第28話お屋敷

 どれくらいの距離を走っただろう。全身からは湯水のごとく汗が吹き出し、呼吸すらままならない。そんな状態で俺は、西園寺と書かれた屋敷の前に立っていた。


「こ……ここか……」


 ゼェハァと息を切らしながら、インターホンを鳴らす。鳴らしてから数十秒で、執事みたいな白髪の爺さんがきた。

 

「はい、なんでしょうか?」


 ニコリと微笑んだ爺さんは、俺がここにきた理由をなんとなく察しているような様子だ。


「あの、ネットでバイトを募集してるって書いてあったんできたんでけど、まだ空いてます?」


「あぁ、だったらまだ大丈夫ですよ。では早速ついてきてください」


 なんの説明もなしに、爺さんは屋敷の方へと向かっていく。そんな爺さんの行動に困惑する。

 

「え? もう始めるんですか? 面接とかは……?」


「いえ、大丈夫です。こちらとしては一刻も早く仕事についてほしいので」


 まじか……。まあラッキーてことで。そんな見ず知らずの奴を今すぐに雇わないといけないほど多忙なのか?

 でも所詮バイトだし大丈夫だろ。そんな風に舐めていた時が、俺にもありました。


「おい新入り! 客間の掃除まだおわんねぇのか?」


「す、すいません。これでどうですか?」


「ダメだダメ! チリ一つ残すな。今からここに来るのは西園寺グループと並ぶほどの名家だぞ」


「わかりました!」


 よくわからないまま屋敷に入った俺が見た光景は、数十人のメイドと執事がギャーギャーと指示を出し合っている地獄絵図だった。俺が想像していたのは、静寂に包まれた空間に高貴なオーラーを漂わせた姫みたいな人を、数人の執事とメイドが奉仕すると言うものだ。

 とてもこんな騒音まみれの空間じゃない。そして、そんな空間で俺は、客間と呼ばれる場所の掃除をさせられている。

 茶色のカーペットの上をほうきでサッサッと掃除する。もともと綺麗なのだからこれ以上どこをどう掃除すればいいのかわからないが、偉そうな人にダメ出しをくらったのでずっとほうきでカーペットを掃き続けている。

 そんなことを繰り返していると、またさっきの偉そうな人が入ってきた。


「こんなんでどうですか!?」


 さっきと何一つ変わってない客間を見せつける。すると偉そうな成人男性は。


「おう、まあこれだけやれば上出来だろ。次行くぞ」


 なんて行ってきた。まじかよ。俺には何が変わったのかわからないけど、まああの人が言うならこれでいいんだろう。俺は深く考えないようにして、偉そうな男性の後をついていく。


「おいお前、飯は作れるか?」


「はい、一応」


「よし、じゃあついて来い」


 なんだ飯作れるか? って。もしかして今から作らされるのか? いや流石にないだろ。だって今からくるの、すごい偉い人たちなんだろ? そんな人たちを満足させられる料理なんて、一流のコックとかじゃないとダメだろ。きっと厨房の皿洗いとか、誰にでもできる雑用をやらされるはず……。

 そんなことを思っていたのだが、そんなことはないと俺は調理場に入った瞬間察した。


「あのあの、今からお出しする料理のレシピってどこにありますか?」


「は? そんなの俺に聞くな。料理長に貰ったんじゃないのかよ」


「貰ってません。そもそもあの人と今日会ってません」


「じゃあもうお前の作れる料理適当に作れ」


「えぇ、そんな感じでいいんですか?」


「いいだろ別に。どうせ今日で俺たちクビだしな」


「そっか……。それもそうですね」


 なんて地獄の会話を、高校生らしき二人の男女がしていた。何これ? どんだけ統率取れてないんだよ。こんなのが名家のお屋敷に雇われてる人間なのか? 俺はボーとその二人の男女を見ているが、男の方はグチャグチャの何かよくわからないものを作っているし、女の方は何をしていいのかよくわかってないらしく、味噌汁を作り始めた。


