第14話伝家の宝刀

 屋上についた俺はそっと身につけていたカツラと眼鏡を外す。そして小高が来るのを待ち続ける。トントンと階段を駆け上がってくる音が聞こえる。きっと小高だ。俺は屋上の扉の前で腕を組みながら小高の到着を待つ。そしてトントンとリズミカルな音が途切れ、代わりに不快な声が聞こえてくる。


「あぁびっくりした。それ外してたんだ……」


 驚きの声をあげた小高は、そのままツカツカと階段を登って俺の前に立つ。


「それで? 結局あんたがあの藤崎秀ふじさきしゅうくんなわけ?」

 

 そんなことを、開口一番聞いてくる。藤崎秀か……。懐かしい名前だ。

 俺の芸名であり、友達だったやつの名前だ。まあそんな思い出に浸っている暇もないか……。


「ちょっと付いてきて」


 俺はそう言い屋上に繋がる扉を開ける。ゴーゴーと強風が吹き荒れていて、とても会話するのに適した場所ではない。でもだからこそ、ここが良い。こんな人に見られにくく、会話も聞こえない場所だから俺は小高をここに呼んだ。屋上に出るなり俺はくるっと小高の方に顔を向ける。


「お前の知りたがってる例の子役……。あれは俺だ」


 なんのためらいもなく小高にそう言う。


「あ、やっぱりそうなんだ! だって今のあんた、すごく面影あるし」


 小高は若干声が弾んでいる。昨日とはテンションが大違いだ。まあ別にコイツの気分なんてどうでも良い。今はコイツの口を封じることが何よりも大切だ。


「それでその……お願いなんだけど……」


 じりっと一歩小高に近寄る。


「な、何よ……」

 

 俺が一歩近づいたことに警戒心を抱いたのか、小高は一歩下がる。そしてそれを見た俺はもう一歩近寄る。そしてまた小高が一歩下がる。そんなことを繰り返しているうちに、小高の腰に屋上のフェンスが当たった。


「な、何よ。もしかして何かしようって言うの? 大声出すよ?」


 なんだか勘違いしているようだが、別に弁解するつもりはない。俺はもう少しだけ小高に近づくと、至近距離でいきなり地面に頭を擦り付ける。


「お願いします! このことは誰にも言わないでください!」


 我等日本人の伝家の宝刀土下座を小高にかます。そんなことを急に言われた小高は「へ?」と間の抜けた声を出して、へにゃんと座り込んでいた。

 

「あ、あんたなんなのよ! 今めっちゃ怖かったんだけど!」


「いやなんのことだか分からないが、このことは黙っててくれ!」


 激昂している小高にもう一度頭を下げる。すると小高は。


「別に、もともとバラすつもりなんてなかったし。ただうちは本当のことを知りたかっただけ」


「ほ、本当か!? 嘘ついてないよな?」


 思わず歓喜の声を上げる。


「えぇ、このことは誰にも話さないって誓うわよ」


 そう小高に言われ、不安から解放された嬉しさで思わず。


「まじかよ! ありがとう!」


「え、きゃぁあ」


 小高に抱きついてしまった。


「うわぁぁごめん」


 とっさに飛び退いてまた頭を下げる。小高はものすごい顔を赤らめて。


「も、もう、うち行くから」


 なんて言い残して、駆け足で屋上から出てってしまった。流石に一時的に気分がものすごく高揚したからって、なんで俺小高に抱きついたんだよ……。

 小高がいなくなり少し冷静さを取り戻すと、途端に恥ずかしさで死にたくなった。


















 

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