、家庭は作らないことだ。お互いに不幸になる。それに、他人に付け入る隙を与えるしな」


 そう、言われて俺は頭にケイトを思い浮かべる。ロッソの時から考えていたことだが、今回のブライアンの話で完全に結論が出たような気がしていた。そして、「わかった」と言った。俺は車を降りて、ブライアンに礼を言おうとする。すると、


「今回の任務は俺一人でやる。あまりに危険だ。それに成功してもこの街を出なくちゃならなくなる……」


 だが俺はそれに対して、扉に左腕を乗せながら車内のブライアンを覗き込んで、反論した。


「そんなこと言わないでくれよ、ブライアン! 俺はあんたのおかげでここまで生き残ってきた。きっと、あんたがパートナーじゃなかったら俺はもう死んでる。だから、最後まで俺はあんたについていくつもりだ。それに難しい仕事だって二人なら何とかなるかもしれないだろ?」


「だがな、ベン。今回は……」


 と何か言おうとするブライアンを遮って続ける。


「ブライアン、前にあんたに言っただろ! 俺は自分の決めた道を貫くって! きっと今回の件で降りれば、俺は後で後悔する。そんなみじめな人生は送りたくない!」


 とブライアンに訴えかけた。ブライアンはしばらく考え込む。


「俺はあんたに恩返しできないほど、色々助けてもらった。だから、今回はそれを返す番だ。この街から出ることになったってそんなことは気にしない。なあ、頼むよ……」


 と言うと、こちらを見て質問してきた。


「そこまで言うなら、今回の仕事にお前を加えてやる。本当にいいんだな?」


「それでいい。『後悔するならやって後悔』って言うだろ!」


 と言って少し茶化した。ブライアンは少し俯きながら、「わかった」と小さくつぶやいた。それを聞いて、今度こそ礼を言ってドアを閉めた。すると、ブライアンはそのまま車を発進させ、通りの向こうに走り去っていった。俺はアパートの前で見えなくなるまで彼の車の方を見つめていた。


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