「あの、フランス料理に味噌汁って合いますかね?」


「合うだろ。味噌汁の合わない料理は料理じゃねぇよ」


 合うわけねーだろ! 何言ってんだこいつら? 困惑と憤りを感じていると、後ろに立っている偉そうな人が。


「おい、何突っ立ってんだ。お前も作れ」


「作れって何を?」


「何ってそりゃ……飯だよ」


 そんなことわかってるよ。まじなんなんだこの屋敷。そんなことを思いつつ、とりあえず何か作らなくてはと思い厨房に入る。


「えーと……とりあえず卵焼きでも作っとけばいいか?」


「いいわけないでしょう」


「うわぁ! びっくりした……」


 不意に声をかけられ、心臓が飛び出すかと思った。今の声、さっきの偉そうな人とも違う、女の声だ。もしかしてさっき言っていた料理長とやらか? 俺は声をかけられた方に顔を向ける。俺の肩ぐらいの身長に、綺麗な黒髪。そして印象的なカチューシャ……ってカチューシャ!?


「あ! 霧島じゃん」


 俺に声をかけてきたのは、同じクラスメイトである霧島美希だ。まさかこんなところでクラスメイトに会うとは……。俺に声をかけられた霧島は怪訝そうな表情をして。


「えーと、どこかで会いましたっけ? すいません、今忙しいのでまた後で」


 なんて言って、冷蔵庫から食材を取り出すと。


「ちょっとすいません。お二人は何を作ってるんですか?」

 

 きつく二人を睨んで、そんなことを問いただした。


「えーと味噌汁を作ってました……」


「そんなものを作れと指示を出した覚えはないんですが……」


「い、いえその、レシピがなくて……」


「それなら佐藤さんに渡しておいて下さいと、山田さんに渡しましたが」


「えぇ、貰ってませんよ!」


「あ、もしかしてこれのこと? 俺が両方作るのかと思ってたわ」


「ちょっと、やっぱり山田くんのミスじゃないですか。この前だって山田くんのせいで……」


「う、うるさいな……。だいたいなんでフランス料理作るって言ってるのに味噌汁作ってんだよ。合うわけねーだろこの味噌汁女!」


 ギャイギャイと厨房で喧嘩し出したぞこの二人。もう見てられないな。そう思ったのは霧島もおんなじようで、ギッと鬼のような形相になると、ピッと厨房の外を指差して。


「もう出てって下さい。後は私一人でやります」


 なんて言って、二人を追い出した。そこからはものすごい手際の良さで調理し出した。俺も何か作らないと。ちらっと作るべき品のレシピを見る。ガレットか。

 結構有名な料理じゃん。器具も食材も揃ってるし、レシピにつくり方ものってる。

 俺は食材を取ると、早速調理を始めた。そんな俺の姿を見た霧島は、一旦自分の手を止めた。


「ちょっと、何してるんですか?」


「いや、ガレット作ってるんだけど……」


「作ってるんだけど……じゃないですよ。もうそれで最後の食材なんですよ? 失敗したらどうするんですか?」


「大丈夫大丈夫。俺料理得意だから」


「さっきの二人も同じこと言ってました」


「いや、俺は本当に得意だって」


「どうですかね。誰しも他人より自分の方が優れていると勘違いしがちです。あなたもそうなのでしょう」


「う……そうなのかも……」


「ほら、わかったら大人しく掃除でもしてて下さい」


 なんてことを言われ、仕方なく厨房を後にしようとしたところ、先ほどの爺さんが調理場にやってきた。


「霧島様。もうすぐあずま家の方々が到着します」


「え、本当ですか? しかしまだ時間が……」


 何やら困っている様子だ。だったらここのバイトとして手伝わないわけにはいかない。


「あの、やっぱり俺も手伝いますよ」


「しかし……」


 霧島は思い悩んでいるようだが、爺さんが助け舟を出すかのごとく。


「いいじゃないのでしょうか。料理が遅れたとなれば、西園寺家の印象はとても悪くなってしまいますし」


「そこまで言うならわかりました。ではあの……そこの方。すいませんが手伝っていただけますか?」


 そう言われ、俺はさっと腕まくりをして再び厨房に足を踏み入れた。


























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