第23話 合法的な同棲生活
『残り200mを切った‼︎前はキスアンドクライとセイドマーニの激しい叩き合い‼︎それを追ってスカイフロンティアが3番手から差を詰める‼︎』
晴れた空はまだ明るく、夜の暗闇が今か今かと待ち構えている頃。
俺は友人と、東京の大井競馬場に来ている。俺以外のメンバーは流星、常忠、孝春。風葉と出会ったあの日と同じだ。
勝幸「堀田ァッ‼︎頑張れ‼︎残してくれぇ‼︎」
孝春「ドマーニ負けるなァ‼︎競り落とせッ‼︎」
流星「うわ〜スカイフロンティアなんて買ってねぇよ」
常忠「おぉ〜かなり波乱になりそうだね」
今日はJBCという、毎年11月の頭に開催される、地方競馬の祭典がある。
同時開催している北海道を含めて、なんと1日に4つもビッグなレースが開催されるのだ。この日は、全国の地方競馬から、中央競馬から馬が参戦する。勿論観客も多く、その沢山のファンの熱気が競馬場を包み込んでいる。
その日の大学の講義が終了した直後に急行したので、悪くないスペースを確保する事が出来た。
そのスペースで、競馬場で買った飯を食べる。どこの競馬場も
さて、今はJBCレディスクラシックというレースの、最後の直線の叩き合いだ。観客も大きな声援を送っている。
『前は抜けたキスアンドクライ‼︎外からスカイフロンティアも差を詰めるが届かない‼︎キスアンドクライだ、地方の意地は此処にあり‼︎浦和のキスアンドクライ1着‼︎』
勝幸「うおおおッ‼︎」
孝春「クソオォー‼︎ドマーニィ‼︎」
『鞍上の
全てのレースが終わって、夜の祝勝……とはならず、反省会が行われた。
あの1レースだけしか勝てず、総合したらマイナスだった。ここ数日は小さな不運が減ったものの、まだ運気は完全には良くなってないみたいだ。
常忠「いやぁ今回は難しかったね」
流星「北海道の方が思いの
勝幸「俺としてはこないだ世話になったビギニングウィンドも応援してたからな……それが来てくれれば文句無かったけど…………」
孝春「あぁ……JBCだからって沢山買ったら全部で3万負けた…………悔しい…………‼︎」
ラーメン屋に残念な様子の会話が続く。
確かに金では負けたけど、元々のレベルが中央競馬より下の地方競馬の馬が勝っただけマシだ。応援はしていたし、いいものが見れたと思う。
孝春「しっかし、こうやって4人で競馬場まで行って、遅くまで祝勝会やら反省会やら出来んのも最後かもしれないな〜」
ふと、孝春がそう切り出した。
常忠「そうだね。勝幸も女の子を深夜まで放っておけないしね」
勝幸「まぁ、そうだな……」
そう、風葉の事だ。
流星には話していたが、今日まで他の2人にはまだ話していなかった。とは言え親しい仲で日常的に会う以上は教えておかなくてはならない。という事で、今日4人集まったのを機に、俺は風葉との事を話した。
流石に驚いてて最初は信用してくれなかったが、流星という証人もいたので事実を受け入れてくれた。
さて、常忠の言っている事だが、その通りだ。今の時刻は既に9時を過ぎている。風葉と一緒に住む事になったら、こんな遅くまで家で1人にさせる訳にはいかなくなる。
そうなると、競馬場に気軽に行ける機会というのは激減するだろう。
流星「でも極端な話さ、誰かが就職とかしても厳しくなるんだし、これから4人揃い続けるのが厳しい事に変わりはないよ」
常忠「その通りだね。だけど競馬なんて毎週やってるんだし、どこかで都合は合うよね」
勿論、こいつらとは同じ大学である以上、親しい関係である事は変わらない。
風葉が困らない時間帯なら、俺らはどこかへ遊びに行ったりもするだろう。
風葉と住んでからも変わりなく生活していけるか。理愛華が俺に問うたその質問に
流星「……ってか暴論言えば、中央競馬行けば夜には帰れんじゃん」
勝幸「あ」
≪≫
今日が、引っ越しの日だ。
予め風葉の家具を置くスペースを確保した上で、俺は待っている。
