6.力を抜いて、私を受け入れて下さい

 今、私は大きな椅子に座らされていた。赤い革張りが年代を感じさせる、日常生活ではついぞお目に掛かれないような――っていうか昨日の椅子だ。だけど昨日とは決定的に違う点がある。目の前に跪く男が一人から四人に増えている。


「改めまして、暗黒城へのご帰還お喜び申し上げます」

「我らはぁー、あなた様の手となり足となりぃー」

「このちにかつてのはんえーを……」

「取り戻すことを誓うよーっ」


 左から金髪バンパイア・赤髪狼男・白髪死神・茶髪スライムが順繰りに宣言する。それを引きつりながら聞いていた私はダンッと立ち上がりツッコミを入れた。


「だから話を聞けーっ!!」


 きょとんとした顔の彼らを見下ろしながら玉座を降りる。


「昨日も言ったけど私にかしずかれる趣味は無いっ! あと真ん中の二人、心にもない宣言しなくてもいいからっ」

「ンだよ、形式ってモンがあるだろ?」

「眠い……」


 めんどくさそうに頭を掻くラスプの横で、グリがふよっと浮いて寝の体勢に入る。なんなんだこれは


「っていうか他の配下とか兵士は? まさかこれだけで【魔王軍】とか名乗ってる訳?」

「アキュイラ様が居なくなってみんな散り散りに逃げちゃったんだ」

「現在この城に居るのは我々四人だけですね」

「馬鹿なの!?」


 もはや小隊どころか班だ、最小構成単位だ。それで何と戦うって?


「現役勇者は大国メルスランドの後ろ盾を得ています。自由に動かせる軍は三万との情報が」

「無理ゲー!」


 なにそれ数の暴力? いや、そもそも私関係ないんだってば。


「もう潔く投降したら? そうすれば恩情が与えられるかもしれないじゃない?」


 完全に傍観者からの立場で意見すると、ルカは眉根を寄せて悲しそうな顔をする。


「……魔王様がそういうのであれば」

「うん、平和が一番」


 よかった、案外物分りが良くて助かっ――


「トップである貴女は確実に見せしめとして処刑されるでしょうが、どうしてもと言うのなら致しかたありません。降伏の準備を」

「ごめんやっぱりナシで」


 あぶっ、危ない、危うくギロチンにでも掛けられるところだった、生け贄もいいところだ。


 待てよ? どうして私が差し出されなきゃいけないわけ? ようやく本題を思い出した私は、厳めしい顔つきでスッと挙手する。何か? と、促されるのを待ってからハッキリと言った。


「一時的でもいいんで元の世界に帰してください、そろそろ出社時間なんで」

「ムリです」

「即答かい!」


 思わずツッコミを入れるのだけど、なぜかルカは眉をしかめて腕を組んだ。そしてあろうことか非難するような視線を向けてくる。


「貴女をこちらに召喚する時に使った転移の鏡が壊れまして、修理するのにしばらくかかりそうなのです。どうしてくれるんですか」

「え、私のせい?」

「暴れるからですよ、覚えていないんですか?」


 知らない……あ、でも、落ちていく時にむちゃくちゃに手足を振り回したような気はするような、しないような。


「でも、それとこれとは話が別でしょっ、了解も得ずに誘拐みたいな真似するからじゃない! だいたいねー」


 ギャーギャー喚かれるのを察したんだろう、先回りするようにルカは蓋をしてきた。


「ご心配なさらずとも、あちらとこちらでは時間の流れにだいぶ開きがあります。そうですね、こちらのひと月ちょっとであちらの一日と言うところでしょうか」

「え、そうなの?」

「えぇ」


 自信満々に頷かれて拍子抜けする。なんだ、ならすぐに焦る必要は無いのか。どのみち来たルートがふさがれてしまった以上、大人しく修理を待つしかないってことか。その時、黙って見ていたラスプが唐突にこんな事を言った。


「つーかよぉ、お前がホントにアキュイラの生まれ変わりってんなら何かしら覚えてる事があるんじゃねぇの?」


 その言葉にドキッとする。確かに昨日からちょいちょいヘンな夢?は見てるけど……


「ここはやはり記憶を取り戻すのを最優先にしていきましょう。そうすればおのずと主様も魔王としての自覚が芽生えて来るかと思います」

「ルカ?」


 スッと近寄ってきた彼は、懐から例の小瓶を取り出す。ライムが遠い街から『おねだり』して貰ってきたっていうアレだ。


「これは先代魔王アキュイラ様が自らの記憶を結晶化した内の一つ。摂取すれば記憶が蘇るはずです」

「摂取って、飲めってこと? これを?」

「はい」

「……」


 そんな満面の笑みで言われても。そこで改めてマジマジと小瓶を観察してみる。琥珀色の少しトロッとした液体で、わずかに炭酸のような泡がはじけている。見た目だけならスパークリングワインみたいだ。だけど何だかよく分からないそんな怪しい液体をハイ一気!と飲めるヤツがどこにいるんだろう。


「や、やだ」

「?」

「怖いんだってば! 飲んだらどうなるの? 体に害はないの!?」


 そんな当然の不安を口にしたのに、ルカはふぅと困ったように少し笑った。


「仕方ありませんね、ライム」

「はぁい」

「拘束」

「んなっ!?」


 抵抗する間もなくライムがまたゲル状の生き物になりシュルッと巻きついてくる。


「やだやだやだっ、そんな怪しいの飲みたくない わっ!」


 バランスを崩して尻もちをつく私の前にスッと膝を着き、美しきバンパイアはこちらの顎をつかんで少しだけ持ち上げる。うぅぅやっぱり卑怯なくらいに美形だ、こんなのに見つめられたらどうしたって心拍数跳ね上がるに決まってる!


「飲ませてくれとは、わがままな方ですね」


 耳ざわりの良い流れるような声で言われてポカンとする。飲ませる? ルカが? 私に? どうやって?


「!!!」


 一拍置いて意味を悟った私は、次の瞬間ものすごい勢いで暴れ出した。


「待った! それだけはダメーッ!」

「受け入れてしまいましょう主様、不可抗力です」

「不可抗力にしてるのは誰だと思ってんのよ!」


 だ、だってそれって、つまり! く、く、口移しって事でしょ!? 初めてのキスが『ヘンな液体飲まされる為』って何!? 私、前世でよっぽど悪いことでもしたの!?



 あ、魔王か。



(――って、納得できるかぁっ!!)


 心の中で一人ツッコミを入れていると、スルと優しく頬を撫でられる感触がする。


「さぁ肩の力を抜いて、私を受け入れて下さい」


 うぅわ、やっぱりカッコいい。おとぎ話に出て来る王子様みたいにサラサラの金髪で、普段は青い瞳がいつの間にか綺麗な赤に染まって、薄い唇がほんの少しだけ持ち上がって――



 あれ、おかしいな、なんか、あたま、ぼーっとして




 きす、してほしい

 やさしくて、とびっきり甘い



 ……

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