終章
どうしてここへ戻ってきたのとメグはたずねる。
ここにはたくさんの〈物語〉があるから、と
つまり、彌野屢ちゃんはわたしの〈声〉だけじゃ不満ってわけね。からかうようにメグはいう。
メグの〈声〉はいつでもきこえる、とすこしムキになった声で彌野屢はいう。もうずっと離れることはない。でもそうじゃない〈声〉だってある。僕は、この世界にあるできるかぎりたくさんの〈声〉をききたいと、集めたいと思うんだ。
それはどうして? メグはきく。
わからない、と彌野屢はこたえる。すこし考えたあとで、そっとつぶやく。なにものかにそう求められているから、なのかもしれない。
なにものか。
なにものか。
彌野屢は周囲におびただしく積みあげられた本のひとつを抜きとって、そっとページをめくる。
気の遠くなる話だね、とメグはぼやく。この世界にどれだけの〈声〉が残されていることか。
でも、メグがいてくれるから。彌野屢はそういってちいさく笑う。ひとりじゃない。メグがいるから心強い。
でもわたしは実体じゃない、とメグはいう。試すような声でそっとたずねる。十三年間ずっと握りしめていた拳銃にこもっただけの、ただの〈残留思念〉にすぎない。可塑性はない。〈if構文〉でしかない。それでも、いいの?
僕はメグの実体を信じているよ。彌野屢はゆるぎのない声でいう。可塑性のない〈if構文〉であっても、〈残留思念〉であっても、僕はそこにメグの存在を感じる。僕はちゃんとつながれる。だから、だいじょうぶ。
あいかわらず、変なやつだね。ちいさく息をつき、あきれたようにメグは笑う。彌野屢にとって、世界はまだ、生きているみたいだ。
〈物語〉があるかぎり、世界は生きているよ、と彌野屢はいう。
〈物語〉がなくなると、世界は死ぬ? そうつぶやいてから、メグはひとり納得したようにうなずく。たしかに。そうかもしれないね。
ねえ、こういうのってちゃんといったほうがいいのかな、と彌野屢はつぶやく。
なにが?
僕はメグが好きなんだ。本を閉じ、古びたその表紙を見つめながら彌野屢は口を開く。メグといるこの世界を、僕はけっこう気にいっている。いつまでもつづけたいと思っている。そう思うことがいいことなのかどうか、わからないけれど。
僕はメグとふたりで〈物語〉を楽しみたいんだ、と彌野屢はいった。この、静かな世界で。
〈声〉にあふれたこの世界で。
まあ、いいんじゃない。じっくりと間をおいてから、わざとぶっきらぼうな声でメグはこたえた。べつにいいよ。かまわない。わたしでよければ、まあ、いくらでも付きあってあげるよ。
よかった。
ふん。
彌野屢はまた本を開く。〈物語〉にそっと耳をすませる。おびただしく混線した彌野屢の世界のなかに、あたらしい風景がまた挿入され、組みこまれ、咀嚼される。
それがあらたな〈物語〉になる。
〈あの日殺されたとき〉のことは、もう思いだせなくなっていた。
でもそのことは、あまり重要じゃない。
世界にはきかれたがっている〈声〉がいくらでも残されている。
彌野屢のメモリには、たぶん忘却が必要なのだ。
天才少女、MAD、降灰世界──〈ポストアポカリプスは時間遡行の夢を見るか?〉 あかいかわ @akaikawa
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