手伝いには理愛華と流星、そしてヒカリが駆けつけてくれた。
ヒカリ「いや〜、最近筋トレしてないけどね‼︎何だか体を動かしたい気分だ‼︎」
理愛華「今日は活発モードなのね……」
勝幸「そうなんだよ。役立ちそうだと思ったから連れて来た。と言うかついて来た」
業者のトラックが来るまでの間、こうして会話をしつつ待っていた。
やがて、トラックと共に、風葉の家族も車でやって来る。
風葉「あ、皆‼︎」
流星「おっす、手伝いに来たぞ」
風葉母「あら、礎さんのご友人?申し訳ないですね」
風葉達との再会。そしてすぐに、業者の人と一緒に荷物を運び入れる事にした。
風葉1人だけの荷物さえ運べばいいので、便利屋に頼んだらしいのだが、力仕事を沢山請け負っているだけあって仕事が早い。
ものの数往復で全て運び終えて、分解した家具の組み立てに移行する。
業者と自分達が協力し合って、作業が進んでいく。
業者「後は我々がやっておきますので、休憩しても大丈夫ですよ」
勝幸「あ、そうですか。ありがとうございます」
業者「いえいえ、仕事ですから」
休憩がてら、冷蔵庫を開けて飲み物を探す。一番近くにあった牛乳を選び、コップに注いで一口で飲み干す。
風葉父「礎さん」
コップを置くと同時に、風葉の父親が話し掛けてきた。
風葉父「こんな沢山の人々に助けられて、風葉が新たな生活を始めるなんてね…………とても、感謝しているよ」
勝幸「えぇ。俺も友人達に感謝してます」
そう言って、俺は風葉の家具が置かれていく様子を見る。次第に、その周辺だけが女の子の部屋へと変わっていく。俺と風葉とでは性別も性格も違うから、勿論部屋の雰囲気も違う。独立した小さな国のようだ。
でも、そこに俺は干渉するつもりはない。ある程度は、彼女の好きなようにさせてあげたい。
それで風葉が充実した生活を送れるなら、きっとそれがいいだろう。
風葉父「でもね、1番は君のお陰だ。風葉を住まわせてくれるのは君だから」
勝幸「そう言って頂けるなら……俺も嬉しいです」
風葉父「……だからね、礎さん」
風葉の父親は、俺の方を向く。それは、真っ直ぐな視線だった。
風葉父「娘を……風葉を、お願いします」
勝幸「………………はい、勿論です‼︎」
引っ越しは終わり、業者や風葉の家族、そして理愛華達もいなくなり、先程までは10人近くいた部屋も、俺と風葉の2人だけになった。
殆どの家具は事前に決めておいた場所に置かれた。まだ私物が入った段ボールなどは床に散らかっているが、数日あれば完全に消えるだろう。
寝床はスペースの都合上布団なので、風葉が許可するのなら、片付くまでは最悪リビングに敷けば問題ない。
今日、この日が、俺にとっても風葉にとっても大きな転換となる。
風葉との出逢いから1ヵ月も経たずして、実際に一緒に住む事になった。
勿論、色々な手段を経た上での、合法的なものだ。
出逢ってから、その間に彼女の親の下に帰らせて、親が離婚した事で住まわせる事を決意して、そして監護権を譲り受け、そして今へ至る。本当に色々とあった。風葉は俺の親や友人に、何人も実際に対面する事になった。
振り返ってみれば、こんなに濃い期間だったのに、一瞬のようにも感じる。
これから、色々な事があるだろう。楽しい事もある。きっと上手くいかなくて辛い事も待ち構えている。それでも、風葉と支え合って、内容の濃い生活を送れるようにしていきたい。
そして、風葉が笑顔になって、幸せだと思える生活を─────
それが、俺の使命だ。
勝幸「風葉」
俺は風葉の方を向く。これからの生活への決意を固めて、守ってやりたいという思いすら抱いて、曇りないその瞳を見る。
勝幸「これから、よろしくな」
風葉「………………うん‼︎」
俺と風葉の、合法的な同棲生活が始まる。
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