第26話長い一日

 俺の腹の音を聴いた小高はキョロキョロと俺の部屋を見回した。


「お腹空いてんの? 何か作ってあげようか?」


 勝手に上がっておいて随分上からな物言いに多少腹がたつ。


「お前が料理できるとは到底思えない。どうせ黒焦げの目玉焼きとか、べちゃべちゃなオムレツとかだろ。もしくは納豆とご飯を出すだけとか……」


 そんなことを言うと、小高は露骨にイラついた顔をして立ち上がる。


「あんた、私のことだいぶなめてるわね。いいわよ! 私の料理の腕前見せてやるわよ」


「いややめてくれ。頼むから俺の食材を無駄にするな」


「じゃあ失敗したらその分払うわよ」


「いやそれでも……」


「じゃ、台所借りるわね」


 まだ許可を出した覚えは何のだが、小高は勝手に台所と冷蔵庫を物色し始めた。てかなんで俺の家で料理する流れになってんの? 頼むから早く帰ってくれよ……。

 てかもう勝手に火とかつけ始めてるし……。ほんと、めんどくさいやつに目をつけられたな。

 先週の自分の行動を心の底から後悔する。いくら頭に血が上ったからって、なんで二年間守り通してきた秘密を自らバラすんだよ。我ながらどうかしてる。

 台所で料理する小高を横目に、俺は携帯を適当にいじる。トントントントンとリズミカルな包丁とまな板がぶつかる音が響く。手慣れてるのか? あの小高が?

 俺の中でのあいつの評価は、顔以外いいところが一つもなく、何をしてもダメ。本当に顔以外取り柄がない。顔が80点でも他が悪すぎて、赤点どころかゼロ点突っ切ってマイナス100万点。そんぐらい俺の中でのあいつの評価は低い。

 そもそも俺がイケメンだって知った瞬間手のひら返したのも気に入らない。それどころか俺のこと脅すしつけてくるし……。思い返すとだんだんむかついてきた。

 どうせ料理もまずいに決まってる。気が済んだら早く帰ってほしい。俺は壁にかけてある時計を見ながら、小高が料理を作り終えるのを待つ。

 それから小高はかちゃかちゃと食器を取り出し、それを皿によそうと。


「はい、お待ちどうさま」

 

 と言って、コトッとテーブルの上に置いた。

 香ばしい香りとともに出てきたのは、俺がこの前買っておいたカレーだった。まあ匂いからわかっていたが、いざ目の前に現れると実に美味しそうだ。

 

「お前、料理できたのかよ」


「そりゃそうよ。料理は重要な家事スキルの一つだからね」


「まあじゃあ……いただきます」


 まずは一口、大きく口に頬張る。それを味わうように、ゆっくりと咀嚼そしゃくする。うーん、普通にうまい。俺がいつも作るカレーと同じ味がする。そもそもカレーなんて、野菜切って火を通してルーを入れるだけなんだから、作り方さえ知っていれば誰でも美味しく作れる。逆にまずいカレーを作るやつは才能があるな。料理下手の。

 俺が無言でカレーを食していると、小高はソワソワとした様子で俺の前に座っている。


「ど……どう?」


「別に。普通にうまいけど」


「そ……そう。なら良かったわ。おかわりあるから」


 なんて言って、ニコニコとした笑みを浮かべている。めっちゃ嬉しそうだな。でもここで不味いって言うのもなんか……。いくら嫌いなやつだからと言って、努力したことを否定することは俺にはできない。

 俺は何も言わずに無言で食べ続ける。


「ごちそうさん」


 完食した皿を台所に持っていく。それを洗剤のついたスポンジで洗う。


「あ、別に私がやったのに」


「いいよそこまでしなくて。てかもう帰れ」


「いいじゃんもう少しだけ。料理作ってあげたんだから」


「誰も頼んでないし。あとこの家なんもないから暇だし本当に早く帰って」


「えーじゃあ幸助と話す」


「なんでそうなる。あと下の名前で呼ぶな。仲良いみたいだろ」


「みたいじゃなくて仲良いでしょ」


「ハッ。だったら俺はお前以外の人間と家族だな」


「急に何言ってんのあんた?」


「うるさい。とにかく帰れ」


 なんて意味のない会話を小高とする。頼むから早く帰ってくれ。かちゃかちゃと食器を洗いながら、そう願う。

 それから少しだけ沈黙が続く。それから小高は。


「ねぇ、幸助に質問したいことがいくつかあるんだけど……」


 なんてことを言ってきた。まだ居座る気かよ。俺は一際大きなため息を吐くと。


「じゃあ一つだけ答えてやる。そしたら帰れ」


「わ……わかった」


 それから小高は長いこと熟考する。どんだけ悩んでんだこいつ。なんて思いながら、大方くるであろう質問は察しがついている。どうせ素顔を隠している理由とかだろ。そんな予想をたてていると、小高はよしっと小さく呟く。


「じゃあ質問。花道ちゃんと付き合ってんの?」


 その質問かよ。まあ確かに小高からしたらそっちの方が問題なのか。じゃあ正直に答えてやるか。


「付き合ってない」


 一言そう言うと、俺は小高の肩を掴んでグイグイとドアの方に押す。


「ちょ、ちょっと待って。じゃあなんで休日にデートしてたの? 信じらんないんだけど」


「じゃあ信じなくていい。俺はちゃんと質問には答えた。それじゃさよなら」


「ちょっと。まだ話は終わってない」


 グイグイと無理やり玄関まで押し込み、小高をそのまま外に出す。


「それじゃ」


 そういってバタンと扉を強く閉め、鍵をかける。


「はぁーーーーー」


 肺に入った空気全てを体外に排出する。本当に疲れた。でもやっと解放された。ぐっと背を伸ばし、俺は疲れを癒すために風呂場に向かう。

 


































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