5.そういう特殊な性癖のプレイをしてるわけじゃないからね!?

 しばらくポカンとしていた私は、弾かれたように笑いだした。な、な、なにそれ……っ


「ルカに聞けばよかったんじゃないの」

「それが出来たらこんなこと聞いてない、直接聞いて来いって言わねぇんだよアイツ」

「あはははっ」


 なんだか今まで張り詰めていたのが抜けていくようで、私は笑いすぎて滲む涙を拭いながら言った。


「あきら! 私の名前はあきらだよ、ラスプ」



 ***



 ラスプが空のマグを手に帰っていった後、私の気持ちはいくらか軽くなっていた。そうだよ! 泣いて落ち込んでたって状況がどうにかなるわけじゃないし、状況を少しでも良い方に変えるには自分の頭でちゃんと考えて、一歩ずつ進んでいくしかないよね。


「よし寝よう! 明日に備えて体力回復!」


 状況整理をしてもいいのだけど、何せ今の状況では情報が少なすぎる。明日ルカから色々聞き出すためにも、寝不足のボーっとした頭は避けなければ。いや、ホットミルクの影響で眠気が引き出されたとかじゃなくて。


(とりあえずは魔王がこの世界でどういう立ち位置なのかって事と、倒しに来るっていう勇者についてと、どんな方法で私をこの世界に連れてきたかと、それから――)


 質問したいことを脳内でまとめていく内に、睡魔が薄いベールのように身体にかぶせられていく。



 しかしこのシーツ、すっごいスベスベ、だなぁ……


 気持ちいい……


 ……



 ***



『あなたなら出来るはず』

『ムリだよ! ボクはすっごい弱虫で、何の力もなくて』

『お願い、今の状況をどうにかできるのはあなたしか居ないの!』


 夢の中で私は何かに巻きつかれていた。身動きが取れないほどにきつく締めあげられ呼吸が浅く息苦しい。少し高い位置から吊り下げられているのだろう、下ろした視線の先には水まんじゅうのような形状の生き物が一匹、液体を巻き散らしながら跳ねている。


『さぁ、私を助けて!』


 く、苦しい。首に巻きついた『何か』がググッとしめつけを強めてくる。ひやりと冷たい感覚のそれは、腹に、足に巻きつき、ズズと服の中を這い上がって来て――え? ちょっとやだ、そこは!!


「!」


 ハッと目が覚めた時、私の全身は水色のゲル状の何かに巻きつかれていた。なにこれ、夢の続き?


 ぬろ……


「ひぃっ!」


 ペタつく触手がヘソの周りをなぞるように動き、そのまま上へと、上っ――


「いやぁぁぁあああああ!!!」


 城中に響き渡る大音量で私は叫んだ。真夜中だけどご近所迷惑だけど許して下さいお願いたーすーけーてーっ!!


「主様っ!」

「アキラ!」


 三十秒もしない内に部屋の扉が勢いよく開かれる。入り口に現れたルカとラスプは、涙目で触手に巻きつかれた私を見て固まった。


「……」

「……」


 いやわかるよ!? 言いたい事はわかるけどそういう特殊な性癖のプレイをしてるわけじゃないからね!?


「何か変なのに巻きつかれ……あっあっあっ、そこはダメだってばぁ!」


 我ながら情けない声を出すと、ルカはあろうことかホッとしたように胸を撫でおろした。待て、そのリアクションはおかしい。苦笑なんて浮かべるバンパイアは私を助けようともせずにゆったりと話し出した。


「悲鳴が聞こえたので何かと思えば、ラスプのザル警備で賊にでも侵入されたのかと思いましたよ」

「ザル警備ってお前なっ」

「おや、前屈みでどうしました?」

「うるせぇ!」


 あ、の、コントやってないで本気で助けて欲しいんですけど、ううわダメだって、そこはダメだって!!


「『ライム』起きて下さい、ライム。ヒト型を取れといったはずですよ」


 ルカが穏やかに呼びかけると同時に、うぞうぞと蠢いていた触手がピタリと止まる。シュゥゥと神秘の煙に包まれたそれは見る間に形を変え、やがて煙が晴れた後に一人の少年が見えてくる。柔らかく跳ねる栗色の髪、伏せた眼を縁取るバシバシのまつ毛、すんなりと伸びた手足はゴツゴツしておらず成長途中の若木を思わせる。天使のように愛らしい顔立ちの少年が、私のお腹に抱きつくようにして眠りこけていた。


 ライムと呼ばれた少年はピクッとまぶたを震わせたかと思うと、夜色に煌く瞳でぼんやりとルカ達の方を見やる。


「ふぁぁ~、あれぇ? ルカ兄ぃ、ぷー兄ぃ、そんなところに立ってどうしたの?」

「ぷー兄ぃって呼ぶなって言ってんだろ! じゃないっ、そいつから離れろバカ!」


 顔を真っ赤にしたラスプの言葉に、少年はようやく自分が巻きついていた人物に気づいたようだった。こちらを上目遣いで見上げたかと思うと再びポスっとお腹に顔を埋めてくる。


「んんん、あともうちょっと~」

「っンのエロガキーッ!!」



***



「いたーい! ぷー兄ぃが殴ったぁぁ~」

「寝ぼけてる方が悪い」


 私から剥がされたライムと言うらしい少年は、床にペタンと座って泣き続けていた。ラスプから一発ゲンコツを貰った彼はうるうるとした上目遣いでこちらを見ながら弱々しく口を開く。


「だって、すごく良い匂いがしたんだもん。あったかくて柔らかくて……おねーさん怒ってる?」


 あ、


 あざとぉぉーい!! なんだこの小動物系を苛めてしまったかのような罪悪感は!? いやいやいや、今はこんな天使みたいな美少年だけど実態アレだから! にゅるにゅるびゅくびゅくのスライムだから!


「お、怒ってはない、けど、ビックリするから、やめてね」

「はーい、ごめんなさーい」


 ケロッと泣き止んだライムは舌をぺろっと出し、クルリと半回転してルカへと向き直る。


「そうだルカ兄ぃ、言われてた『記憶』取り返してきたよ」


 そう言って懐から出したのは手のひらほどのガラス小瓶だった。繊細な細工がほどこされたその中には薄く色付いた液体がちゃぷりと揺れている。


「魔族領からだいぶ離れた街の市場で売られてたよ。ニンゲンには蓋が開けられないからただのオブジェとして売られてたみたいだけど、おねだりするのすごい時間かかっちゃった」

「お疲れさまです。さすがはライムですね」

「えへへ~」


 頭を撫でられて嬉しそうに笑う彼は私をチラッと見ると瞳をイタズラっぽく煌めかせた。


「ね、もしかしてこのおねーさんが?」

「えぇ、我らが待ち望んでいた方です」


 うっ、出た……魔王の生まれ変わり説。


「あのねー、あなたたちはそう言うけど私はまだ納得してない――」

「いいえ、貴女は魔王です」


 有無を言わせぬルカの口調に黙殺される。だから何を根拠に……。言いかけた言葉を飲み込んでいると、薄明るくなってきた窓の外をちらりと見たバンパイアがこう切り出した。


「ここで話し合うのもなんでしょう、起床には少し早いですが玉座でお話し致しますよ」

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