第24話

試合開始の合図と共に彼がこちらに向かってくる。

どうやら様子を見るという事はしないらしい。

私は全体を見る。

彼の剣筋を、筋肉の動きを、足運びをしっかりと見て振り下ろされる場所を予測し、避ける。


弱い場所は解るが、それではすぐに試合が終わってしまう。

せっかくの対人戦なのだ、すぐに終わらせては勿体ない。

今まで私は魔物や物を『壊す』事を意識して修練していたが、対人戦ではそれがはばかられる事がある。

人から情報を聞き出す場合を想定し、相手を無力化する為の修練をしなければならない。


その修練の第一号がこの試合だ。

私の目は壊す事に特化し過ぎている。

それを無力化する為にはどうすればいいか?


弱点だけを見るだけでは足りない。

相手の息づかい、些細な視線の動き、空気の流れすらも捉えるのだ。


修練中も感じた事があるこの集中力が上がり、研ぎ澄まされていく感覚。

方向性は間違っていない、ならば突き進むのみ。


「くそっ!


何で当たんねえんだ!」


「それは私の眼がよく見えているからだよ」


ただ、集中力を使うこの状態は今はそんなに長く続きそうにないな。

また修練を重ねなければいけない。

仕事をする前に出来るだけ強くなっておかねば。


彼の剣筋を見切りつつ、突きを叩き込んでいく。

自分の剣は擦りもしないのに、私の剣だけ当たる事に相当苛立ってるな。

観客もヤジを飛ばすし、冷静ではいられないだろう。


だが、彼の闘志は本物だ。

どれだけ心ないヤジを飛ばされても、どれだけ突きを叩き込んでも折れない心。

何故彼はこんな事をしてきたのだろうか?

もしかすると何か理由があるのかもしれない。

勝負が終わったら聞いてみるとしよう。


「俺はこんなオッサンなんかに負けてる場合じゃねぇんだよ!」


「君は今何と戦っているのかね?


私か?それとも他の何かか?」


「煩え!解った風な口を聞くんじゃねぇよ!」


今の口ぶりからすると彼が戦っているのはどうやら私ではなく別の何かのようだ。

そして、その何かを超えようとしている。

何となくだが、その『何か』予想出来るかもしれない。

そしてもし、その『何か』が当たっているならば私の仕事が始まる時だ。

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